・縁 

□17 一騎打ち
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17 一騎打ち


翌日、朝一の飛行機で東京に戻った真斗は菊璋学院の前にいた。

女子校の前に、変装しているとはいえ男子が立っているのも、そしてアイドルがいるのも芳しくないがとにかくなりふり構っていられないと思い、待ち人が来るまで必死に居づらさに堪え続けた。

やがて1台の車から朱音が降りてくると、真斗は朱音に近づき声を掛ける。

「まぁ、真斗様。ごきげんよう。こんな所で早朝からどうなさったのです。」

「すまない。その、どうしても話がしたいのだが、少し良いだろうか。」

「目立ちます故、手短に。」

「わかった。無礼を承知で申し上げるが、実は折り入って頼みがある。俺は睡蓮さんに恋文を送ろうと思うのだが、どうかその仲立ちをお願いできないだろうか。」

「まぁ…!まさか…真斗様、申し訳ございませんが、家からはまだ何も言われておりませんので私1人の判断ではどうすることも出来ませんわ。」

朱音はそう告げると足早に立ち去ろうとする。真斗はそれをなんとか阻止しようと、頭を深々と下げて正面に回り込む。

「頼む…!この通りだ!家どおしの問題であることも重々承知している。勝手な行動を取れないことも…詠み人知らずでもいい、俺は、どうしても諦められないんだ。」

「そんな…頭をお上げくださいまし。とにかく今はどうすることも致しかねますの。どうか分かってくださいまし。」

朱音は気の毒そうにしながらも深々と頭を下げると、半ば逃げるように校舎へと入っていった。

残された真斗は大人しく引き下がる以外に手はないと思い、その場を静かに去った。


真斗が去ったのを確認した朱音は、すぐさま藍にメールを打った。良くも悪くも相手のことを見知っている分、さすがに自分1人で躱しきれないと思ったのだ。しかし藍から来た返事は予想を上回ったものだった。



「で、どうだった?」

「はっきりとは仰いませんでしたが…皇様より遙かに好印象なのは伺えました。ただ…お姉さまが真斗様に好意をお寄せになっているかまでは。」

「そう、やっぱりそう簡単には明かさないよね。」

明かしてしまえば…いわば願ってしまえばその通りになることを、蒼生は恐れているのではないだろうか。

人の心は誰かの強い思いに影響されやすい。蒼生のことだ。自身の持つ力のせいで真斗の心が変わっていってしまうのではないかと考えたのかもしれない。藍は考え込むように腕を組むと、ぽつりと呟いた。

「ねぇ、朱音はどう思う?データ上では藤崎家の相手としては皇の方が確実に良い。でも恐らく蒼生は…」

「私は、お姉様には幸せになっていただきたい。ただそれだけでございます。」

2人は無言で頷くと、それぞれがやるべきことの為に動き始めた。





「…受け取ってもらえるのか。」

「ええ、ですがお姉様にお渡しするのは値する内容だった場合に限ります。」

次の日、真斗は諦めきれなかったのか再び朱音に接触しようと試みていたのだが、なんと朱音の方から接触してきたのだ。

「皇様のときの件でおおよその見当はお付きだと存じますが…私や藍様が拝見してお姉様にお渡ししても良いとなった場合のみ仲介することが出来ます。それと…家の者はまだ何も存じておりません故、お気をつけくださいまし。」

「ああ、諸々承知している。俺が皇よりも断然不利であるということも、これからの行動が自らのわがままであるということも。その上、俺には和歌の心得はない。書も、仮名は嗜んでこなかった。だが俺は諦めん。この心が届くまで、何度でも贈ろう。」



しかしそこからが長かった。



歌が余りにも稚拙すぎるとの理由で渡してもらえず、先日8回目にしてようやく渡してもらうことを承諾してもらった。

ただ、予想したとおり蒼生からの返事はなかった。それでも真斗は諦めずに歌を送り続けた。練習の合間や稽古に収録と押し寄せるスケジュールの中でも手習いを欠かさず、専門書を読みふける。当初の約束通り朱音や、もちろん藍には助けを求めることは出来ない故、1人過酷な日々が続いた。もう何度贈っただろう。


季節は巡り、あっという間に秋の気配がする頃となった。そんなとき、ようやく朱音から一房のオミナエシが差し出された。付いていた返事はつれなく素っ気ないが拒絶ではない。紙からは以前看病の際部屋に入ったときに嗅いだ香が焚きしめられていた。流麗な文字は墨の濃淡までもが美しく、その筆跡から姿が目に浮かぶほどだった。

「お返事が来てよかったですわね。前回贈られた桔梗は、お姉様の大好きなお花でしたのよ。」

「そうか…少しでも心癒やせる物となったのなら、それだけでもよかった。」

「まぁ、無欲なお方ですこと。それはそうと真斗様。このことはメンバーの方にお話になっていらっしゃるのでしょうか?」

「あぁ…先日先輩方も含め、メンバーや社長にも今の状況を報告してある。始めこそ驚かれたが、出来ることはしたいと皆応援してくれることを約束してくれた。先輩方や社長は渋い顔ではあったが、状況を見守ると仰ってくださったゆえ、できうる限り真心を貫き通そうと思う。」

真斗の青い瞳には、強い決意が宿っているようにまるで水底がきらきらと光るような輝きを放っていた。これが、恋の煌めきなのかと思うと朱音は胸がきゅっとした。朱音も普段は面と向かって男性と接触しないため、その真斗の溢れんばかりの煌めきに頬が熱くなるのを感じた。
料理も上手で、優しく熱く、穏やかで紳士的な殿方がお姉様の旦那様だったらどんなにいいか。何度もそう想像してはみたが、朱音一人ではどうにもならない。

朱音がそんなことを思っている時、藤崎の家では藍も朱音も知らない動きがあった。






「面をお上げくださいまし。聖川様。」

真臣はその言葉が恐れ多いとでもいうように、更に深く頭を下げた。

「お初お目に掛かります。聖川真斗の父、聖川真臣にございます。」

「遠い所、ようこそいらっしゃいました。さ、面をお上げください。」

真臣はようやく、それでもおそるおそる面をあげると、そこには濃紫の袴をはいた人の良さそうな男が御簾越しに座っていた。

「藤崎当主でございます。しきたり上、名は家族にしか明かせないため、このような名乗りでご勘弁いただければと存じます。」

そう言い終わるなり、当主は立ち上がると御簾を手でそっと払い真臣の前に姿を現した。

「お久しぶりです。とはいえ、以前は御祈願にいらしてましたから、きちんとお会いするのは此度が初めてのことでしょうか。人払いはしておりますゆえ、楽になさってください。甘い物はお好きですかな?」

当主はどこから出したのか、あれよあれよという間にお茶とお茶菓子の支度をすると、小さな円卓を縁側に出し真臣に座るよう促した。真臣はしずしずと移動するが、なんと切り出したらよいものかと眉間に皺を寄せていた。

「今日は、お互い一人の父親としてお話いたしましょう。」

「は、その…愚息が巫女様にとんだ失礼を致しました。不調法者でございまして、本当になんとお詫びを申し上げてよいことやら…」

「ははは、あの子はもう巫女ではありませんから、その点は全く問題ないことですよ。」

「しかし…家の正式な跡取りならまだしも、彼奴はアイドルなどというとても身の上では釣り合わない職に就いております。」

「まぁまぁ。巫女も昔は似たような職業でございました。やはりその点も問題ございませんでしょう。」

当主はすすすと静かにお茶を啜ると、練り菓子を手に取り食べ始める。

「あの子は…母親も、祖母も、乳母も早くに亡くしました。おまけに歴代の中でも巫女の血が強いためか、子供の頃から奥に囲い自由な生活をさせてやれませんでした。唯一の外の世界だった学校でも、普通の友達付き合いもさせてやれませんでした。せめて適齢期になったらよい殿方と結ばれて早く幸せになって欲しいとあれこれしてはみたのですが、どうやらそれさえも嫌だったようで…いつの間にか、つてを頼り外へと出て行ってしまいました。」

当主は黒文字と懐紙を持っていた腕を落とすと、真臣の方に顔を向ける。

「娘が…真斗君のことをどう思っているかは残念ながら私にも分かりかねます。むしろ真斗君は本当にうちの娘でよいのでしょうか。」

「何を仰いますか…こちらとしては願ってもないことです。真斗も気持ちは固いようで、既に社長にも打ち明けたそうです。」

「大変申し上げにくいのですが…藤崎の家の女は嫁に出たあとも家との繋がりが深く、制約も多くつきまといます。また一度決めてしまったらもう後には戻れません。真斗君の意志を疑うわけではございませんが…過酷な道になるかと。本人がそれを自覚した時にはもう後戻りは決して許されません。世間も、神も…誰も許してはくれないのです。」

「えぇ…その辺りのことは私からも愚息にきつく告げました。」

「では…それも覚悟の上と言うことでよろしのですね。」

「もちろんでございます。寧ろ私どものような者に姫様を頂戴するのは身に余るほどもったいないと思っております。」

「左様ですか…どうか、あとは本人達に任せて、我々は成り行きに随ってはいかがでしょうか。」

当主は円卓に懐紙と黒文字を置くと、真臣に深々と頭を下げた。

「私がこのようなわがままを申し上げるのも不躾ではございますが、もうここまで来たら娘が納得いくようにさせてやりたいと思っているのです。これ以上介入して、ことをおかしくさせたくはないのです。」

「こちらは、いかようにも。仰せのままに。して、もし当人達が結ばれた場合、その先はどのようになるのでしょうか。」

「真斗君には、婚約が成立次第、神事の勉強や藤崎のしきたりを1から学んでいただくことになります。それと…大変申し上げにくいのですが、真斗君と血の濃い家の女子をうちのお社で行儀見習いとしてお預かりさせていただくことになります。真斗君には、妹さんがいらっしゃったかと。もし婚約となれば、お嬢様は18になるまで家でお預かりして全ての面倒を見させていただくことになります。」

それは暗に人質を取ると言っても過言ではなかった。つまり婚約が完全に遂行されるよう、相手方の親類縁者を囲ってしまうというものだった。恐らくそうなってしまえば、真衣に本当の自由はなくなるだろう。会いたくとも滅多に会えぬ存在になることに真臣は絶句しつつも、藤崎の当主は聖川家が望めば真衣が菊璋学院の大学を出るまでのことは保証すると告げられる。

菊璋学院出身ともなれば、色々な意味でも引く手あまたである。肩書きとしても申し分ない上に教育も一流である。真臣は悩みに悩んだ末、今日一番深々と頭を下げると了承の意を示したのだった。




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