・うたプリ 中短編

□キス
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「なぁ、蒼生。いい加減…俺のこと『翔ちゃん』って呼ぶのやめろよ…。やめねぇと、ずっと塞いじまうからな。」

そう言うと、彼は距離を詰めてきた。ふわっと香ってきたのは、いつもの香水と、柔軟剤と、彼自身の香りだった。そう思った瞬間、思ったよりもしっかり唇が重なる。

宣言通り、言葉をふさぐように…ぐっと吐息ごと押しつけられた。その途端、彼が直前まで飲んでいたコーヒーの味がする。

苦い、大人のキスだった。

「っ、ぅ…ぁ…」

「ん…っ…」

舌を掬い取られるようにされると、どうしても声が漏れてしまう。それが恥ずかしくて必死に逃れようとするものの、許してはくれないようだ。舌の表面と表面をぴったりくっつけたと思ったら、そのまま唾液を混ぜるように表面を擦り合わせる。意識しないようにしているのに、どうしてかこんなときに限って洪水のようにあふれ出てくる。

「お前の、甘いのな。」

そんなこと…と否定しようとしたら、後頭部に手を添えられさらに奥深くまで唇が重なる。もはやキスと言うより、お互いを食べ合うような行為に思える。

さっきとは打って変わって、ぐちゅぐちゅと激しく口内を動き回ってくる。そのせいで口の端から溢れ、零れていくのも厭わないようだった。柔らかい舌が絡め取られていくたびに、苦しさと生暖かさに溺れていくような錯覚を起こす。時々舌先でつうっと舐められるとくすぐったくて仕方なかった。もう、口の中全部触れられてないところなんかないんじゃないかというくらい丹念に舌全部を使って愛撫される。

「ん、はぁ…目、とろけてんな。気持ちよかったか?」

声を出す余裕が無くて、こくりと首を縦に振る。いつの間に繋いだのか、指先が重なっていた。そして指先だけで繋いだ手が、お互いの指を、さっきの舌の動きを再現するように自然と深く交わっていく。

「で?俺のこと、翔って呼ぶ気になったか?」

「しょ、翔…ちゃん、は翔ちゃんだもん。ずっと、そう呼んできたから…急になんて呼べないよ。なんか、恥ずかしいもん。」

「んだそりゃ。」

「そ、それに…さっきの…あんなの、ズルイ。」

「さっきのって…キスのことか?そりゃ…俺のことカッコイイって思ってもらえるために、頑張ったんだよ。あー、なんか結局種明かみたいになっちまったな。まぁいいや。気持ちよかったみたいだし。でも、そのうち翔って呼んでくれよ。蒼生。」

翔ちゃんは、私の口元を指で拭うといつも通りにっかり笑った。私はいまだキスの余韻が抜けなくていっぱいいっぱいなのに、彼はなんでもなかったかのようにいつも通りだった。

「…しょう。」

「ん?…んん?!え、も、もう一回言ってくれ!」

「翔の、えっち。」

「っ…お前なぁ!…まぁいいか。今日はこれくらいで勘弁してやるよ。でも、次からはそうやって素直に呼べよ。」

ちゅっと触れるだけのキスを落とすと、大きく青い瞳が優しく細められた。

「俺はお前の名前、呼ぶの好きだぜ。蒼生。」



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