・縁
□14 天岩戸
1ページ/1ページ
14 天岩戸
「おはようございます。レン君。」
「おはよう藤崎さん。今日も早いね。送っていこうかい?そうすれば車の中で少し休めるだろう?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと寄るところもあるので、また今度お願いしますね。」
***
「ただいま戻りました。」
「睡蓮、お帰りなさい!遅かったですね。」
「セシル君、こんばんは。今日もお疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね。」
「睡蓮は優しいですね。ですが、ワタシは睡蓮も心配です。」
「私は大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
このやりとりは今日で一体何回目だろうか。
睡蓮はみんなが起き出した頃には大学や職場へ向かい、みんながレッスンや仕事から帰る深夜に戻ってくる。少なくともST☆RISHのメンバーはここ1ヶ月、早朝と夜半にしか睡蓮を見かけなくなっていた。
休日ともなると講義の時以外はめっきり部屋からでてこない。外出しているのか、それとも部屋に籠もりっきりなのか…ST☆RISHのメンバーには全く判別が着かないほどだった。
「睡蓮ちゃん、大丈夫でしょうか。」
「うむ…正直身体を壊さないか、見ていて心配になるな。」
「俺、藍にも一応連絡入れてるんだけど、藍も藍でドラマの撮影があって忙しいみたいでさ。とりあえず近々顔を出すとは言ってるけど…睡蓮さん、また熱出したりしねぇか心配なんだよなぁ。」
「そういえば以前本を借りに行ったら珍しく机の周囲が資料や本で散乱していましたね。」
「う〜ん…なんか大変そうだし、俺たちで力になれたらいいんだけど…。」
全員でう〜んと唸っているが、特に妙案も思い浮かばない。
「仕方ない。とにかく昼食にしよう。腹が減っては戦も出来ぬ。考えるのはそれからだ。」
「それだ!」
音也の大声に全員がびくりと肩を揺らすが、音也は構わず続ける。
「ねぇ、前みたいにご飯に誘おうよ。一緒に食べれば自分で作る負担も減るし、いい息抜きになるんじゃないかな。」
「ですが…かえって気を遣わせてしまいませんでしょうか。」
「だーっ!考えててもしょうがねぇよ。とりあえずそれで行こうぜ。嫌なら断ってくるだろうし、そうでないなら結果オーライだ。」
そうと決まれば…となり、全員で急いで食事の支度に取りかかる。真斗とトキヤと音也は調理。レン、セシルはカトラリーやクロス、花のセッティング。翔と那月はお茶の用意のため買い出しに向かった。
全ての用意が調ってから全員で睡蓮の部屋を訪れる。ドキドキしながらもインターホンを押すと、意外にもすんなりと出てきてくれた。しかしその顔は見たことないくらい憔悴しており、すっかり血の気が失せていた。
「すみません、お忙しいとは思ったのですが、良ければこれからお昼ご飯をご一緒にいかがでしょうか。」
「まぁ、素敵。もしお邪魔でないのならご相伴にあずかろうかしら。」
返事を聞いた瞬間、音也と翔はガッツポーズをし、セシルと那月はハイタッチをしていた。
「学会?」
「えぇ、そうなの。おかげさまで審査が通って発表できることになったんです。」
聞けば睡蓮は数ヶ月前に申し込んだ学会発表の審査に通過したため、来週行われる研究発表会に出るそうだ。
しかしいざ発表するとなると色々と準備が必要らしく、日々の生活に増してその準備で忙しくしていたのだという。食事をしながら睡蓮はここ1ヶ月のことを話してくれた。
食後にタルトを食べ、お茶を飲んでいるときだった。那月がお代わりのお茶を持って来た時、全員が一斉に那月の方を振り返り「しー」というジェスチャーをしてきたのだ。
那月はポットを置くと、そっと近寄り睡蓮の顔をのぞき込んだ。そこにはすやすやと寝息を立てて眠る睡蓮が座っていた。
「やっぱり、疲れていたんですね。」
「あぁ…とりあえずしばらくこうしておこう。」
「俺、部屋からなんか掛けるもん取ってくるよ。」
翔は足音を立てないようにそっと走り出すと、その手にブランケットを持って戻ってきた。ふわりと肩まで掛けるが、起きる気配は全くない。
「遅かったみたいだね。」
「藍ちゃん!」
「四ノ宮さん、静かに。」
那月はトキヤに「起きてしまいますから」と言われ、慌てて口を手でふさいだ。
「みんなありがとう。全く、あれほど無理しないでって言ったのに…。はぁ、いつまでたっても世話が焼けるなんて。ま、今回は学会もあるし、しょうがない。大目に見るかな。あとはこっちで引き取るよ。」
藍は蒼生を抱き上げると、あっという間に部屋に連れ帰ったのだった。
***
「起きた?」
「ん…藍?」
「そう、ここは蒼生の部屋。みんなとご飯食べてお茶飲んで、そのまま共用リビングで寝ちゃったところをボクが運んだんだ。」
覚えてる?と問いかけながら、藍は慈しむように蒼生の頬を撫でる。そしてそっと身体を抱き起こす。
「少し痩せたね。脈拍も体温も低い。血圧も…。ちゃんと食べなきゃダメだよ。」
いつも、ずっとボクが傍にいられるわけじゃないんだから。そんな気持ちを知ってか知らずか、蒼生は曖昧に微笑んで藍の首に腕を回した。
藍はその行為を受け入れるように身体を寄せると、耳元で囁いた。
「お風呂、入る?それとも今日はもう寝る?もちろん作業をするって選択肢は存在しないからね。」
「厳しいわねぇ。ちょっとだけ、ね?」
「ダメ。そういうこと言う悪い子にはお仕置きだよ。」
「あら、困ったわね。」
くすくすと笑う頬には、血の気が戻ってきている。蒼生が寝ている間、ST☆RISHの話によると栄養価の高い食事を取らせた上デザートまで食べさせたそうだから、今頃は血肉となって回復に一役買ってくれていることだろう。
正直久しぶりに見た蒼生はかつてないほどぼろぼろになっていた。ストレスや過労もだろうが、元来の性格も災いしてか自分の事をおざなりにしてしまっていた。
「とにかく、今日はもうダメ。」
「じゃぁ、一緒に寝て。一緒にいて。」
ぎゅうぎゅうと、ぬくもりをかき抱くように抱きしめられ、藍は求められるまま蒼生のベッドに入る。そしてそっと頭を抱えるように腕を差し入れると、小さい子をあやすようにして蒼生寝かしつける。
このままで、いいのだろうか。無意識に蒼生が求めることをしてあげているが、本当にこれでいいのだろうか。否、彼女は本当にボクにこうされることを望んでいるのだろうか。数値上はベストだが、藍は何か説明しがたいものを感じていた。
***
次の週、睡蓮は無事学会へと出発した。そしてその日の午後、蒼生から発表は無事に終わったとの連絡を受けた藍は、念のためST☆RISHにも連絡をした。
しかし睡蓮は夜になっても寮に戻ってこなかった。
「藍に確認したら、もうとっくに学会も懇親会も終わってるって。」
「翔ちゃんどうしましょう、睡蓮ちゃん、事故にでも遭ったんじゃ。」
「とにかく、落ち着きましょう。どなたかと話し込んでいるのかもしれません。遅くなって帰宅するのは、今までにも何度かありましたし、もう少し待ってみましょう。」
トキヤの説得に同意するように、メンバーは無言で頷くが、真斗だけは眉間に皺を寄せたまま、神妙な面持ちで立ち尽くしていた。しかし次の瞬間、何かにはじかれたように顔を上げるとジャケットを手に取り走り出した。
「…すまない、少し出かけて来る。直に戻る。」
「聖川、どこへいくんだい。」
真斗はジャケットを羽織ると、レンの言葉に返事も返さず夜闇に消えていった。
Next→・15 告白