・No one…

□#8
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「なんかあっという間だったな」

「そうだね。夢みたいだった」

「本当にそうだね〜。朔、運転ありがとう!疲れたら変わるからね!」

「ありがとう龍之介。運転なら大丈夫だよ。30分後に出発ね」

立ち寄ったサービスエリアでTRIGGERの3人を降ろしてキーを掛けると、指先で車のキーをくるくると弄ぶ。大和たちもそろそろ着いた頃だろう。どの辺りに停めたかとキョロキョロしていたら、見覚えのある車が入ってきた。片手を上げると、助手席のナギが同じように手を上げてくれた。

先にコーヒーでも買おうかと伸びをした瞬間、車の影から子どもが飛び出してきた。
気づいたら身体が勝手に動いていた。

聞いたこともないような破裂音がしたあと、肌が地面に抉り取られるような痛みが襲った。






「大和さん朔は?!」

「まだ手術中……だいぶかかるかもって」

車を停めた俺たちを待っていたのは、小さな子供を腕に抱えた朔が、血溜まりの中でうずくまっていた姿だった。じわりじわりと広がっていく真っ赤なものが、朔の血だと分かってから、記憶がない。

救急車を呼んで、警察を呼んで、社長と万理さんと……あちこち電話をかけて、どうやって病院に来たのか、覚えていない。
真っ白な、血の気のない顔をした朔が手術室に入ってだいぶ経つ。呼びかけにも応じず、ただ血まみれになっていくのを見てることしかできなかった。

「ミツ、陸は?」

「大丈夫。今は落ち着いてるよ」

「そっか。よかった。あれ……八乙女……事情聴取は?」

「終わったから来たんだよ。二階堂お前……真っ青だぞ」

「うるせぇよ。そういうお前は目の前で見たのに平気そうだな」

「平気なわけあるか。天も龍もショック受けてしばらく口も聞けなかったんだからよ。俺だって……あんなもん見たくなかった。アイツ、躊躇なく飛び出して、庇ってた……っ、くそっ」

「九条と十さんは?」

「IDOLiSH7のところに行った。七瀬が過呼吸起こしたって聞いた時の天はこの世の終わりって顔してたぜ」

「そっか……」

「すみません!夕凪朔さんのご家族の方は……」

「家族というか、ツレなんですが……」

「すみません、実はB型の血が不足しておりまして、今他の病院からも運んでもらっているのですが、もし可能でしたらどなたか該当する方に献血していただけないかと思いまして」

「分かりました。俺、B型なので献血します」

「俺もB型だ。他にいるか?」

「タマがB型だ。ただ……とりあえず八乙女先行っててくれよ。俺はタマ説得してくる」

「俺がいくよ。大和さんと八乙女は先処置室行っとけ!」

「二階堂くん!三月くん!八乙女くん!」

「社長……!万理さんも。すみません、一刻を争うので……万理さん、B型の血が足りないらしくて、俺たち2人とも献血してきます。もし、タマが嫌がらなかったらここに連れてきてください」

「分かった!」

「社長はさっき看護師さんが同意書にサイン欲しいって言ってました。こっちです。すみません、この人、夕凪朔の身元保証人です」

「ああ、よかった!患者様のお名前と生年月日、あとここの太枠を記入してもらえますか?」

「ヤマさん!」

「タマ!ソウは……付き添いか?」

「お、おれ……サクっちのためなら頑張る。でも、したことなくて怖えーから、そーちゃんにそばにいてもらおうと思って……」

「そっか。急げ、時間がない。八乙女も行くぞ」

「ああ。四葉、お前朔が目覚ましたら王様プリンたんまり奢ってもらえよ」

「わかった!」

大和と楽と環が、規定量よりほんのちょっとだけ多めに血を抜いてもらった後、陸たちが休んでいる病室に通してもらって、しばらく休むことになった。万理が献血した3人を労って水分やお菓子を買ってきてくれたが、3人とも、とても手をつけられそうになかった。

「社長……朔、大丈夫だよね?」

「きっと大丈夫だと信じよう。3人の血が輸血されたし、きっと大丈夫だよ」

「サクっち、なまえ、知らない名前だった……」

「え?どういうことだよ?夕凪朔も芸名だったのか?」

「朔の本名、ミドルネームがあったんだよ。俺も社長が書類を書くまで知らなかった」

「朔君と契約するとき、自分は天涯孤独だから、何かあった時の身元保証人になってほしいと頼まれたんだ。それを飲む代わりに、ウチでNOneの活動をして、IDOLiSH7やMEZZO”の曲を書くと契約したんだ。その時に誕生日や血液型、簡単な生い立ちや家族について話してもらったんだ。ただ、いつかきちんと身辺整理が終わったら、みんなには自分の口から話すと言っていたよ。朔君は、ちゃんと君たちと向き合おうと、一生懸命身辺について整理していた。だから……どうか信じてあげてほしい」

「俺からも、みんなにお願いするよ。朔は生い立ちや青春時代が複雑で、なかなか受け入れられないまま大人になっちゃったヤツだけど、みんなのことはとても大切に思っている。だから今回、幼少期過ごしたログハウスも手放さずに、改築して手元に残したんだよ。自分が生きた証だからって。TRIGGERのことも、表ではあんな態度を取ってたけど、社長と話していた時に随分心配していたよ。彼らは曲さえあれば音楽家として生きていけるのかって。ここで曲を提供して、小鳥遊事務所やTRIGGERはもちろん、八乙女事務所に迷惑はかからないかって。日本の芸能界を引っ掻き回したりすることにならないか、Re:valeに迷惑がかからないか……大和君はよく知ってるかもだけど、朔は意外と繊細だし気にしぃなんだよ。だから起きたら、大丈夫だよって言ってやってほしい。今は……朔が助かることを祈ろう」


その日は、陸と万理さんを病院に残して帰宅した。


手術はうまくいって、朔はなんとか一命を取り留めることができたと一報が入ったのは、夜中を回ってからだった。朝一番で顔だけでも見たくて会いに行ったが、ICUには親族しか入れないということで、誰もついていることができなかった。ガラス一枚隔てた向こう側で、沢山のガーゼやコード、チューブに囲まれて横たわる姿が痛々しくて、寂しくて、悔しかった。普段よりふた回りほど小さく見える姿は頼りなくて……今すぐその手をとって、声をかけたら目が覚めるんじゃないかと思ったが、どうすることもできなかった。

「朔……」

「大和さん……大丈夫ですよ。信じましょう。おれ、朔ならきっと元気になるって信じます。病院の先生たちなら、きっと良くしてくれますよ!」

「ヤマさん、サクっちに、俺たちの血が入ってるんだから、大丈夫だよな?」

「リク、タマ……」

「そうだぜ大和さん、俺たちが凹んでたら、朔も心配するからさ、元気出そうぜ」

「CDができる頃には、きっと退院してますよ!」

「そうですね。こうして七瀬さんも元気になったことですし、朔さんも目が覚めればきっとすぐに元気になりますよ」

「YES、今は姫の目覚めを待ちましょう」

「そうだよな……うん。朔……早く良くなれよ」


そんな願いも虚しく、ICUを出て個室に移ってからも、朔の目が覚めることはなかった。



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