・紅郎との日々
□全力
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【風邪を引きました。】
そう簡潔にメールを入れる。
いや、ちょっとまった。これでは大変なことになる。と思い少し迷ってから文面を足すことにした。
【風邪を引きました。疲れてるのに申し訳ないんだけど、今日はリビングで寝てください。】
会社にいるときからだるさを感じていたが、昼過ぎに立ちくらみがひどくなり早退した。
帰りに薬局で必要な物を買い、帰宅するなりすぐにシャワーを浴びてマスクを付けた。客用布団をリビングに出し、申し訳ないと思いつつも何もしないよりはと思い空気清浄機と加湿器を回して寝室に籠城することにした。
頭はがんがんするし、喉が痛くて声が掠れていたこともあり、ゼリー飲料と薬を飲んで寝たのが4時頃…だったと思う。
ふと訪れた気持ちよさに目を開けると、紅郎が自分の手を私のおでこに当てていた。
「…ん…」
「無理にしゃべるな。喉痛めちまうから。遅くなってすまねぇ。」
そんなこと無いという意味を込め、首を横に振ると頭がずきずきする。さすがに一回薬を飲んだからといって症状が改善する訳ではないようだ。今何時だろう。頭がぼんやりする。
「熱は?何度だ?」
分からない。と首をかしげると、そんなこったろうと思ったぜと言われ体温計を差し出される。
だるくて面倒だったが、体温計を差し込むため、パジャマのボタンを開ける。いつもなら絶対背をむけるのに、私がのろのろと行動しているのに何か思うことがあったのだろう。紅郎は渡してきた体温計を私の手から取ると、そっと胸元に手を入れ、脇に体温計を差し込んでくれた。
「38度か。今がピークだな。病院は行ったか。薬は?」
首を横に振ってサイドボードに置いたさっき開けたばかりの市販薬を見せる。
紅郎は箱を手に取るなり「ったく…」なんていいながらも、スマホで病院の診察予約を取ってくれた。
「悪化したらどうする。風邪だってナメてかかると痛い目見るぜ?ちゃんと病院行けよ。」
正論過ぎて何も言い返せないでいると、紅郎は大きな手で頭をよしよしと撫でてくれる。
「悪かった。病院行くのも辛いほど、だったんだよな。」
優しい言葉に、涙がこぼれる。いつもなら、こんなコトぐらいじゃ涙なんて出ないのに。熱のせいだ。と言い聞かせて、流れ出る涙を袖口で拭う。大人になって、いい年してこんなにぽろぽろと涙が流れるのは不思議な感覚だったが、どうにも止まらない。
「ちゃんと食って、薬飲んで、今日はもう寝な。」
そういうと紅郎はまぶたに軽くキスをして、台所からほかほかと湯気の出ているおかゆを持って来てくれた。私の身体を支えて起こした後、お椀によそうとふーふーと冷ましてくれる。
「ほら、口開けろ。」
言われたとおり、素直に口をあける。そっと木のスプーンが入れられ、ほどよく冷めたおかゆが口に入ってくる。
「ん、偉いな。もっと食べられるか。」
こくりと頷くと、紅郎は嬉しそうに目を細めて笑いながらふーふーと冷まして食べさせてくれる。
「何かして欲しいことはあるか。」
何も。と首を振ると、「そうか」とちょっと寂しそうに笑う。
結局紅郎はベッドの横に布団を敷いて、一晩中一緒にいてくれた。
題:全力