・No one…

□4 Life
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4Life


「うぁ〜、宿題すんのめんどくせぇ。」

「四葉さん、まだ終わっていなかったのですか?」

「うっせえよ。なぁいおりん、終わったなら見して。」

「ダメですよ。自分の力でやってください。」

「え〜、けち。あ、なぁサクっち教えてくんねぇ?」

「…いいよ。」

「マジ!?やったぁ〜!」



あれからというもの、意外にもこの生活に…彼らの生活に、すんなり受け入れられていた。

とは言っても、彼らは売れっ子らしく、一日の殆どの時間帯は寮内が無人だった。

作曲活動をする上でも人がいない方が集中出来るしありがたかった。

そしてたまに休みになると、各自部屋から出て皆で過ごすというのが一応暗黙の了解になっているらしかった。

そういうときは彼らがどんな人物か観察するのにもってこいだ。


そして今、リビングで宿題をしていた環は10分もしないうちにそれに飽きたらしい。

わざわざこちらに話を振ってきたから、当然英語か何かだろうと思っていた。

しかしノートとテキストを覗いてみると、数学の問題だった。


「返事をしておいて悪いけど、これはちょっと…」

「えぇ、できねぇの?大人なのに?」

「そうだね。何せ中卒だから。」

「な…まさか。世界的にも有名なあなたがですか?」

「お兄さんもその話興味あるわ。お前さん、何で中卒なの?」

「高校に行ってないからだよ。」

「サクっち、なんで、高校行ってないの?」

「…行かないという、選択をしたから。」

「ふぅん。なぁ…親、反対しなかった?」

「親、いないから。」

「えっ…。お兄さんちょっと衝撃なんだけど。」

「じゃぁ、施設出身?」

「に、いたらしい。」


なるべくなら、昔の話はしたくなかった。
昔の話をした後には、必ずと言っていいほど哀れみの目を向けられ、可哀想と口々に言われるからだ。

おまけにその後も腫れ物を扱うように接してくるのも、気分が悪かった。

しかしこちらを見つめる目に絶えきれず、のそのそと口を割る。


「物心つく前には、老紳士にもらわれていたよ。その人は、ことある毎に『私は親ではない。血縁者でもない』と言っていたよ。彼の名前は知らない。」




夕凪は生みの親の姓らしかった。

老紳士とは、山奥の小屋でずっと二人暮らしだった。

そこは小川が流れ、空気が澄んでいる綺麗な場所だった。

老紳士とは基本自給自足の生活だったが、彼は時々似合わないほどかっちりしたスーツを着て一人で街へ行っていた。


あるとき、珍しくこぎれいな服を着せられ街へ連れて行かれた。

そしてそのまま、ここで暮らすんだと置いていかれた。

そこは小学校から大学まである全寮制の学校だった。

夏も冬も、休みでも帰ってくるなと言われて、その後何年もその老紳士に会うことはなかった。


14歳の秋に、突然その人が亡くなったと担任から聞いた。

弁護士とやらに、「彼は君のためにそのままエスカレーター式に大学まで行けるだけのお金を残している」と伝えられた時、何かが弾けた。


馬鹿らしい。


なぜ死んだ見ず知らずの人間に人生を決められなければならないのだろう。

どうして死んだ後も干渉されなければならないのだろう。

今まで何も考えずに過ごしてきた日々が、これからも待っているのかと思うと急に逃げ出したくなった。


中学を卒業するとき、大学まで前払いしていた学費を学校側から返してもらい、学校を辞めた。

全寮制だったこともあって、かなりの額が戻ってきた。

そこからそのお金を足として日本中を回った。

回っていくうちに、各地の民謡や独特の音楽を教えてもらうことが多くなった。もともと音楽には興味があったから、ギターを買い、少しずつ我流ではあるものの、奏でたいように奏でる術を身に着けていった。


日本中あらかた回り尽くして東京に戻ってきて、千斗…それから、万理に出会った。二人は地下の小さなライブハウスで歌っていた。たまにギターやキーボードとしてステージを手伝ったこともあったが、人目が嫌で余程の緊急事態でなければ手伝わないかった。


それでもそのうち千斗と作曲の話をしていて、もっといろいろなことが知りたいと思った。感覚も、知識も、まだまだ足りない。自分の奥底から、何かがゆっくりと湧き出るのを感じると同時に、何か強烈な飢えのようなものも感じた。

それは、今思えばマグマみたいなものだった。

今までは空っぽで、情熱とか夢とか欲望とか、何もないと思っていたのに…どうやら奥底の深いところで眠っていただけだったらしかった。

千斗と万理に出会って、その熱い塊はじわりじわりと動き出したのだ。


しばらくしてから、千斗と万理に手紙を残して空港へ向かった。

空港では、一番最初に見た国の飛行機の席を取った。


そしてそのまま、何年も、ずっと色んな国を転々としてきた。





そこまで話すと、いつの間にか部屋はしんと静まりかえっていた。

テレビを見ていたはずの陸とナギ。
台所で料理をしていた三月と一織と壮五。
そして、同じテーブルに座っている大和と環が、じっとこちらを見ていた。


その視線がいたたまれなくなってきたとき、不意に環が席を立った。

どうしたのかと思って見ていると、おもむろに冷蔵庫を開けてプリンを取り出した。

「サクっち、これ、やる。」

目の前に置かれたのは、「たまき」と書いてある王様プリンだった。

「いいよ。これは環のだろう。」

「おれも、施設にいたから。なんか、なんていうか、分かる。」


環は、自分の気持ちをうまく言えないのがもどかしいのか、何とも言えない顔をしていた。
まるで小さい子がぐずる直前のような、でもどこか寂寥感のある瞳をしていた。

彼にも、色々あったのだろう。

目の前に差し出されたプリンは、きっと彼なりの、今できる精一杯の思いやりなのだ。


「環、ありがとう。今度環にもお礼のプリン買ってくるよ。」

「いい。別に、いいよ。」

「心配しなくても、一応稼いでますから。今まで書いた曲の権利は手放してないおかげで、時々収入はある。それに、環がプリンくれたように、環にプリンをあげたいって思ったんだ。」

「なぁ、定期的な収入ってどれくらいあんの?」

「大和さん、感動的な場面でおっさん全開じゃねぇかよ。」

「良いだろ別に。お兄さんはそういう現実的なお話に興味があるんだよ。」

「さぁ?いくらだろう?日本は税金で大分消えるからなぁ。とりあえず一億はあるんじゃない?」

「いっ?!一億ぅ?!マジで?!俺たちの事務所で仕事しなくても食べていけるじゃん!…ってか、朔は日本人だったのか…ちゃんと税金も払ってるんだな…。」

「そうだねぇ。税金や年金の手続き諸々は本人が日本にいなくても出来るからね。最近通帳見てないから詳しくは分からないけど、多分それくらいはあるはずだよ。収入の半分は、自分が今までいた国の子供達へ支援物資を買って匿名で贈ったりするのに使ってるから、本当はもっとあると思う。」

「なんと言いますか…流石、世界で活躍されている作曲家の方は違いますね。」

「そう?君たちの方がすごいと思うけどね。」



知らない誰かのために、全力で奉仕する。

笑顔と愛を捧げ、今日も明日も、顔も名前も知らない誰かのために全力で頑張る。

悲しくても、苦しくても、辛くてもおくびにも出さない。



そんなアイドルという職業は、自分には死んでも無理だと、心の中でそっと呟いた。


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