・縁
□4 姉妹
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4 姉妹
蒼生は部屋に戻ってからレンにもらった薔薇を丁寧にわけて、部屋のあちこちに飾った。
その後は慣れない環境に疲れが出たのか、いつ眠ったのかも思い出せなかった。ただ久しぶりに藍が隣で添い寝してくれたおかげなのか、寝覚めはとても良かった。いつも通り日の出前に起きて朝食を済ませると、藍がお茶を出してくれた。
「ありがとう。ここに来ても、藍のお茶が飲めるなんて嬉しい。」
「ボクでよければ、いつでも入れるよ。」
そういえば、といいながら藍は蒼生の隣に座った。
「今日朱音が挨拶に来るって連絡があった。たぶんもうそろそろだと思うから、ボクが迎えに行ってくるよ。」
「朱音に会うのも、なんだか久しぶりね。ちょっと離れていただけなのにもう懐かしいなんて、なんだか寂しいわ。でも…こんなにたくさん男性がいるところだって知ったら怒るかしら。それとも、びっくりして帰ってしまわないかしら。」
いろんな心配をしていると、藍が心の中を見透かしたようにくすりと笑った。
「大丈夫だよ、ボクからもうだいたいのことは話してあるから。」
そういって立ち上がると、蒼生に手を差し出した。
「ロビーまで一緒に行こう。きっとここで待っててもそわそわして落ち着かないだろうし、最悪部屋を出たけど迷子になりそうだから。」
藍は本当によく私のことを分かっているなぁと思いつつも、当たりすぎていて蒼生は少し複雑な気持ちになった。何とも言えない顔をしてしまっていたのか、藍は私の顔を見ると呆れながらも笑って手を引っ張り立たせてくれた。
ロビーに着くと、ST☆RISHのメンバーが勢揃いしていた。
「あ、藤崎サン、おはようございます。」
「おはようございます、セシル君。みなさんも、昨日はありがとうございました。」
蒼生がみんなに挨拶をするのを見届けると、藍はそのまま玄関へと歩いて行った。
「あれ、藍はもう仕事か?」
「お客さんを迎えに行ってくれたの。すぐ戻ってくると思います。」
「藤崎さんのお客さんですか?」
那月は座っていたソファから少し立ち上がってスペースを作ると蒼生を座るよう促す。
蒼生は那月の心遣いに感謝すると、空いたスペースに腰を下ろした。
「はい。もうすぐ来るので、みなさんにも紹介しますね。」
「ねぇ、藤崎さんって、あだ名みないなのとかないの?」
音也は身を乗り出しながら蒼生に質問した。
そうですね…と蒼生が考えていると、真斗が小声で音也に口の利き方が悪いとたしなめる。だって、でもー、いいじゃんーなどと話しているのをみていると、蒼生は彼らの仲の良さが少し羨ましくなった。
「敬語でない方が私も嬉しいです。気軽にお話してください。呼び名については愛称でよろしければ一応あることにはありますが…」
「きっと素敵な呼び名なのでしょうね。よろしければどのようなお名前か、私達に教えてください。」
「トキヤなんか昨日から積極的じゃない?」
「音也…貴方は昨日美風さんに話の腰を折らないよう言われたばかりでしょう。」
「イッキもイッチーも嫉妬かい?仲良くしなよ。」
「なんか…レンがそういうことと言うと…気味が悪りぃな…」
「皆さん、本当に仲がよろしいんですね。私は学校の友人達には「睡蓮」と呼ばれておりました。」
そういって恥ずかしそうにうつむくと、ST☆RISHのメンバーには胸を打ち抜かれたような衝撃が走った。
(「き、昨日も思ったけど…不意打ちでいちいち可愛い!」)
(「あまりにも可愛らしく笑うので、動悸が…よくありませんね。」)
(「だぁぁぁー!ドキドキする!」)
(「妖精さんみたいで、今すぐぎゅっとしたいです…」)
(「へ、平常心だ、平常心!滝行を思い出せ!」)
(「これは…なかなか体に悪いね。ハートがもっていかれそうだ。」)
(「あぁ、プリンセスのようで、本当に可愛らしい。」)
セシルは誰よりも先にと思い、自分の胸に手を当て蒼生の傍に跪いた。
「じゃあ、ワタシも睡蓮と呼んでもいいですか?」
「セッシー、いくらなんでもいきなり呼び捨ては…ちょっとマズイんじゃないかな。」
「えー俺も睡蓮って呼びたい!」
「睡蓮ちゃん、もし睡蓮ちゃんがよければ、僕は睡蓮ちゃんって呼びたいです。」
わいわいとメンバーが盛り上がる姿は、蒼生にとってはなかなか新鮮な光景だった。学校はおしとやかな女子ばかりで、家もみんな静かな人たちばかりだったから、なんだか目の前の光景が不思議で、楽しくておかしかった。
知らないうちに声を出して笑っていたようだった。蒼生が気づいたときには、みな微笑ましげにこちらを見ていた。少しはしたなかったかと思い恥ずかしくなったが、みんなと仲良くなれる一歩かと思い、思いを口にする。
「みなさんの、呼びやすいようにお呼びください。私もそうして頂けるのが一番嬉しいです。」
視線が集まっているのにどきどきしていると、いつの間にか藍が戻ってきていた。
「思ったより早かったね。睡蓮が愛称を教えるのに、ボクはもっと時間がかかるかと思っていたよ。」
藍がそう言うのとほぼ同時に、藍の後に隠れるように立っていた制服姿の少女が静かに前にでた。
「ごきげんようお姉様、みなさま、ご歓談中お邪魔いたします。」
少女はまだあどけない顔に似合わず、腰まである長い髪をさらさらとゆらしながら優雅にお辞儀をする。そしてやはりゆったりと蒼生に近づくと、再び一礼した。それに答えるよう蒼生も柔らかく微笑む。
「朱音、来てくれてうれしいわ。」
「お姉様…お会いしとうございました。」
蒼生は椅子から立ち上がり今にも泣き出しそうな顔の少女をそっと抱きしめると、その手でそっとみんなの方を向くよう少女を促した。
「血のつながりはないのだけれど、私の妹の朱音です。私がまだ家にいるとき、いろいろと私の手伝いをしてくれていました。」
「皆様、ごきげんよう。朱音と申します。以後お見知りおきくださいませ。」
藤崎の家では、直系の女子には血の繋がらない女子を孤児院などからもらってきて姉妹として育てる習わしがある。妹は神社と姉を支え、姉は妹を守り、持てる全てを教え一人前に育てる風習があるのだと藍が説明する。
「朱音さんは、まだ学生なんですね」
トキヤが見慣れない制服にちらりと目を向けると、朱音ははきはきと答えた。
「はい、菊璋学院の中等部に進級したばかりです。」
「中等部ってことは、姉妹で随分年の差があるんだね。」
レンは蒼生に問いかけると、蒼生は朱音の頭をそっと片手でなでた。
「そうなんです、でもどうしてもこの子がよくて。出会ったときこの子はまだ赤子だったのですが、この子がいいと一目惚れしたんです。」
蒼生が髪を梳くようになでる手がよほど心地良いのか、朱音の顔はさっきまでの泣きそうな表情から一変し、嬉しそうな、くすぐったそうな顔をしている。
「お姉様は、本当に私によくしてくださるんです。物心つく前からずっとおそばにいてお慕いしておりましたので、お姉様が家をお出になると伺った時は気を失うかと思いました。」
そう言うと蒼生は困った顔をして笑い、再び朱音を抱き寄せた。
「ごめんなさいね。でも、離れていてもあなたは私の妹よ。」
額をコツンとぶつけ、お互いを穏やかに見つめ合うその姿は、誰が見ても本当の姉妹だった。
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