・うたプリ 中短編

□特別になりたい
1ページ/1ページ




「俺だって、特別になりてぇっ!」

バァンと机を叩く大きな音と供に、翔は一目散に楽屋をとびだしていった。
あまりにも突然すぎる行動に、トキヤは一瞬目を丸くする。

「…翔にしては珍しく支離滅裂でしたね。勢いよく飛び出して行くのはいつも通りですが…特別とは何のことでしょう?」

「う〜んなんだろうね。ねぇねぇトキヤ!蒼生さんが差し入れてくれた有機野菜のプリン、すっごいおいしいよ。」

音也はおよそ小さな匙に見合わない量のプリンを掬うと、ぱくりと大きな口で頬張った。

「音也、差し入れを食べるのはせめて撮影が終わってからにしなさい。私たちはまだこれからなんですよ。」

「オトヤ、ワタシのぶんも取っておいてくださいね。ワタシぜひにんじんのプリンが食べたいです!」

「もちろんだよ!あー、俺かぼちゃのプリンも食べたいなぁ!」

「まったく、貴方たちはいつも自由ですね…」



翔は一目散に楽屋を飛び出すと、先程まで撮影していたスタジオに戻りカメラマンの蒼生の元へ息も整えず勢いよく駆け寄っていった。

「あ…あの、蒼生さん!」

「ん?どうしたの翔ちゃん。お疲れ様。さっき戻っていったかと思ったけど、何かあった?」

翔は意を決すると、蒼生に向かい合った。そして深呼吸をすると、照れくさそうにしながらも蒼生の瞳をしっかり見つめた。

「あの、お、俺のこと…その、【翔ちゃん】じゃなくて…」

いざ言おうとすると、うまく言葉が出て来ない。そんなことないはずなのに、先程楽屋での決意が一瞬揺らぎそうになる。

いや、そんなんじゃダメだ。俺は蒼生さんに認められたい。アイドルとして、なにより…一人の男としても。
翔は意を決すると、ぐっと拳に力を入れて顔を上げた。そして被っていた帽子を脱ぐと、お腹に力を入れた。

「俺のこと…きちんと呼んで欲しいんです!」

緊張から、帽子に皺が寄るのも厭わずギュッと握ると、翔は思いっきり自身の思いを叫ぶ。

蒼生は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに申し訳なさそうな顔をした。

「…ごめんごめん。那月が呼ぶのについつられて呼んじゃっていたね。」

そういうと蒼生は立ち上がり、すれ違うように翔の隣に立つと、頭をぽんぽんと撫でる。

「ごめんね。じゃぁ、また明日。来栖君。」

「えっ………あ、お、お疲れ様、でした…。」


その様子を側で見ていた真斗は、休憩をしに戻ってきた那月に声を落として尋ねた。

「…来栖は何かあったのか?」

「翔ちゃん、カメラマンの蒼生ちゃんに【翔ちゃん】じゃなくて、【翔】って呼んで欲しかったみたいなんです。」

那月がしゅんとした顔で椅子に座ると、気を利かせたレンが那月に紙コップを渡した。

「まあ…蒼生さんにファーストネームを呼ばれるようになるとブレイクするなんてジンクスも、陰では言われてるしね。」

「なるほど…来栖も不憫だな。しかし蒼生さんは確か…」

「そ、彼女は余程のお気に入りじゃなきゃあだ名でもファーストネームでも呼ばないんだよ。おチビちゃんも惜しいコトしたね。ってことでおチビちゃん、彼女のこと追いかけなよ。どう呼ばれたいのか、きちんと彼女に伝えないまま終わるなんてらしくないだろ?」

「お前ら…聞いてたのかよ。」

「聞いてたというか、あれだけ大きな声で叫べば嫌でも聞こえるさ。彼女ならコーヒーを買いに自販機へ行ったはずだよ。」

レンは自販機のある扉の方を指さすと、翔にウインクをした。

「…っ。そうだよな。サンキューな、レン。俺もう一回ちゃんと伝えてくる!それと俺はおチビじゃねぇ!来栖翔だっ!!」

翔は再び走り出した。最初に楽屋を飛び出したときは、胸には焦りしかなかった。普段周囲からかわいいと思われていることはわかっていた。それでも自分なりのカッコよさを追求していたが、憧れの…恋心を抱いている相手から「ちゃん」付けで呼ばれることに不安を感じ、一人で突っ走ってしまった。

今なら、今度なら言える。

「蒼生さん!」

「…来栖君。」

翔は今度こそしっかり息を整えると、すっかり握り潰してしまっていた帽子の形を整え、手に持ち直した。
そして一歩一歩近寄ると、意思の灯った熱い目で見つめた。今度は勢いに任せて叫ぶのではなく、一言一言ゆっくり言葉を選んだ。

「蒼生さん、もし俺のこと、少しでも特別だと思ってもらえているなら…俺のこと、【翔】って呼んでください!そうでないなら、俺、蒼生さんに【翔】って呼んでもらえるまで頑張ります!」

蒼生は飲んでいた缶コーヒーの残りをぐっと喉に流し込むと、缶を捨て翔に向き合うように立った。翔は先程とは打って変わって堂々と立ち、正面からしっかりと蒼生をみつめかえした。

「…特別って、どういう意味で?」

「アイドルとして…一人の男として、です。」

「ねぇ来栖君。…アイドルに、恋愛は御法度だよ。知ってる?」

「分かってます。でも俺、簡単には諦めません。絶対振り向かせて見せますし、この思い、その心に届かせてみせます!」

「…やれやれ、困ったね。でもそんな熱い眼差しの【翔ちゃん】のこと、最高に素敵なアイドルだと思うから、その姿を切り取って世に出したいね。」

翔は呼び方が今まで通りに戻ったことに内心喜びながらも、さらに一歩詰め寄った。

「蒼生さん、好きです。俺は何度だって、そのレンズ越しでだって、あなたの心を攫ってみせます!」

「じゃあ私は、その熱い瞳を世に送り出すことに執心しようかな。さて、それじゃ撮影だ。さっきの全部没にするから、宣戦布告したぶん、ちゃんと見せてね?【翔ちゃん】?」

「っ…もちろんです!」

翔は歯を見せてにかっと笑う。蒼生もつられて笑うと、二人でスタジオに戻っていった。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ