・縁 

□10 講義
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10 講義


蒼生は真斗の看護の甲斐あって、完全に回復した。あれから数日は何事もなく過ぎていった。

そして迎えた土曜日。今日は初講義の日だった。

講義に指定された場所は寮内にある会議室。持ち物は筆記用具とノートという至ってシンプルなものだ。

ただ、ちょっと変わっていたのは座席だった。メンバーは講義だと聞いていたので、てっきり学園の時のような形だと思っていた。しかし入ってみると机は真四角で組まれていた。

「なんというか…斬新ですね。」

「そうかしら?ボードの位置もころころ変えるようにして前が出来ないようにしたんです。これでどこに座っても一緒です。それと必要があれば適宜ホワイトボードには書きますが、基本的には各自でノートを取ってくださいね。」

講義は1回目ということもあり、ほとんどガイダンスのような内容だった。今後の講義では古文・漢文問わず読み物をする回もあるかと思えば、漫画や小説、ドラマや映画の台詞や字幕、流行言葉に注目する回もあるという。

「え…!ラブレター書くの?!」

「ええ、今回はラブレターを書いて頂く課題を出します。お相手はどなたでも結構ですし宛名も明かさなくて結構です。もちろん、架空の人物でも構いません。けれど、本気の真心で書いてきてくださいね。」

「俺らファンレターはもらうけど、ラブレターってのはなぁ。睡蓮先生、なんで課題がラブレターなんですか?」

よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに蒼生は翔へにこにこと笑いながら近づいていく。

「それは、書いてみれば分かります。」

にっこりと笑いかけられた翔は、その存在の近さに内心動揺を隠せなかった。睡蓮からは嗅いだことのないような良い香りがする上、こんなにも綺麗な顔にほほえみかけられては、どうしようもない。翔の顔はほんのりと赤く染まっていった。

「おチビちゃん、顔が真っ赤なリンゴになってるよ。」

「う、うるせぇ!俺はチビじゃねぇ!」

「レン、翔、講義中ですよ。全くあなたたちは…いつも売り言葉に買い言葉ですね。」

「そういうトキヤは眉間にしわが寄ってるよ〜?」

賑やかにするメンバーを睡蓮はににこにことしているだけだった。そのせいか、かえってその顔からは真意が読み取れず、メンバーはひたすら不思議な課題にはてなを浮かべるばかりだった。

講義は初回ということもあり、一時間ほどで閉講となった。思い思いに席を立つ者、そのまま課題に取り組む者と様々だった。今回の課題はラブレターを書くこと。指定された条件は本気の真心だけ。他は何にも言われなかった。


「ラブレターつったら、やっぱ便せんと封筒だよな。」

翔は部屋に戻るとあちこち探してみたが、どうにも出てこない。ようやくでてきたのは白い業務用の封筒だった。

「っだぁ−!だめだ!こんなの、俺様らしくねぇ!」

よし、買いに行くか!せっかくだから、一式綺麗にあつらえよう。封筒も、便せんも、封をするためのシールも欲しい。ペンもちょっとイイヤツを買おう。





・Love letter 愛情を告白する手紙。恋文。艶書。

・Love letter 愛する人に愛情を表現する個人的な手紙。

・恋文 恋心を書き送る手紙。ラブ レター

「なるほど。改めて調べてみると興味深いですね…」

トキヤはじっとスマホの画面を見つめると、検索画面の予測に「ラブレター 書き方」というワードを見つける。思えばそもそも誰かに手紙すらまともに書いたこともなかったかも知れない。いっそ手紙の書き方から学ぶべきでしょうか…。そうと決まれば、本屋でそれに相応しい本を探してくるべきでしょうね。時間もあまりないですし…

トキヤは自室でぶつぶつと小言をつぶやきながら、ジャケットを片手に本屋へ向かった。






「ラブレターねぇ。」

困ったな。今まで山のようにレディ達から愛をもらってきたけれど、まさか自分が書く側になるとは。そう思いながらレンは先ほどの会議室でノートを広げ、ペンを器用に回しながら考える。もちろん、誰に書くかは決まっている。問題は何を伝えるかだ。たぶん一筋縄ではいかない。だからこそ、小細工も出来ないだろう。きっと全てがばれてしまう。
ポエムにしてみようか。外国ものなら少し自身がある。





「そうだ…!」

いつもみたいに歌詞にしてみれば良いのかも!俺あったまいー!
そう思い彼女への思いをそのまま紙に沢山書いてみることにした。ついでだから歌もつけたい!アップテンポにしようか、でも思いを伝えるんだからバラードもいいなぁ。あ、俺の気持ちばっかりじゃなくてあの人の姿も入れてみよう!

音也はせわしなく会議室の机の上に紙やペンを散乱させ、ちぎったルーズリーフにフレーズを書き始めた。





思いを、伝えるにはどうしたらいいのでしょうか。
思いつくものはキス・ハグ。そして手を取り思った通りの言葉をささやく。でも、日本語は上達しましたが、まだ不安があります。字だけで、果たして自分の思いは伝えられるのでしょうか。そういえばいつもファンの方からファンレターを沢山もらう。それを読むと心がいっぱいになって温かくなった感じがする。それを、目指せるようにがんばろう。
セシルは一人難しい顔をしながらも、一生懸命会議室の机にかじりついていた。





「まさか初回の宿題が恋文とは…」

真斗は部屋で腕を組み、沈思していた。かつて恋文を書いたことは一度たりともなかった。雑誌の頁にファンへの一言を書いたことがあるくらいだ。それも十分真心を込めてきた。今まで恋を題材にした歌も歌っては来たが、それとはまた違う…。恋文。恋文と言えば先日の一件も恋文だったな。

「そうか…。」

真斗は必要なものをメモし、買い物に出た。






「ラブレターですか…困りましたね。書き方が分かりません。」

手をあごにあてて談話室のソファーに座る那月は、もう随分長いこと同じ体勢だった。

「そうですね…お手紙に、僕の気持ちを乗せるんですよね。」

どんなお手紙をもらったら嬉しいでしょうか。僕なら可愛い便せんや封筒だと嬉しいです。あ、お葉書もいいですね。可愛い絵が描いてあると飾りたくなります。あとは、ふるさとの写真も嬉しい。

「笑顔が見たいから、お葉書にしましょう。」

そう言って立ち上がると、部屋にはがきを探しに戻った。





次の講義はあっという間にやってきた。
前回と同じ会議室に集まると、蒼生は早速課題の提出を求めた。

「え。ここで発表するんじゃないの?」

今まで学園の授業では基本的にその場で発表するスタイルが殆どだった。ましてや今回のように表現が絡むものはなおさらだった。

「確かに恋心は秘めることだけが全てではありません。ですが皆さんはアイドルですから、あまりそういう気持ちはおおっぴらになさらないかと思ったのです。」

そういうと、睡蓮はホワイトボードに流れるような文字でさらさらと書いていく。

「し…しのぶれど、いろにいでにけり?」

「こいすてふ?ってなんだ?」

   しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

   恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか

「では、次回の課題はこの二首の歌について調べてきてください。」

「具体的には、どのようなことを調べればよろしいのでしょうか。」

トキヤは手を上げて質問すると、蒼生はやはりその質問が来ることを見越していたかのように即答で「お任せします」とだけ述べた。
逆にトキヤはいい質問をしたと心の中で思っていたので、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまっていた。

「基本的にここは学校ではありませんから、自由にしてください。プレゼンでもレポートでも論文でも発表でも紙芝居でも絵本でも模造紙にまとめてくるものでも、形式はなんでも構いません。もちろん何について調べるかも皆さん一人一人次第です。手段や方法を考え、達成するのも自己表現力を磨く一つとお思いくださいな。」

そういうと、両手に抱えられる大きさの箱を出した。

「今回のラブレターも、どのように書いてくるかはこちらから指定しませんでした。その甲斐あって、皆さんはちゃんと自分がどうしたら気持ちを伝えられるかを考えてきたようですね。正解はありません。あるのは結果のみです。」

さ、箱に課題を提出してください。と言うと、メンバーは少し緊張した面持ちで箱に課題を入れていく。

「さて、来栖君。先週の自分へ、答えをどうぞ。」

「えっと…思いを形にするのは、思った以上に難しかったです。普段はダンスや歌も含まれているけれど、文字だけで何も知らない人に正確に伝えようっていうのは大変でした。」

急に名指しされたが、翔はしどろもどろになりながらなんとか答える。

「では今回どんなことに気づきましたか。神宮司君。」

「愛を伝える方法は、無限大だってことかな。先人の知恵を借りるのも良い方法だと思ったよ。」

レンも自分に話が振られると思わなかったので、ちょっとうろたえたが、いつもの余裕で答える。そうやって一人一人に聞いていくかと思いきや、急に他の人の考えについてコメントを求められる。

2回目は、そうやって過ぎていった。




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