・夢の先には…

□39 夢の先には…
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私が気がついたあとは、せっかくだからとみんなで食事をとることになった。どうやら私が気絶していた間に手分けして用意をしてくれていたらしく、会場は立食パーティーのようになっていた。
みんなが好きに飲んだり食べたりする自由な時間として、ガーデンテラスは見たことも無いくらい賑わっている。私はその光景にさっきまで泣きじゃくり気絶していたとは思えない程気分が高揚していた。


「ところで蒼生。いつの間にかいい人が出来たんだね。」

司がにこにこと気味の悪い笑顔を向けてきた途端、ひやりと汗が背中を伝う。しらばっくれてしまおうかと聞こえないふりをしようとしたが、それより早く透が掌をつかい優雅に私の顔を捉え持ち上げた。

「彼氏〜?いいねぇ、ようやく人らしくなってきたんだね。で、いつ彼と絆を結んだんだい?」

透がちらりと見やった先には、零さんがいた。やっぱり年長者の目はごまかせなかったようだ。更に悪いことに、それを見ていた春と秋は零さんを両側から捕獲して私の目の前に連れてきてしまったのだ。私はもうごまかせないと観念して、みんなの視線が集まる中、のろのろと口を割った。

「零さんとは気づいたら…絆が結ばれてました。その…結ばれていることに気づいたのは最近ですが、恐らく結構前から結ばれていたかもしれません。でも、その…彼氏とかじゃなくてっ…」

最後の方は余りの恥ずかしさに声が裏返ってしまった。みんなが見てると思うと余計に恥ずかしくなり、透の手から逃れると零さんの隣に立った。

「嬢ちゃんがこの世界に来てから何かと関わりが多くての。じゃが…はて、絆とは何のことかの。我輩は特別何かした覚えは無いが。」

「そうそうそれそれ!俺と春はある日突然だったもんなぁ。ま、俺たち年子だし互いを片割れみたいって思っていたけど、いざそうなると結構びっくりって言うか…。」

「そうですね。僕たちのように兄弟で意図せず自然と結ばれてしまう物もありますが…絆は殆どが儀式によって意図的に結びます。でも古いまじないですし、結んだら永久不滅ですから夫婦でさえ結ばない人が殆どです。」

春の発言を汲むように、透が付け加える。

「僕たち…蒼生の兄である颯をいれた8人はPlough、つまり北斗七星という絆を結んでいます。初期からいるほんの一部の常連は、僕らが絆を結んだ仲だと知っているので、僕らをPloughと呼ぶ人もいるんですよ。」

「儀式と呼ぶからには、なにか決まりがあるのかえ?」

「儀式はケジメみたいなもんで決まりほとんど存在しない。定型は存在するが、絶対でもない。ただひとつ決まりがあるとすれば、その場で絆を結んだ者たちが何かを共有することだ。結びは元来救いを意味する言葉。互いを助け合うために絆は結ばれるものだからな。救い合う者同士で運命を共にするためにする儀式だから、共有物はなんでも良いと思うぜ。」

嵐は腕組みをしながらも丁寧に説明すると、零の空いたグラスを手から抜き取り新しいものと交換した。

「僕らは未開封のスパークリングウォーターをグラスに注いで、満月の夜に乾杯したね。一本飲みきるのに二三回注がなきゃだったからちょっと大変だったけど。」

「大人だとワインとか、お酒を選ぶ人が多いみたいです。何でも大丈夫ですが、そのもの全てを共有することが大事なので、出来れば飲みきったり食べきったり出来る物がいいですよ。」

「後は絆の証を用意する。主に直接身につけるものが好ましいね。僕たちはメンバーカラーの宝石で出来たノンホールピアスを付けてるんだ。」

そう言って7人はみんなに見えるように右耳を出す。全て右耳にしているのは、彼らが弦楽器を演奏するとき邪魔にならないようにしているためだった。

「なるほどのぅ。我輩達は儀式はしておらぬが、恐らくこのクロスが証となっておるんじゃな。」

零さんが首元からクロスを出したので、私も同じようにもらったクロスを出した。2つのクロスは真ん中に埋められた石がライトを受けきらきらと反射している。



そのあと、私は零さんに話があると言ってバルコニーに誘った。バルコニーに出ると、そこは中の喧噪が嘘のようにしんとしている。

「その…本当はステージが終わったら伝えようと思っていたのですが…こんな形で伝えることになってしまって、ごめんなさい。」

「いや、いいんじゃよ。」

「その…結ばれた絆は今後も解かれることはありません。例え命を落としても、です…。その…本当に…」

そう言い終わらないうちに、私の顔は零さんの胸に埋められていた。後頭部をしっかりと掌で押さえられているせいか、顔が零さんの胸元に埋もれていて少し息が苦しい。

「蒼生は嫌じゃったか。意図せず我輩と絆を結んでしまったことを。」

「そんな、とんでもない!」

「それなら謝るでない。我輩の気持ちを無視しないでおくれ。」

零さんは腕の力を緩めると、鼻先が触れそうなほど顔を近づける。

「我輩は、いつでも、例えどこにおっても、世界が違うても蒼生のことを思うておるぞ。自然と結ばれたのは何かのさだめや縁じゃ。しかしそうでなくとも、蒼生は変わらず我輩の愛し子じゃ。」

零はそう言うと、いつの間に用意したのか胸元から一輪の深紅の薔薇を出し、蒼生の胸ポケットに挿した。

「蒼生、改めて誓おう。我輩はいつ何時でも蒼生にとって生涯唯一無二の存在であると。」

「私も、宣誓します。零さんと運命を共にし、この身が朽ち果てたとしてもその手を離さないと。」




その姿を、敬人は室内から横目でじっと見ていた。

最初は蒼生が学院や英智にとって危険人物でないか監視のために目を光らせていたが、いつの間にか惹きつけられてしまっていた。もし、自分がもっとはやく蒼生に何かを贈っていたら…先ほどの話を聞いていてそんな考えがつい頭をよぎってしまう。

「なぁ蓮巳の旦那、もしかしてとは思うが…。」

「なんだ鬼龍。何か用か。」

「嬢ちゃんの事、好いてんのか?」

「なっ…!うわっ!」

敬人は勢いよく振り向いたせいで、手に持っていた飲み物の中身を盛大にこぼしてしまう。紅郎はやれやれとため息をつきながら手近にあったおしぼりを渡す。

「ほら。ちゃんと拭かねぇと染みになっちまうぞ。」

「貴様が変なことを口走るからだろうが!全く、度し難い。」




「透、あれどう思う?」

「ん〜?喰われなきゃいいんじゃないかな?ボクはどちらもアリアリ。司は反対?」

「そうだねぇ。どっちをとっても俺たちの仲間が攫らわれたようで何とも。ね、嵐?」

「アイツが自由になれる場所ができて良かったんじゃねぇの。」

「そうだね〜出来れば俺だけに向けて欲しかったけどなぁ。」

「秋に同意です。しかも零はLove at first sight. You are the one.なんて贈っているではありませんか…。」

「春は蒼生のこと本当に大好きだったもんな。でもさ、本人は気づいてんのかな。」

「いや…無いね。少女だもん、蒼生ちゃんは。ってかまだ恋心さえ芽生えてもないかもね。零君と敬人君はこれからが大変だ大変だ。」

「そうだね。零君は蒼生と運命の絆で結ばれた特別な仲だけど、敬人君は蒼生の事を誰よりも良く見ている。さて、どちらが優勢か賭けようか?」

司たちはクスクスと上品な笑いを浮かべると、バルコニーと会場の隅を交互に見遣り、そっと視線を外した。




次の日、夏目君の言ったとおり、六花のメンバーは綺麗さっぱり部屋から消えていた。私ももしかしたらと思ってはいたが、朝が来ても身体も荷物もそのままだった。
私が帰れない理由。夏目君曰く「気持ちの問題」らしい。私が本当に帰りたいと心から望まない限り、私は元の世界に帰ることは難しいそうだ。NightStarsを除けば、向こうの世界に私の心はない。私の居場所も、私が私でいる場所も。だから夏目君の言っていることは、なんの抵抗もなくすんなりと理解が出来てしまった。


学院では相変わらずな日々を過ごしていた。みんなに本当は三学年だと白状すると、会長は早とちりしてしまったと言って緑のネクタイを渡してきた。でも今更クラスを変わるのも気が引けたし、表現者としてはまだまだだからと言って、引き続き二年生のクラスで過ごすことを選んだ。

少し変わったと言えば、いろんなユニットが練習に誘ってくれるようになったことだ。そのおかげで今ではだいぶ友人が増えた。

夜は、やはり相変わらず零さんと寝ていた。たまに零さんが仕事でいないときは零さんの棺桶を借りたりしもしてみたが、翌日寝坊して遅刻してしまってからは棺桶の使用は気をつけるようにしていた。

私はもう少し、この世界で頑張ろうと思う。いつか帰る日が来たとしても、そのときはまたそのとき考えようと思う。

今はただ、この世界で私が私らしくいられるよう、少しずつ訓練をしたい。そして自分の為に生きるのはもちろん、自分の力で誰かを幸せに出来たら…そう思いながら一日を大切にしたい。


夢の先には…きっと素敵な未来を描けると信じて。



fin



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