・縁 

□16 呼び出し
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16 呼び出し



「ごめんなさい。私は…今は、あなたの思いに何も答えられません。私は何も、申し上げられませんの。申し上げたくても…やっぱり私は、家には逆らえないんだわ……。」

「構いません。俺の…俺一人の自己満足です。もとより気持ちを頂戴しようなど、不躾だというのは承知しております。」

蒼生は悲痛な顔でうつむくと、祭壇と真斗に背を向けて歩き出した。

「帰りましょう。そろそろ藍に、見つかってしまいます。」

その後、どうやって帰ってきたのか真斗はうまく思い出せないでいた。
ただ寮に着くなり、玄関で仁王立ちしていた藍に引っ張られるようにして近くの練習室に入ったことだけはぼんやりと覚えていた。

藍は真斗に向き合うと、未だかつて聞いたことのないくらい真剣な声色で語りかけてきた。

「飛び出して行ったらしいね。前々から…多分真斗が自分自身で気づくよりも先に、ボクは真斗の気持ちに気づいていたと思うんだけど、その辺りどうなの。」

藍の突き刺さるような視線に真斗は一瞬怯むが、逃げるものかと藍の目をしっかりと見つめかえす。

「お察しの通りです。俺は…藤崎さんに好意を寄せています。先ほど、本人にもこの気持ちを告げました。」

「そう。でも真斗なら知ってるよね。藤崎の家の者には、普通のやり方じゃダメだってこと。」

見定めるような、逃がさないとでもいうような藍の視線が真斗の体中に絡みつく。真斗も負けじと視線をぶつけるが、藍の迫力に押され気味になっていた。なんとか体勢を立て直そうと、手をぐっと握ると、意を決してありったけの思いをぶつけた。

「諸々のことが必要なのは、重々承知しております。ですが今夜、この胸の内に宿る思いを告げることは止められませんでした。俺は、自分の気持ちに嘘はつけなかった。そして出来れば、この先もその思いを持ち続けたいと思っております。」

「そう。真斗がどうしようと勝手だけど、正々堂々勉強して手順を踏まないと、ボクも周りも認めない。もちろん危害を加えるようなら、容赦しないよ。」

「認めていただけるよう、精進いたします。」

「言っておくけど、ボクは手は貸さないからね。自分で何とかしなよ。」

藍はそう告げると、真斗を残し一人扉の外へ消えていった。




蒼生は已に部屋に戻っていたが、何もする気になれずぼぉっと窓辺に座っていた。

さっきのことを思い出すと…胸の奥が苦しい。ぎゅっとつかまれたような、でも熱くなるような…不思議な、初めて味わう感覚だった。

まさか自分が小説のような告白をされる日が来るとは思ってもいなかった。それ故、この動悸はきっと経験がない事による物ものだとも思っていた。


どちらにせよ、自分では決められないし何も答えられない。もどかしかった。結局自由を望みながらも、根本的な部分では家にしっかり根付いてしまっているのだ。

そう分かっているのに…さっきからずっと、身体の底から湧き上がる熱は自分の意志とは関係なく頬を染めていった。夜の海のように穏やかでまっすぐな瞳と言葉が何度も何度もよみがえる。

「くるしい…。」

「蒼生…苦しいの?」

「藍…苦しい。なんだか、怖いの。」

「ねぇ、蒼生は真斗のこと、どう思ってるの?」

藍は私の前に跪くと、じっと瞳を見つめてくる。藍は知らないことや物事を理解しようと努めるとき、こうしてきまってまっすぐ見つめてくる。

藍は…恐らく真斗に、事の次第を聞いたのだろう。


私は深呼吸をすると、言葉を探すよう一言ずつ慎重に答える。

「いい人だと、思う。優しい人。まっすぐで思いやりに溢れていて、それでいて時に少年のような瞳で笑う人。でも、さっきのは…」

「うん。」

さっきのは、違う。そんなんじゃない。今まで他の誰からもあんな瞳を向けられたことはない。直視してしまったからそう感じるだけなのだろうか。もう訳が分からない。冷静になろうと頭を振ってみるが、やはり胸は苦しいままだ。

「藍…分からない。私には、何も…。」

「蒼生は、蒼生の思うままにしたら良いよ。大丈夫。ボクがいるよ。」

そう言うと藍は私の手をそっと握る。そして綺麗な瞳を近づけてくる。

「蒼生。自分の気持ちから逃げないで。ちゃんと向き合って。そうすればきっと分かるはずだよ。今すぐは難しくても真斗がどんな存在なのかきっと分かるときが来るから。だからもし分かったときは、ボクにそっと教えて。」

藍は全身を包むようにしっかり抱きしめると、いまはただ傍にいようと決めたのだった。




その頃、真斗は取るものも取りあえず実家へ帰省していた。

「坊ちゃま!こんな夜半にどうかされましたか。」

「すまんなじい!火急の用があり父上に話がしたい。」

「夜半に騒がしいぞ。敷居をまたぐなと告げたはずだが、何用で来た。」

「父上!大変申し上げにくいのですが…火急の用で参上いたしました。」

真斗は、恥を忍びつつも、事の顛末を正直に報告した。

藤崎のお嬢さんと同じ寮で生活していること。日々過ごすうちに惹かれていったこと、そして思いを告げてしまったこと。洗いざらいすべて白状した。

初めはあまりのことに居合わせた者が絶句していたが、真斗の父は重い口を開いた。

「単刀直入に言えば…藤崎の家と関わりを持てることは願っても無い幸福だ。しかし…お前はいまやアイドルだ。聖川家の嫡男として、次期当主として修行中ならまだしも、勘当された身も同然。ましてや一芸能人との交際が認めてもらえるとは到底思えん。」

「認めてもらえるよう、誠心誠意心を砕きます。確かに俺は、アイドルです。ですがそれ以前に1人の男として彼女に思いを寄せています。それに皇家の嫡男も彼女に文を送っているそうですから、俺にもチャンスはあると思っています。」

「なるほどな…。」

真斗の父は深く息を吐くと、じっと何かを考えるように腕を組み眉間に皺を寄せた。しばらく誰も口を開かない重たい沈黙が続いた。どのくらい経っただろうか、再び息を吐いた真斗の父は、真斗を見据えると厳しい声で諭すように告げる。

「お前が想像している以上に険しい道のりだと思え。これは個人同士の話で済む問題では無い。家同士の問題でもある。おまけに互いに状況も立場もあまり良くない。まさか途中で心変わりしたでは済まされぬ話だ。」

「心変わりなど…!俺はそのような事は決してありません!」

「アイドルに恋愛ごとは御法度だろう。そのあたりはどうするつもりだ。」

「社長に、きちんと説明するつもりです。許しをいただけるまで心を砕きます。」

「分かった。じい、真斗に藤崎家との交流に必要なことを教えてやれ。真斗、後は自分で何とかしろ。正式な次期当主でないお前にしてやれることは殆ど無いと思え。ただ…幸運を祈ろう。」

その日、真斗は深夜までじいの手を借りて、藤崎家への求婚に必要なしきたりや作法について教わったのだった。



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