・No one…

□#6
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次の日、TRIGGERは朝からライブの練習に追われていた。ライブの観客は朔1人。ここまで繋いできたチャンスをモノにしようと、何度も調整を重ねる。IDOLiSH7はどうやら新しいグループ曲の練習をしているようだった。朔に今日合格をもらえなければ今後グループでの曲は書かないと言われたらしく、とにかく必死のようだった。

お昼時、ひとまずみんなで手分けしてお昼ご飯の用意をしようと全員で集まる。わいわいと騒がしい中、朔はタイミングを見計らいそっと抜け出すと、裏手にある川まで歩いて向かう。昨晩は結局大和に阻まれて冷水を浴びさせてもらえなかった。収まったとは言え、TRIGGERとまたいつ血が沸騰するような言い合いになるか分からない。手早くズボンを脱いで水に身体を沈めると、ようやく全身から力が抜けた。水の流れる音にしばらく耳を傾け川の中に身を沈めていると、人の歩いてくる音がした。馴染みのない足音に警戒していると、龍之介がひょっこり顔を出した。

「えっ!わぁっ!ごめん!ってそうじゃなくて……!か、風邪を引くよ?!」

「お湯を浴びるほうがよほどおかしくなりそうだよ。作曲は頭をうんと使う。それに身体中が熱くなるから、クールダウンしてリセットするんだよ。龍之介、こっち向いたら容赦なく気絶させるからね。」

「いや…いくら朔でもそれはできないとおもうよ?」

「できるから言ってる。龍之介がアイドルでも容赦しないよ。そこにいていいから、振り向かないで。むしろいい見張りだ」

龍之介なら不用意に振り向いたり、悪戯心を向けてくることもないだろう。それでも念のため静かに全身を沈める。

綺麗な川だった。昔からそうだった気がする。それでも、イギリスの山奥で潜った湖とは全く別の世界のように見えた。水底に届く光が乱反射するたびに、眩しくて目を細める。水流に乗ってできた気泡がこぽこぽと弾ける音がするたびに、心がくすぐられる。

意外にも龍之介は、言われた通りじっと来た道を見つめている。わざと水音を立てたりもしてみたが、一度も振り向くこともなければ、話しかけてくることもなかった。
気がすむまで水に浸かり終えてから、手早く着替え、龍之介と帰り道を歩く。龍之介は騒ぐことも小言を言うこともなかったが、心配なのか時々チラリとこちらを見てくる。

「いつものことだ。気にしなくていい。普段から冷水を浴びてるのはみんな知ってる」

「昨日、楽が川の水は冷たかったって言ってたよ。そんなに冷たい水に浸かったりしたら、身体によくないよ」

「山奥や草原や田舎なんかでは、いちいちお湯を沸かして浴びたりなんかできない。水があるだけでもありがたいんだ」

「でも、ここは日本だよ?朔が風邪をひいたら、みんな心配するよ」

「まぁ、郷に行っては郷に従えって言うしねぇ。ねぇ龍之介、さっきは何しにあんなところに来た?」

「ちょっと休憩しようってなったから、この家の周りがどうなってるのかなって歩いてたんだ」

「今度から柵でも立てておくよ。また侵入されて見られたら困るからね」

「あのさ、せっかくならみんなで川遊びできるようにした方がいいんじゃないかな?」

「……考えておく。龍之介。龍之介がTRIGGERを大切に思っているのはとてもいいことだと思う。それと同じくらい、君が君のために歌えるなら曲を書くよ。午後のライブ、楽しみにしてるから」


昼食を用意するみんなの姿が見えたので、龍之介から離れてそっとみんなの輪に入った。

「おい龍!どこ行ってたんだよ!」

「ごめん、ちょっと迷っちゃって」

「さっきそこの角から朔さんと出てきたよね?」

「天、見てたの?」

「たまたまだよ。何を話してたの?」

「……俺がTRIGGERを大事に思って歌うのと同じくらい、自分のために歌いなって」

「歌ってるじゃねぇか。いつだって龍は最高のパフォーマンスをしてる。だからお前はお前の信じる道をいけ。俺たちがいる」

「そうだよ。龍が信じる道が正しいってことなんだから、その道をはっきり示せばいい。」

「うん。俺たちは、TRIGGERだ。俺は楽と天が好きだよ。俺は俺の歌でTRIGGERを幸せにしたい。」

「よし、その意気だ!」

「いいね。この勢いで朔をファンにしちゃおうよ」

「ああ!」

「おーい焼けたぞー!TRIGGERも早く来いよー!」

「まずは腹ごしらえだな!」

「そうしよう。ボクもお腹すいた」

「俺もお腹ぺこぺこだよ!」


昼食後、くじ引きをした結果、先にIDOLiSH7からテストを受けることになった。TRIGGERは別の部屋で待機することになったが、思ったよりも早く壮五と環がTRIGGERを呼びに来た。

「その顔じゃ、うまくいったんだな。おめでとう」

「ありがとうございます!TRIGGERさんのテストが終わったら、僕たちはそのままレコーディングすることになりました」

「朔っち、珍しく褒めてくれたんだぜ!IDOLiSH7らしくてめっちゃいいって!」

「そっか!よかったね〜!なんだかこっちも嬉しくなるよ!」

「次はボクたちの番だね」

「TRIGGERさんなら大丈夫です。頑張ってください。応援してます」

「がっくんも、てんてんも、リュウ兄貴も、がんば!」

「おう、サンキューな!」

3人で円陣を組んで気合を入れると、壮五と環に見送られて部屋を後にした。
指定された部屋に入ると、朔はパイプ椅子に座っていた。

「待っていたよ。TRIGGER……君たちの本気の音楽を聞かせてくれるんだよね?」

「ああ、スーツケースにTRIGGERのロゴシール貼ってもらうくらいの自信があるぜ」

「ボクたちの虜になってもらいます」

「俺たちの本気を一身に受けて、幸せだと思ってもらえるよう、最大限の力を出すよ」

「そう。それは楽しみだね。じゃあ、始めようか」

TRIGGERは宣言通り、20分間たっぷり使ってパフォーマンスをしてきた。選曲からパフォーマンスに至るまで、一切気を抜かないで準備してきたのがよくわかる。踊りながらの歌唱力も申し分ない。どうしたら自分達を魅せられるかで勝負してくるかと思っていたが、そういうわけではないらしい。もちろん、3人とも心の底から熱く強い意志を持ちつつも楽しんでいるが、なんとなく……確証はなかったが、こちらを楽しませるために選曲したように思える。

残った時間は数秒だった。TRIGGERは20分を無駄にしないよう4曲を上手に駆使して、トーク1つせずに通しで歌い踊り切った。
肩で息をする3人にタオルと水を渡し、ひとまず呼吸を整えてもらう。3人の呼吸が整い、少し汗のひいた頃合いを見計らって口を開く。

「TRIGGERはTRIGGERである。これに尽きる。3人で1つとはありきたりだけれど、個人が出つつ混ざり合うのに、三つの集合体だって感じさせないのはすごいよね。楽が支え、龍之介が守り、天が包む。いい音楽だったよ。というわけで、新生TRIGGERの再出発をイメージしたアップテンポなロックを用意した」

「用意したって……いつの間に書いたのか?」

「昨夜君らのDanny boyを聞いてからすぐに書いた。でも、今日のこのパフォーマンスが納得できなければこの曲はなかったことにするつもりだったんだ。TRIGGERが何であるか、生のTRIGGERの熱をしっかり見ておきたかった。確証がなくても、それでも書きたくなったんだ。衝動を抑えられなかった。君たちは何者なんだろうね……でも好きだよ」

「そうだったんですね。朔さん、TRIGGERを認めてくださって……本当に、本当にありがとうございます」

「俺たち、朔の曲でみんなを幸せにするから!」

「楽しみにしてるよ。ただし、歌ってみてダメならこの曲には死んでもらう。レコーディングもリリースもなしだ。それはそうと、君たち、もしソロ曲があれば歌う?」

「書いていただけるなら、是非お願いします!」

「分かった。3人とも胸焼けするほど甘いバラードを用意するから、そのつもりで。君たちが歌で祈り、願い、心を染められるような曲を書くよ」

そう告げ終わるなり、TRIGGERは3人できっちり揃って深々とお辞儀をしてきた。律儀なところは日本人らしいし、芸能界でやってきた彼らにとってはとても大事なことなのだろう。

そんな彼らの歩く道を少しでも照らせるなら、それもまた幸いかと思うと、頬が緩んだ。


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