・No one…
□#2
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「朔、天にぃたちと行っちゃったね」
「リク〜早く支度しろよ〜。壮五と環が仕事から戻ったらすぐ出るからな」
「うん。分かってる……分かってるけど、なんか置いて行かれたみたいで、やだな……。ねえ、このまま朔がいなくなっちゃうなんてこと、ないよね?やっぱりTRIGGERとやっていくとか、そんなことないよね?」
「あり得ませんね。朔さんは小鳥遊事務所と半永久的に契約を交わしていると聞いてます。ただ……だからといってTRIGGERの曲を書かないとは言えませんね。どんな仕事を誰とするかは、朔さんと事務所次第でしょう。今は私たちに書いてくださってリリースまで面倒を見てくださいますが、どうでしょうね……TRIGGERの方がウマが合うとなれば、そちらに割く時間の方が多くなるでしょう」
「そんなこと言うなよ!俺は……これからも朔の曲が歌いたいよ。朔にはずっとここにいて、俺たちと一緒にいて欲しい。それに、大和さんと付き合ってるなら大丈夫なんじゃないの?朔はずっとここにいるよね?」
「甘いですね。朔さんが音楽に素直だからこそシビアなのを知っていますよね?例え二階堂さんの恋人であっても、TRIGGERの曲が書きたいとなれば朔さんは迷わずそちらの曲を書きますよ。今のTRIGGERは事務所にも所属してませんし、関わり合う人間も少ない。本当にお互い気に入れば、TRIGGERに朔さんを独占されても不思議はありません」
「一織のばか!どうしてそんなこと言うんだよ!」
「貴方が聞いてきたから答えたんですよ!人のせいにしないでください!それともなんですか、嘘でも「ずっと一緒ですよ」とでも言いましょうか?貴方はそれで満足ですか?私たちがすべきことは、真摯に朔さんの作った音楽に向き合って、精度を上げて完成させることです。天にぃやTRIGGERに朔さんを取られたくなければ、さっさと合宿の支度をしてください!」
「こらこら、喧嘩すんなよ。気持ちは分かるけど、朔はちゃんとIDOLiSH7のことを考えて愛してるだろ。その愛を疑うより、信じようぜ」
「大和さんは、不安にならないんですか?」
「……なるよ。なるけど、朔はちゃんと俺たちのことを見てる。だから今回も合宿に行くんだろ」
「そうですね。まず、私たちが信じましょう」
「そうだよね……大和さん、すごいなぁ。俺も大和さんみたいに信じ抜ける強さが欲しいな……」
「今からでも遅くありませんよ。まずは準備を完璧にすることで、本気の覚悟が証明できるのでは?」
「そうだよね!忘れ物ないようにしっかり準備しなきゃ!」
事務所から2時間半、休憩なしの運転に腰が痛くなる。
ひとまず着いてからTRIGGERに頼んだのは、庭の草むしり、食糧調達、水汲みと掃除だった。なんでもすると言うので、ひとまず遅れた分の力は借りることにした。
各々相談して、天が草むしり、楽が水汲みと掃除、龍之介が食料調達となった。龍之介は釣竿を手に取ると、海へ続く階段を降りて行った。
「ここ、水道通ってねぇのかよ」
「今日これからだ。後で水道屋が来る。それまでに庭に水を撒いて雑草を抜いて、合宿所の外を掃除したい。どうしても日程が合わなかったから、今日1人で先に来てなんとかしようと思っていたんだ」
楽にバケツを渡して、一緒に近くの川まで歩く。手本を見せてから自分で汲んでもらい、来た道を2人で両手にバケツをぶら下げて歩く。
「1人でなんて無茶だな」
「案外どうにかなるんだよ。というか、どうにかするんだ。今日はたまたま運が良かった」
「もう少しIDOLiSH7の奴らを頼ってもいいんじゃねぇか?」
「ここは一応事務所の持ち物じゃなく、個人的な持ち物だから。楽はどうしてアイドルになった?社長修行はしないのか?それともアイドルはその一環?」
「俺の生き方は俺が決める。親父はたしかに社長だけど、だから俺もってわけじゃない。アイドルになったのは半ば成り行きみたいなもんだったけど、今では最高の仲間と最高の仕事ができて幸せだと思ってる」
「そう……」
「朔はどうして作曲家になったんだよ。世界中放浪して、家族が心配したんじゃねえか?」
「家族はいない。孤児だから」
「そうなのか?……悪かった」
「気にしなくていい。物心ついた時から天涯孤独だ。作曲家になったのは、それこそ成り行きみたいなものだ。たまたまうまくいって、音楽で食いつなげただけ」
楽と戻ってくると、天がバケツを受け取って庭に水を撒きながら黙々と草むしりしていく。楽はあっという間に空になったバケツを持って再び川へ向かった。
天は雑草の根元をぐっと掴むと、勢いよく抜いた。水を撒いたおかげか、埃も飛ばず抜けやすそうだ。
「天、土を落とさないで。種が飛ぶ。土ごと袋に入れて。そう。よくできました。これは後でゴミ置き場に出しに行くから」
「意外とそういうところ、ちゃんとしてるんですね」
「もっと生活能力がないと思った?」
「いえ、そういうわけでは…すみません。いい暮らしをしながら余裕綽々で曲を作っていると思っていました」
「料理も洗濯も掃除もするよ。ゴミ出しも縫い物も窓拭きもね。田舎にいれば鳥も捌くし鹿も狩る。ナスもカボチャも育てるし川で水も汲む。こう見えて意外とちゃんと生活する方が好きなんだ。パパラッチや面倒な奴らに追われれてしまったら、ホテルで缶詰になるほかないけどね。それは君らも一緒だろう?」
2人で喋りながらも、どんどんと雑草を抜いていく。その間に楽が3回往復した。ひとまず残りは天だけでもなんとかなるだろうと見切りをつけると、楽に30畳ほどある外のデッキに水を撒いてブラシをかけたあと、玄関を掃除するよう頼んだ。
家の脇にある階段を降りて行くと、海が見える。龍之介は……とキョロキョロしていたら、灯台の近くに座り込んでいるのが見えた。
「釣れたかい、太公望?」
「え?タイ?はまだだけど…この辺タイも釣れるの?」
「龍之介も中学止まり?」
「も?」
「同じように中卒の仲間かなって思っただけだよ」
「ええと、俺一応高校は出たけど……ごめん、俺あんまり勉強してこなかったから。難しいことはちょっと」
「そうか。悪かった。一織に借りた教科書に載っていたから、みんな知っているのかと思った」
「朔は教科書読んでるの?勉強熱心だね」
「暇つぶしというか、なんとなくだよ。高校行かなかったし。興味があって一織に借りてみたんだ。環に借りたら偉人の顔に落書きしてあったりパラパラ漫画が書いてあったよ。ま、あれはアレで面白かったかな」
龍之介のそばに置いてあるバケツを見ると、鯵が5匹入っていた。海育ちの才能が十分生かされているらしい。
こっちはどうにかなりそうだと思い立ち去ろうと踵を返すも、龍之介に引き留められてしまった。
仕方ないので、隣に座って海風にあたる。潮の香りはどちらかといえば好きだが、髪や肌が独特のベタつくのはなんとも言えなかった。
今までどんなところに行ったとか、何が好きとか、たわいもない話が続く。
「それで、タイは釣れるんだっけ?」
「クロダイならいるよ。太公望ね。釣りをする人って意味だって書いてあった」
「そっか、それで太公望って話しかけられたのか〜」
「ちなみに、一織によると太公望とは才能のある人物という意味もあるらしい」
「え?そうなの?釣り人なのに?」
「不思議だよね。詳しい話は一織に聞いてみて。きっと丁寧に解説してくれる」
それこそ適材適所だろう。空を仰ぐようにコンクリートの上に寝そべる。よく晴れた青い空に、白い雲が浮いている。
結局龍之介はあの後アジ3匹にイカ諸々、さらにクロダイも釣り、空いてるバケツを取りに戻る羽目になった。
ある意味、才能のある人であることを証明してくれたそのポテンシャルに、思わず笑わずにはいられなかった。
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