・No one…
□Last All alone
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ライブの後、大和から待ち合わせに指定された場所は、近くの海岸だった。
どんな結果になっても酒を飲もうという話になっていたので、ひとまずワインやつまめる物を持ってきた。
砂浜には、すでに大和が立っていた。
「待たせたね。ごめん。」
「いーや。遠い所ご苦労さん。」
「そちらこそ、ライブお疲れ様。」
ほかの皆は、すでに寮へ帰って休んでいるらしい。
それもそのはずだ。
時計の針はもうすぐ日付を越えようとしている。
「さっそくだけど、答え、聞かせてくんない?」
「いきなりだなぁ…。」
「もう遅いし、ライブ後なのに酒も飲まずに随分待ったからな〜。早く朔の思いを知って、美味しいお酒飲みたいわけよ。……それに俺が素面だったのに、お前さんにアルコールの力借りて返事されてもな。」
その言葉を聞いて、あの日何故なぜ大和がお酒を飲まなかったのか、腑に落ちた。
大和は、ちゃんと真面目に…勢いなんかじゃなく、きちんと気持ちを伝えようとしてくれたのだ。
今更になって、全身が心臓になったんじゃないかと錯覚するほど強く脈打つのを感じる。
あの日、大和もこんなふうになったのだろうか。
でもとてもそうは見えなかった。
ひとまず一呼吸置くと、思い浮かんだことから話すことにした。
「まず、大和のライブ、IDOLiSH7のライブはとてもよかった。好きだよ。ああいうのは初めて見たけど、面白かった。」
大和は、黙りこくったままだった。
相づちも打たず、じっとこちらを見ている。
その瞳は真剣そのものだったが、揺らいでいるようにも見えた。あの日逸らさなかったみたいに、視線を交差させたまま話す。
「……それで、大和の歌だけど…この間大和が気持ちを伝えてくれたのと同じか、それ以上に気持ちが伝わってきたよ。大和の本気。だから…向けてくれた気持ちは生半可な物じゃないって分かったし、嬉しかったよ。誰かにこんなに思ってもらえるなんて、奇跡だと思う。」
「それで…?」
「ずるいなぁ。きちんと伝えたよ。…伝わらない?それなら曲で伝えようか?それとも…っ!」
あっという間だった。
大和に間合いを詰められたと思ったら、そのまま長い腕のなかに囲われた。
大和の温もりがダイレクトに伝わってきて、その近さに思わず硬直する。
「言葉も曲も欲しいけど、人は他にもこんな行動でも愛を示せるんだって知ってる?」
「……ぁ…えっと………大和、その…恥ずかしい。」
「こんなの海外でさんざんしてきたでしょ。」
「いや。あまり人と接触しないようにしてたから。人の体温あんまり…その、感じた事なくて。養父も一緒に寝てくれるような人じゃなかったし…。ずっと、ずっと一人だったし…。」
「それってつまり…」
「期待を裏切って悪いけど、あんまり…というか他人の体温を感じた経験がほとんどなくて、慣れてないんだ。むしろ苦手な方で…人がいると眠れなかったりもするくらいなんだ。」
そう言うと、控えめに回されていた腕に力が入る。
抱きすくめられたことで、大和の吐息が耳にかかってくすぐったい。
でも、嫌じゃなかった。
温かくて、しっかりした身体。
強い鼓動に、熱い吐息。
身体で隔てられているはずのなのに、触れているところから、大和の抱く熱がながれこんでくるようだった。
恥ずかしくて…ただ、恥ずかしくて、苦し紛れのように避けていた感情の奥にある気持ちに、目を向けた。
こうして捕まってしまったのだから、もう観念しよう。
いつものように、自分の感情に素直になろう。
そう思い少しだけ大和の身体に体重を預けるようにすると、それを察したのか、大和はしっかり抱き留めてくれた。
「…もし、大和が他の国の人でも、女性でも、もっと大人でも、もっと子供でも、きっと変わらず、特別に好きになっていたよ。大和。言葉では、本当にありきたりなことしか言えないのがもどかしいくらい、好きだよ。本当に…自分にこんな気持ちがあるなんて、知らなかった。」
「そうやって言葉にして好きだって言ってもらえると、嬉しいよ。」
「そう、よかった。言葉は便利だし、とてもありがたいものだけど、時に脆くて儚いよね。」
「お前さんのそういう感覚、悪くないと思うよ。でももし不安なら、俺はこの先、何度でも言うよ。好きだ。朔。…愛してる。とびきり、好きだ。」
大和は、更に距離を縮めるように、ぎゅっと抱きしめてくる。
ああ、まったく…自分に、こんな感情があるなんて思っていなかった。
嬉しくて、温かくて、泣きそうで…幸せだった。
幸せすぎて…苦しいほどだった。
その気持ちを伝えたくて、大和の背中にそっと手を回す。
大和の背中は、想像したよりも大きくて広い背中だった。
こんなにも、幸せだと満ち足りた気持ちになったことがあっただろうか。
「俺さ、うぬぼれてもいい?」
「うん?」
「広い世界を見て、色んな事を知ってる朔に、特別に好きだって思ってもらえたこと。」
相変わらず、大和の吐息が肌をかすめていく。
くすぐったくて、ドキドキして、でも止めて欲しくない。
どちらの鼓動か分からない振動さえ、もはや心地良い。
「一応確認なんだけど、…両思いって事で…俺の恋人になってくれるって思っていいんだよな?」
「…っ…は、恥ずかしいな、その言い方。」
「あのさあ、そうやって急に照れて赤くなるの、反則。せめて前もって言ってくれない?」
「む、無理…って、赤い?!」
「赤いねぇ。顔もだし、耳も首も真っ赤。酔ってたときより赤いかもな。」
「っ…あ、そうだ、飲む約束…」
「いいよ、もう。今日は酒がなくても十分酔ってるよ。」
頬と頬がそっと触れあう。
ライブ後にシャワーを浴びた大和のからはほのかに石けんの香りがする。
その香りの奥からは、あの日ベッドの上で感じた大和の香りがした。
「しっかし細いよなぁ。ホントにバックパッカーしてたのか?よくこんな身体で今まで何ともなかったよなぁ。これからはもっとちゃんと食えよ〜。心配してるんだからな?俺もうあんな朔見るの嫌なんですけど。」
「もうああはならないよ。それにこれからは大和が見ていてくれるから、大丈夫でしょ。」
「たいした自信だこと。ま、ご希望なら朝も夜も、いられる時はずっと傍にいるよ。」
「お、お手柔らかに…。」
「なぁ、一つ聞いていい?もしかしなくてもファーストキスは俺?」
「…………ハイ。」
「危機管理がちゃんと出来てて結構。」
大和はなんとか平然を装った声を出したが、気を抜くと頬が緩みそうだった。
まさかファーストキスがまだだったとは…正直海外をふらふらしていたんならとっくにキスどころか、それ以上のことも済ませていると思っていた。
告白しようと思ったその日から、考える度に苦しくなっていた胸の重みは、いつの間にかどこかへ行ってしまった。
「Umm…キスしませんね?」
「大和さん案外そういうところ変にピュアだからな〜。」
「兄さん、あんまり顔を出すと見えてしまいますよ。というかこんな深夜に私たちが出歩いているのがマネージャーにバレたら怒られるでしょうね。おまけにこんなのぞき見だなんてしてるのが分かったら…。」
「大丈夫だよ。朔も大和さんも優しいから!」
「ヤマさんいけ…!」
「な、なんだか僕が緊張してきた…。」
深夜の静かな海岸で、本人達が思うよりその話し声はよく反響していた。
大和は先程からふるふると震え始めている。
そんな大和がおかしくて…可愛くて、つい笑みがこぼれる。
「大和、そろそろ帰ろうか。」
「8人でか?」
「未成年もいるしね。高校生は明日学校だし、そうでなくてもみんな疲れてるだろうし。」
「はぁ…本当はもっと格好良く良い雰囲気で決めるはずだったんだけどな〜。」
「格好良く?」
「そ。覚悟決めたから。」
「……この間、台所で好きだって言われて嬉しかったよ。」
大和の覚悟は、きっと並々ならぬ物なのだろう。
アイドルが恋をして、思いを告げ、恋人を得ることは褒められることではない。それは概ね各国共通だ。
でもそうまでしても、恋仲になりたいほど好きになってくれたことに、うれしさと恥ずかしさが押し寄せる。
「まぁ返事は聞けたし、このままだとあいつらあそこから動かないだろうから帰るか。とりあえず、続きは部屋に戻ってからだな。」
続きって…と聞く前に、大和は急に低い声を出した。
「俺とのファーストキス。今夜は覚悟しろよ?」
「今夜はって…いや、待って、その…。」
動揺を隠せずにいると、大和は人の悪い笑みを浮かべくつくつと笑う。
それでも嫌な気は一つもしないのだから、これが所謂惚れた弱みなのだろう。
「ちなみにお兄さん、キスだけじゃ止まらないって言ったらどうする?」
「…っ、す、ぐは、…今夜は、その…。」
「じゃあ、明日ならいいってこと?」
「いや、その…え、っと…。」
どうにかこうにか、首を縦に振る。すると大和は大きな手で頭を撫でてくれた。
せっかく勇気を振り絞ったのに、大和は何も言わなかった。リアクションがなかったことに対して地味に落ち込んでいると、大和は頭を撫でていた手を止めた。
「ごめん、ちょっと悪戯心で意地悪した。本当は急がないから、ゆっくりな。ただ、そのうちには…そういう関係にもなるってことは、覚悟しといて。」
結局、海辺からは8人で歩いて帰ることになった。
みんなは一応気を遣ってくれたのか、大和と二人並んで歩けるようにしてくれた。
大和は大和で、その好意を甘んじて受け入れようと告げてくるなり、指を絡めてきた。
手を繋いでいるだけなのに、身体の奥底から熱がせり上がるような感覚にくらくらした。
「そういや役所行ったんだよな?」
「行ったよ。大和があれこれ聞くからね。それに保険証作るのにも、契約するのにも戸籍が必要だったんだ。全くめんどくさいよね。」
「そのめんどくさいって思いは同感だな。…んで、お前さんいくつ?誕生日は?」
「内緒。そんなの関係なく愛してほしいな。」
「もちろん。お前さんの心配には及ばないよ。ただ、好きな人のことは何でも知りたいと思うわけ。わかる?」
「それは、とてもよく分かる。」