・No one…

□2 Yell
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2Yell


おじさ…小鳥遊さんは本当にご飯をご馳走してくれた。


そしてビジネスの話がしたいと言って、事務所とその寮に案内された。

最初は断ったが、気が変わるかもしれないからせめて事務所のアイドルに会っていって欲しいと押し切られた。

普段なら絶対乗らない話だが、肯定していないとはいえ正体がばれている以上、邪険には出来なかった。
どうしても危険そうなら、というか、一瞬でも危険を感じたら即刻逃げるつもりだった。

そうして娘さんの運転する車に乗ってきたわけだが…。



「どうして…千斗がここにいる。」

「朔…久しぶり。思ったより元気そうだね。何年ぶり?朔こそどうしてここに?」

「まさかホントに朔か?嘘だろ…どうしてここに?」


案内された部屋には、日本を出る前、最後につるんでいた千斗と万理が目を丸くして立っていた。


「千斗と万理は…アイドルになったの?」

「千はアイドルだけど、俺は小鳥遊事務所の事務員だよ。ってか、今までどこで何してたんだよ。手紙残していったっきり何年も連絡ないし、心配したんだぞ。」

「読まなかった?旅に出るって書いたよ。だから色んな国を転々としてたんだ。日本に来たのは万理や千斗と別れたとき以来だよ。」

「朔、バンとばっかり喋ってないで、こっち来たら。」

千斗が手招きする方へ上がり込んでいいものか躊躇していると、先に上がっている小鳥遊さんが手招きした。

「Re:valeが来ていたんだね。少しお邪魔してもいいかな。紡、皆をここへ集めてくれないか。」

「はい!」


元々その場にいた人たちだけでなく、あれよあれよと部屋から人が出てきた。


「ここにいる七人が、僕の事務所のアイドル、IDOLiSH7だ。」

「千斗は違うんだ。」

「そうね。今日は後輩に誘われて遊びに来たんだ。でも僕はまだRe:valeだよ。」


そういうと千斗は隣に座っていた男の子の背をぐっと押した。

「今はモモとRe:valeなんだ。」

「そう。」

「初めまして。Re:valeのモモです!ユキ…昔の知り合い?」

「そうね。一時作曲の話をしていたんだ。この子人付き合いが下手だったから、ライブハウスにはあまり顔を見せに来なかった。そういえば朔は、どうしてここに来たの?」

「僕がスカウトしたんだ。是非うちの事務所で作曲活動をして欲しいと思ってね。それより…名前は朔というんだね。これは秘密にした方がいいかな?」

「そうですね。身元が割れると厄介なので…勘弁してください。」

「じゃあ【NOne】さんって呼んだら良いかな?」

「は?!この方があの有名な?!」

「へぇ…これが噂のねぇ。意外と若いな。君いくつ?」

「ぅええ?!の…NOne?!この人が?!マジで?」

「そーちゃん、こいつ誰?」

「たっ、環君そんなこと言ったら失礼だから!」

「Oh!ワタシも知っています!ノースメイアでも有名な作曲家です!」

「NOneって確か…映画のサントラが爆発的に売れたって人だよね?」

「七瀬さん…あなたNOneさんを知らないんですか?映画音楽を手がければ映画はもちろん、サントラも飛ぶように売れるしCMソングやBGMのオファーを頼みたい会社がごまんといる超有名人ですよ。その曲は一度でも聴いたら耳に残る…いえ、心に残ると言われてまでいる希代の天才。しかも作曲を頼みたくともその正体は不明。連絡先も持たず、年齢性別国籍も不明。ただ渡り鳥のように国から国へとバックパッカーをして生活していることしか分かっていないんです。というか失礼ですが貴方本当にNOneさんなんですか?」

「小鳥遊さん、彼くらい疑い深い方が良いですよ。」

「参ったな。でも僕は君の奏でる曲を聴いたからね。間違いないと断言できるよ。それに居酒屋さんで聞いた話はどれも君がNOneであると裏付けている。」

「こんなに簡単に、あっさりと断言されてもなぁ。」

「そうね。確かに朔は日本にいたときからNOneという名前で作曲活動をしていたよ。そのころはまだ無名だったけどね。」

「僕の目は…というか耳は確かだったようだね。その意見を聞いて安心したよ。改めてお願いするよ。どうかこの子達に、曲を書いてくれないかな。そして出来れば、うちの事務所に所属して欲しい。」


ご飯なんて、ご馳走になるんじゃなかった。

いや、本能的に人恋しくなっていたのかもしれない。


すぐにでも、違う国に飛んでしまいたかった。



「残念ですが、渡り鳥は一つの所に留まらない主義でして。なにより…歌う人たちがどんな人かも知らないのに、曲を書くことは出来ません。というか、アイドルソングは書いたことがない。」

「行く当てがないなら、この寮に住んだらいいよ。丁度部屋が空いてるからね。君のマネジメントも含め、生活もバックアップしよう。もし君がどうしてもというなら、期間限定の契約でもいい。どうかな。」

「…。」


面倒なことになった。と内心ため息をつく。さて、どうしようか…と黙りこくっていると、おそるおそる万理が口を開く。


「朔…あ、NOneって呼んだ方がいいのか…?」

「いや、万理にも昔のまま名前で呼んで欲しい。」

「じゃぁ朔。お前俺に貸しがあったよな。」

「…?」

「ギターの弦、買ってやったこと忘れたか?しかもヴィンテージ物の高っかいヤツだ。置いていった手紙にも今度帰ってきたときにお礼するって書いてたよな。」


なんだ、ちゃんと手紙の内容覚えてるじゃん。

そう思ったのは一瞬で、やっぱりお礼をするなんて書かなければよかったし、あのとき何かしらでも借りを返しておけばよかったと心底後悔した。



昔、海外を放浪しようかと思っていた矢先にギターの弦が切れた。買ってから一度も取り替えず、毎日何時間も弾いていたから当然と言えば当然だった。

何度か楽器屋に弦を見に行ったが、安いヤツは材質からして最悪だった。

そんなとき万理が楽器屋街に行くというので興味半分でついていったことがあった。そのときに見つけたのはまさに理想通りの弦だった。ただヴィンテージもので予想の数倍の値段がした。それでも譲れなかった。だから一緒にいた万理に頼んで半ば強引に買ってもらう形になったことがあった。


「卑怯な言い方だって分かってる。褒められた引き留め方じゃないっていうのも。でもどうしてもお願いしたい。今彼らには曲が必要なんだ。頼む。」

「…わかった。万理がそう言うならしばらくここにいる。約束は約束だ。但し事務所自体と契約はしない。その代わりこの事務所が潤うよう単発の仕事をする。名前も出していい。ただ…このアイドル達の曲を書くかは様子を見させて欲しい。なによりさっきも言ったけど、アイドルの歌曲なんて書いたことがないからね。ソレも含めて検討する時間が欲しい。」


目の前に並んだ7人のアイドル達は、皆何とも言えない顔だった。

不安定な物におびえる子鹿のような瞳をする者もいれば、冷静に達観する者もいた。

その時、眼鏡を掛けた青年と目が合う。その鋭い眼光に一瞬背筋がひやっとする。

こういうのは、何を考えているか分からないから、刺激しないのが一番だ。
そう思い、すぐさま視線を万理に戻す。万理は複雑そうな顔をしながらも縋るような目でこちらを見つめる。


「書きたくなったら書く…ってことか?」

「まあ、わかりやすく言えばそういうこと。無理に作り出してもそれは不良品にしかならない。そんな音楽は作りたくない。」


さあ、どうでる?

ちらりと小鳥遊さんの方を見遣れば、腕を組んだまま眉間に皺を寄せている。

大分失礼な物言いをしたことは重々承知していた。正直万理の提案には頭が痛かったが、これで諦めてくれれば万々歳だ。



今夜はホテルか、最悪万理の部屋に転がり込めばいい。



「わかった。曲毎の単発で契約しよう。もちろん仕事は我々が取ってくるよ。」


このおじさんは、少し変わってるようだった。

ただ…嫌な感じはしなかった。

小鳥遊さんが出してきた右手をしっかり握り返すと、彼は今日一番の朗らかな顔で笑った。


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