・縁 

□3 過去
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3 過去


「どうしました。藤崎さん。」

「みなさんが、色々お聞きたいことがあるそうなのですが、お答えしてもいいかしら。」

ほら、まただ。正直こうしてボクを頼ってくれるのは、うれしい。ボクなら判断を誤らないからという信頼もうれしい。でも違う。蒼生にはボクに依存してほしくなかった。

もう、いいかなと、いつもみたいにため息をついて、蒼生に向き直る。

「ねぇ、君が望んだ自由って何?ボクにいちいちお伺い立ててたんじゃ家に居るときと何も変わらないよ。」

蒼生が息をのむのが分かった。瞳孔も開いて一瞬脈が大きく動いた。周囲も藍の態度が変わったことに気づき、話をやめてじっと二人の様子を見つめていた。それでも藍は態度を改めなかった。

「ねぇ、藤崎さんの好きにしなよ。自分でどうしたいか、どうするか決めなよ。それが必ず正解とは限らないけど、常に何がベストなのか模索するのは君が望んだことじゃないの?何のための自由?君にとっての自由って何?」

本当はこんなことしたくなかった。こんなことが言いたいんじゃない。蒼生を甘やかせるだけ甘やかしたい。でもそれだと蒼生は駄目になる。
ボクの願いは蒼生が幸せになること。彼女が、自分の意志で物事を決めて進んでいけるよう見守り諭すことが望みであり、役割だと思いたかった。今だってもしかしたら、強く言いすぎたかもしれない。こんなふうに言わなくともきちんと伝わることくらい承知だ。でもただ伝わっただけでは意味がないし、蒼生がこんなことでへこむわけがないと藍には強い確信があった。

「藍…ごめんなさい。結局外に出ても頼ってばかりですね。」

「いいんだよ。ボクはそのためにいるんだから。でも、せっかく外に出たんだからもっと自由に、好きに振る舞ったら。」

本当にピンチになったり、間違えたときは、ボクがなんとかするからと、そっと手を重ねて伝えると、蒼生は安心したようにほほえむ。

「藍、ありがとう。」

「さっきも聞いたよ。大丈夫、きっとうまくいく。」

「ねぇねぇ、初めにも聞いたけど、二人はどんな関係なの?」

堪えかねたように音也が会話に割って入る。

「ボクは藤崎さんのお世話係兼お目付役。彼女とはずっと昔から一緒にいるよ。」

藍は自身が犯した事態の収拾はとっくに覚悟していたので、嫌な顔1つせずさらりと答えた。しかしその態度に何となく腑に落ちないのか、ST☆RISHのメンバーはやや怪訝そうだった。

「聞いてもいいかい、アイミー。その方は、もしかしてどこかのご令嬢なんじゃないかな。」

「レン、回りくどい聞き方しないで。知ってるんでしょ。噂だけだろうけどね。」

「では、やはりこの方は…」

真斗とレンは顔を見合わせると、座っていた椅子にきちんと座り直し、姿勢を整えた。その様子を見たトキヤはすかさず二人に声を掛ける。

「聖川さんとレンは、藤崎先生とお知り合いなのですか。」

「イッチ―…いや、おそらく初めましてだね。だた、お噂はかねがね伺っております。」

レンがここまで丁寧になるのは不自然だった。レンはどんな相手でも自分らしさを崩さないはずなのに、初対面の時と打って変わって態度がきちんとしていた。

「あの、そんなに固くならないでください。私はみなさんとほとんど年も変わらないようですし、立場は講師ですが、普通に、その…えっと」

「失礼ですが、先生はおいくつですか。」

「一ノ瀬!なんと無礼な!」

蒼生は手を上げてまぁまぁと真斗をたしなめると、小さいながらもはっきりとした声を発した。

「先日24になりました。」

「わぁ!先生は僕とレン君と同い年ですね!」

「あの、なので、気軽に接してくださると、うれしいです…」

「で、聖川はともかく、レンが萎縮するようなすごい先生なのか?」

翔は相変わらず事態が飲み込めないとでも言うように首をかしげると、眉間に皺を寄せつつも冷や汗をかく真斗の顔を覗き込んだ。

「すごいも何も…なぜここにいらっしゃるのか、俺は理解が追いつかん。」

「俺も珍しく聖川に同感だね。その、彼女のお姿を人目にふれさせて大丈夫なのかい、アイミ―。」

緊張を見た目にも声にも露わにしているレンと真斗は、とうとう藍に事を問うようになる。しかし藍はその態度になびくことなくさらりと流す。

「レン、ボクに聞かないで。」

自分で直接聞いてともとれるジェスチャーで蒼生に話を振ると、藍はそっぽを向いてしまった。この事態をどうしようかとおろおろするセシルと音也と那月を余所に、翔とトキヤは怪訝そうな、何か考え込むような顔をしながらレンと真斗を見ていた。

「私はもう、そのような存在ではありません。」

変な空気を打ち破るように、今まで聞いたことない声が凜と響く。蒼生は意を決したようにしっかり顔を上げると、レンと真斗の方をじっと見つめた。

「聖川さん、神宮司さん、どうか今まで通りなさってください。お二方とも、家の人間として私と対峙なさらないでくださいまし。それに人の価値は地位や身分で決まらないことは、あなた方が一番よくご存じのはずだわ。」

蒼生が二人にはっきり告げると、ふたりは情けないくらい椅子に縮こまる。その様子を知ってか知らずか、蒼生はそっぽを向いた藍に声を掛ける。

「藍、駄目なら止めてね。」

「大丈夫。話していいよ。」

蒼生は頷くと、深く息を吸って、メンバーの方を向いて話し始めた。

「私は森ノ宮神宮の娘で、ほんの一週間前まで神社の巫女として生活しておりました。」

「あぁ…」

「やっぱりね…」

レンと真斗の声は何とも情けないが、それについてはもはや誰も触れなかった。

「俺聞いたことある!あそこの神社でお守りもらうと願いが叶うって言われてるんだよね。」

「そういや俺、早乙女学園の受験の時バッグ森ノ宮のお守りつけてたんだぜ!」

元気に答える音也と翔を制するように、藍が話に割って入る。

「それはかまわないけど、間違っても直接藤崎さんにお守りをねだったりしないで。」

「なんかまずいのか?」

「来栖…その、一般の人に頒布しているものはまだしも、彼女の作ったものはそう易々と手には出来ん。それに、その…」

「命をけずって、作るから。だね?アイミ―」

レンの言葉に全員が一瞬顔を引きつらせる。

「三日三晩寝ずに、その人とその願いを思って布を織り、糸を紡ぎ一針一針縫って作るんだ。だから駄目。7人分も作ったら、藤崎さんが死ぬ。」

藍がそう言うと、蒼生は何とも言えない顔をした

「やはりお二人はご存じでしたのね。」

「その界隈では、有名な話だからね。」

「ところで、レンやマサトはどうしてまだ緊張しているのですか?」

「セッシ―、いいかい。彼女と俺たちでは、格が違うんだ。俺や聖川は財閥の子息。方や彼女の家は平安時代には成立していたとの記載まで書物にある由緒正しき一族なんだ。

「ああ、その一族の者は代々真摯に神に仕え、その力を人々のために分け与えてきた。大きな神社ということもあり、格式は一流だ。そんな一族と是非懇意にしたいという輩は後を絶たない。そんなこともあってか藤崎家は基本的には人目に姿を現すことが無い幻の一族とも言われている。ましてやその一族の人間と直接会うだなんて恐れ多いことなんだ。」

「そうだね…例えるなら、財閥とはただの金持ちだ。藤崎家は格式と礼儀を長年守り重んじる方だ。お目にかかれるだけでも恐れ多いのに、ましてやそこの巫女ともなれば、人に姿を見られぬよう厳重に守られ育てられる。俺たちはそれを知っていたから、彼女に対してつい恭しい態度を取ってしまったのだ。」

レンガそう言うと、真斗は少しばかりきまずそうに視線をそらした。

「ですが、私はもう巫女をやめました。ですから普通に接してくださると嬉しいです。」

「その…失礼を承知で申し上げます。風の噂で聞いたのですが…婚約を断り続けたというのは…」

「いやだわ、そんなことまで世間様はご存じなのね。巫女をやめたら結婚し一族の繁栄のため嫁ぎ先の繁栄のため身を捧げる…そういう決まり切った生き方をするのがいやでしたの。私は、もっと学問がしたいのです。ですからまだ学院にも籍を残しておりますの。」


今までで一番はっきりとした声で告げると、周囲からは驚嘆の声が漏れる。

「やはり学校は、菊璋学院でしょうか。」

「そうです、ですが…父は大学院に残るのも結婚しないのもひどく反対しておりますので、少し前から働いて自分で学費をまかなっております。もちろん、今回のは家出ではありません。自由が無い私を不憫に思って、藍や兄たちがいろいろとつてを頼ってくれたんです。」

「なぁなぁ、菊璋学院んてどんな学校なんだ?」

「良家のお嬢様が、初等部から大学まで通うエスカレーター式の学園だ。諸々において条件が厳しい学校で、ただの金持ちというだけでは通えない、ちょっと変わった学校だ。」

真斗が難しい顔をしながら翔に説明する。

「なるほどな〜。色々難しい世界なんだな。」

「私はアグナパレスの王子です。先生はワタシとなら婚約できますか?」

セシルはきらきらとした目で蒼生に問いかけるが、すかさず藍が割って入る。

「確かに一国の王子なら可能だね。ただ、セシル、アイドルはどうするの?」

セシルは藍に痛いところをつかれ、目に見えてシュンとする。

「藍、セシルは聞いてみたくて聞いただけなんだから、あんま落ち込ませんなよ。」

「本当のことだよ。なにより彼女が結婚を望んでない。だから、ここに来た。」

でしょ?そういって蒼生に顔をむけると、じっと瞳を見つめた。

「ええ、そうね。ごめんなさいファーストネームを名乗れないのも。しきたりのせいですの。」

「それは、さきほどの触れられる人の条件と同じでしょうか。」

「そうです。一ノ瀬さんは理論的なお考えをお持ちなのですね。」

褒められたトキヤは一瞬面食らった顔をしながらも、素直に喜びを顔に表した。

「今、早乙女の事務所の外でもお仕事なさっているんですよね。」

「ええ、友人のつてを頼って聖リリアン女学院で。」

真斗とレンが同時に声を上げる。

「リリアン?!」

「あのミッション系のかい?!それは驚いたな…」

「やはり、そうなりますよね。でも信仰を持って無くても仕事は出来ますとシスターに言われました。それに聖堂はとってもきれいなので、見ているだけでも癒やされますよ。」

真斗とレンがショックを受けている横で、那月が無邪気に声を上げる。

「僕もきれいなものや可愛いものが好きなんです。わくわくして、心が喜んじゃいます。だから優しくて可愛い藤崎せんせぇのことも、大好きです!」

というと、席を立ち、蒼生にそっと栞を手渡した。

「四つ葉のクローバー…」

「はい!さっきお部屋でお手伝いしたとき本が沢山あったので、きっと本を読むのが好きなんだと思ったんです。僕からお引っ越しのプレゼントです。良かったら使ってください。」

もらった栞は黄色い色紙に四つ葉のクローバーの押し花がついていて、ラミネート加工されていた。

「ありがとうございます。うれしいです。とても。」

「僕もうれしいです。蒼生せんせぇがうれしそうで。」

あの、四ノ宮さん。と蒼生が呼びかけると、那月は蒼生の席の近くまできて目線を合わせるように少しかがんだ。

「那月って、呼んでくれたらもっとうれしいです。同い年ですから。もっと慣れたら、なっちゃんって呼んでほしいです。あ、でも僕は生徒だからちゃんとせんせぇって呼びますね。」

「いえ、藤崎で大丈夫です。そう、呼んでください。その、那月君…」

耳まで赤くした顔のまま、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で告げると那月は同じくらいの音量囁く。

「藤崎さん。貴方に会えて、僕はとても嬉しいです。」

「お、俺も翔って呼んでください!」

「俺は音也!一十木音也!音也って呼んで!」

「ワタシもセシルと呼んでほしいです。」

「私は一ノ瀬トキヤと言います。トキヤとお呼びください。」

メンバーが次々と自己紹介する中、相変わらず御曹司組の二人は縮こまっていた。しかし意を決したようにレンが席を立ち上がると、どこに隠していたのか、おきまりの真っ赤なバラの花束を差し出して蒼生の前に跪く。

「ご存じの通り、俺は神宮司レン。神宮司家の三男だけど、今はアイドルの神宮司レンなんだ。よろしくね、レディ。薔薇の花はお好きかな?よかったらすてきな新居に飾ってほしいな。」

そう言って優雅に渡すと、蒼生は目を大きく見開いて驚きつつも、嬉しそうに花束に顔を埋める。

「こんなに大きな花束、頂くのは初めてです。ありがとうございます。切り花も嬉しいけど、ガーデンに植えてあるほうがもっと好きですの。」

そういってほほえむと、レンは一瞬驚いた顔をしつつも、次はとびっきりのガーデンにエスコートすると約束をした。そしてウインクをすると、蒼生の顔は薔薇に負けず劣らず再び真っ赤になった。でも、笑顔が咲いたようににこにことうれしそうな表情にその場の空気も柔らかいものになった。

「おい、聖川!ただ黙ってみてるだけか〜?そら、いけ!」

翔に背中を押された真斗は、躓きそうになりながらも何とか蒼生の前で踏みとどまった。

「あの、聖川真斗と申します。その、どうぞ宜しくお願いいたします。」

「マサ、固いよ!もう一声!」

「そっ…その、俺のことも、真斗と呼んで…いただければ…幸いです。」

真斗がやっとのことでなんとか言い切ると、周りからは冷やかしの声援と拍手が起きた。
やんややんやと盛り上がる彼らと蒼生をみて、藍はちょっとの嫉妬と、心配と、そして蒼生が望んだ自由に、少し近づいたことをうれしく思う複雑な心境だった。



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