・縁 

□18 思い出の地で
1ページ/1ページ

18 思い出の地で



虫の音も大人しくなり、夜には肌寒い風の吹く秋のおわりの頃だった。

「え?!朱音ちゃん秋祭りで舞をするの?」

「はい、実はその日のために、今までずっとお姉様にお稽古をしていただいておりました。」

お稽古終わりにメンバーとリビングでお茶をするのが習慣になっていた朱音は、今日OFFだった音也、翔、トキヤの三人に話の子細を聞かせていた。

「いいなぁ〜!お祭りかぁ。ねぇねぇ!屋台も出たりするの?」

「少しばかりですが、商店街や氏子の方々が用意してくださった出店があると聞いております。」

「ということは、朱音さんはその景色を見たことがないのでしょうか?」

「巫女は当日いろいろな催事や神事でせわしないので、どうしても外の様子をうかがい知ることは難しいんです。」

「ごめんなさいね。本当はせっかくの縁日だから着物でも着せてあげたいのだけれど、こればかりはどうにも難しいの。」

蒼生は申し訳なさそうに眉を下げると、朱音にもう少しお菓子を食べるよう勧める。

今日は翔が現場終わりに買ってきてくれたクグロフとマドレーヌだった。

ST☆RISHのメンバー達は朱音と一緒に過ごすようになってからというもの、社では修行や日々の生活の厳しさからこのような嗜好品を口にすることが憚られている状況なのかもしれないと悟り、お稽古を付けてもらうため蒼生のもとを訪れる日にはおやつを用意するようにしていた。

それは蒼生も公認となっており、最近の朱音はこの時間のためにより一層励んでいるようにも見えたのだった。

「神事ってことは…巫女舞ってことか?」

「はい、今年の五穀豊穣を神様に感謝し、来年も豊作であるようにとの願いを込めて舞います。」

「なんだかまるで五節の舞姫のお話のようですね。朱音さんの舞はきっと素敵なのでしょう。」

トキヤがその姿を想像するように思いをはせていると、蒼生も同じように想像したのか優しい微笑みをたたえる。

「基本的には、そのお考えでよろしいと思われます。ですから今でも舞は、朱音のように若く麗しい少女が舞うことになっております。」

「ねぇ、お姉様。私いつも皆様にこうしておいしいお茶をご馳走になっておりますから、日頃の感謝も込めて是非舞を御覧になっていただきたいと思っておりますの。」

ねぇお願いお姉様。と朱音が珍しく年相応の振る舞いをしてみせる。それはまさに姉に甘える普通の少女の姿だった。

「そうね…朱音がそこまで言うのなら、せっかくですから皆様に見ていただきましょうか。」

「ありがとうございます、お姉様!」

「やったーお祭りだーっ!」

「音也…まさか屋台が目当てではないでしょうね…しかし、そのようなたいそうな席に大人数で押しかけてよろしいのでしょうか?」

「ええ、心配いりませんわ。私も含め、朱音も日頃皆様には本当にお世話になっておりますもの。少しでも恩返しになれば嬉しいですわ。」

「でもよ、森ノ宮神社の行事なんだから堅苦しい席なんじゃ…」

「大丈夫ですわ。多くの方々が普段着や袴でいらっしゃいますし、夜は肌寒うございますから、平服でいらしてください。」

「そっかー、ちょっと安心したぜ。よし!そうとなれば準備しないとな!」

翔が熱くガッツポーズをすると、音也もそれに乗じる。朱音も心なしか嬉しそうに浮き足だっているのを、トキヤと蒼生は穏やかに見つめるのだった。





「…なぁ、俺たち本当に来てよかったのか?」

7人はあらかじめ睡蓮に渡されていた招待状を手に意気揚々と森ノ宮神社にやってきた。長く続く参道には沢山の出店が出ており、どこもかしこも縁日らしい雰囲気で一杯だった。
しかしお社に入るとそれまでの空気が一変した。そこは隣にあるはずの喧噪が遠くで鳴り響いているように感じるほど不思議な空間だった。

「なんだか…世間から隔離された場所のようですね。」

「ここの雰囲気は、ワタシの国の神殿にとてもよく似ています。ここにはきっと、神々や精霊達がいるのですね。」

「聖川。」

「あぁ…」

またしても、いつぞやのようにレンと真斗が固まっているのを見た那月は、眉をハの字にする。

「二人とも、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。ただ…周囲をよく見てみろ。老舗店の職人や伝統工芸職人、さらに伝統芸能に携わる人たちだらけだ。なかには旧家や有名財閥の人たちもいる。恐らくみな藤崎の家に縁のある人たちなのだろう。」

「…なぁ、俺たち本当にここにいて良いのか?」

「睡蓮さんから招待されているからね。ここは堂々としてよう。とりあえず、俺は顔見知りがいるから挨拶してくるよ。また後で合流しよう。」

レンは着物の襟元をきちんと締めると、あっという間に人混みの中に消えていった。それに続き、トキヤや翔、真斗もレンと同じように知り合いに挨拶をするためその場を離脱する。残ったメンバーも知り合いがいないか探しつつ、ひとまず解散となった。


しばらくした頃、真斗は一通りの挨拶を終え他のメンバー達と合流できないかと会場内を見渡していた。そのせいか足下がおろそかになっており、気づいたときには何かを踏んづけてしまった。あわてて目を向けると、そこには一匹の三毛猫がいた。

「すまない。怪我はないか。」

「にゃ〜ぁ。」

まるでなんともないとでもいうように、三毛猫は可愛らしくしっぽをピンと立てると、その場でくるりと円を書くように回る。労るようにしゃがんで撫でてやると、猫は喉をごろごろと鳴らしうっとりとした表情をみせた。

「こんな所にいては危ない。お前のご主人はどこだ?よければ俺が連れて行こう。」

「にゃ〜ん。」

猫はすっと立ち上がり、急に人並みを縫うようにてててて…と歩き出したかと思うと、ちらりと真斗の方を振り向いた。

「俺に…付いてこいと?」

「にゃ〜!」

「あっ、おい、待て…!」

「にゃ〜、にゃ〜ん!」




****************************




かさかさと落ち葉が風に流されてゆく音が聞こえる。


実家の部屋を訪れるのは久しぶりだった。それでも蒼生は帰ってくるなり皆への挨拶もほどほどに身支度を調える。

帰ってきたばかりだからと気を利かし部屋で休むよう勧めた者もいたが、蒼生はそれをやんわりと断ると舞を控える朱音の支度を手伝った。それが終わってからは滞りなく儀式が行えるよう細々とした調整を取りはからったり、困っている巫女がいないかと社務所内を回った。

白い肌に重ねているはずの白の合わせは蒼生の肌をますます照らし、朱の袴は彼女のために存在しているかのように華やかさを引き立たせていた。それは他の巫女達が声を掛けるのもためらうほど流麗で神々しい姿だった。蒼生がそんな姿で社務所や拝殿内を行き来するものだから、周囲の者達には妙な緊張感と高揚感が漂っていた。


一段落付いたところで蒼生は自室に戻るなり御簾を下ろし、脇息にもたれかかる。今日は藍もいない。久しぶりの一人きりだった。部屋の電気をつけていないせいか、透き通った光が部屋に淡く差し込んできていた。

今夜は満月だ。しかもかつて自分が切り落とした髪を髢としてつけていたこともあり、力が満ちている。


どうして、忘れていたのだろう。


どうして、こんなにも大事なことを忘れてしまっていたのだろう。


子供の頃、この庭で綺麗な少年に会ったことがあったことを。



かつての愛猫だった楓はいつものように蒼生のもとから脱走を謀ったが、その日は飛び出した所を庭に立っていた少年が捕まえてくれたのだ。家族とも滅多に会えず、一人で過ごすことの多かった蒼生にとって、庭に立っていた彼はとても珍しかった。初めはあまりの美しさに社の神様が遊びに来たのかとさえ思った。

彼は、とても優しかった。楓を受け取ってから二人で縁側に座り言葉を交わした。彼の瞳が夜空のように美しく、星が瞬くようにきらきらと輝いていたことを、今は昨日のことのようにはっきりと思い出せる。


なんてことだろう…。


自分は、なんてことをしてしまったのだろう。
まぶたの裏に浮かぶ姿に、思わず顔をしかめる。


懐かしくも苦しいその思い出に、みぞおちが絞られるような感覚に襲われる。

「睡蓮…?」

とうとう幻聴まで聞こえたか。私は、いつの間にそんなにも彼のことを心から望んでしまっていたのだろう。きっと久しぶりに神様の御許に帰ってきて疲れてたに違いない。

朱音の舞までまだ時間はあるから少し横になろうと目を開けると、庭に人の影が見える。逆光で顔は分からなくとも、蒼生はそれが誰だかすぐに分かった。

「どうして…ここは結界が張ってあります故、絶対に誰も入ってこられないはずです…。」

「すまない、その…猫を追いかけてきたら迷い込んでしまったようだ。」

ちりん、と音のする方に目をやると、そこには朱音の愛猫であるもみじがくりくりとした目でこちらを見つめていた。もみじはひらりと縁側に飛び乗るが、そのときの衝撃で御簾がめくれ、真斗と蒼生は一瞬視線が混じり合う。

「その…あり得ないことだと重々承知している。俺の戯れ言だと思って聞いて欲しい。昔…俺はここで貴方に会ったことがあると思う。まだ子供の頃だ。あのときは探検していたらいつのまにかここに来てしまっていたが…そうか、ここへ来てはっきり思い出した。俺たちは確かにあの日、ここで出会っていたんだ。」

真斗は一歩ずつ蒼生の方へ歩みを進めると、履き物を脱ぎ御簾の前に立った。

蒼生は慌てて周囲を見渡すも、扇が傍にない。仕方なく袖で顔を隠し御簾から離れようとするも、真斗が御簾の境目に手を差し込み袂を掴んできた。

「いけません…!人を呼びますわよ…。」

「それでもかまわない。今、言わなければいつ言えよう。俺に睡蓮への愛を告げさせて欲しい。」

「私が…子供の頃の私がおろかでした。両親の言いつけを破り、貴方と再び会いたいと願ってしまった。私は力の使い方を誤り、私利私欲で貴方の運命を狂わせてしまったのです…!」

「そんなことはない。きっと、いつ、どこで会っても同じ結果になった。俺は何度でも、どこにいても貴方のことを好きになる。」

「いいえ…!貴方は力に踊らされているのです。本心でない言葉など、聞きたくもありませんわ。」

悲痛な声に一瞬怯むものの、真斗は覚悟を決め御簾をめくって室内に入り衣の裾をしっかりと捉えると、同じ目線になるようまっすぐに蒼生を見つめた。まるで、袖の向こうの瞳が見えているかの如く。

「俺はためらわない。…蒼生。俺と共にいてくれ。俺はお前が…蒼生が好きだ。」

「っ…!やはり…私の本名をご存じだったのですね…!」

「あぁ。しかし思い出せたのは今だ。どうしてか、ずっと忘れていた。こんなにも大切なことを、俺はどうして忘れてしまっていたのだろう。」

「あの後…自身の行いを悔いた私は、貴方がこのことを忘れるよう自分の力を使い願いました。しかし、あのときはまだ子供でしたから…本心が勝ってしまったのでしょう。」

「…俺のことを、心の底から求めてくれたのだな。」

真斗はふっと笑うと、蒼生の耳元に口を寄せ小さな声で愛を呟く。慈しむように、しかしまっすぐなその声に蒼生は自分の心がしっかりと満たされるのを感じた。

本名を明かさない理由…それは本名を明かす相手には魂を明かすことと同じで二人の間に特別な結びつきを作ることになる。

どんなに抗おうと、名前を教えてしまっていた蒼生の心はとうの昔に真斗のものだったのだ。

蒼生はようやく観念すると、袖から隠していた顔を上げ、ゆっくり真斗と視線を交わした。


真斗はそれを合図に、蒼生を優しく抱きよせると桜貝のような唇にそっと口づけを落とした。



Next→19 受容



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ