・縁 

□11 判定
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11 判定


 講義後、蒼生は部屋に戻ると7つのラブレターを読むことにした。

翔は桃色の便せんと封筒だった。一生懸命、いつから好きか、どんなところが好きか、そしてもしよかったらどんな気持ちを抱いているか、返事が欲しいと綴っていた。

「翔君らしいわ。ストレートでとっても素敵ね。」

そういって「合」の判子を押す。

次はトキヤのだった。縦式の封筒に縦書きの一筆箋。時候の挨拶から丁寧に書いてある。きちんと調べて「手紙」がどのようなものかを調べたのだろう。どれだけその人が好きか、普段の冷静な姿からは想像できないほどの熱烈な重いが連ねられてある。文字も丁寧だった。

「こんなにも素敵なものをもらう人が羨ましいわ。明治文学者もびっくりね。」

同じように「合」の判子を押す。

レンのは綺麗に金箔で箔押しされた白い封筒にカードが入っていた。そこにはゲーテの詞が万年筆の青いインクで書き連ねてあった。

「なるほど。ゲーテとは素晴らしい。もっと自分の言葉とミックスできたら、これはどんなご令嬢もうっとりですわね」

これも「合」の判子を押す。

音也のはルーズリーフとUSBデータだった。PCに読み込ませると、ギターで弾き語りした歌が流れてきた。歌詞はルーズリーフに書いてあるものだった。

「なるほど。自分の特技を生かしてきましたね。一般的にはラブレターだと受け入れにくいかもしれませんが…だからこそ、彼にしかできないことなのかもしれませんね。」

なれた手つきでやはり「合」を押す。

セシルのは綺麗な紙に一文一文が短く書かれていた。いろいろと悩んだのだろう。文章というより、自作の詩のようだった。それでも相手のことがどれだけ好きか、嘘偽りなく、潔く愛の言葉を並べている。

「愛を感じるわ。今後はもう少し、日本語が自由に使えると更に広がりが見えて楽しみだわ。」

インクをしっかりなじませ、「合」の判子を押す。

真斗の手紙には心底驚いた。なんと赤いガーベラに浅葱色の紙が結んであるものだった。紙は美濃和紙で所々に金箔や銀箔がちりばめられている。紙からはほのかに白檀の香りがした。
そっとほどいてみたところで、思わず蒼生は笑ってしまう。

「楷書のかくかくした文字で和歌を詠む人を、初めて見たわ。」

   夕暮れは 雲のはたてに ものぞおもふ

 あまつ空なる 人を恋ふとて

「これはこれで、個性的ね。でも初めて手紙を出して口説くときは和歌だけでなく文章も必要なんだけど……まぁ、大目に見ましょう。何より花と紙のセンス、お香の焚きかたは合格ね。」

部屋にあった一輪挿しに水をくみ、赤いガーベラを水切りしてやってからさす。

そして「合」の判子を押した。

最後は那月のだった。黄色が好きなのだろうか。たしかメンバーカラーでもあったはずだ。黄色い封筒にひよこのシールが貼ってある。中を見ると、ポストカードだった。思わずひっくり返すと丘陵に色とりどりの花が咲き乱れ、奥には青空と山が広がっていた。
文面に目を通すと、友人にあてたみたいに穏やかな文面だった。ただ、ところどころしっかりとした意志を感じる文面だった。

「決して人に押しつけず、自己主張をするのはなかなか難しいことです。ここまでやってのけるのはひとつの才能でしょうね。これはこれで意外性があって素敵ですが、ふふっ…自分の名前を書き忘れてしまっていますね。」

まだインクが残っていることを確認して、「合」の判子を押す。


彼らはなかなか個性的で面白い感性を持っている。ただ、それがよくあんなに綺麗にまとまっているものだと蒼生は心から感心した。もし本気の真心を向けたい相手が出来てもその人には決してその気持ちを向けられないのが、アイドル。

藍からアイドルとはどんな存在だったかを聞いていたこともあり、今回の課題を思いついた。発表させても良かったが、やはり本気の真心を向けたい本人がいない上、いくらメンバーといえども誰を思っているか知られたくない場合もあると考えたのだ。





次の日、朱音が尋ねてきた。今日は秋祭りの時に披露する舞の稽古を付ける約束をしていたのだ。
使わないレッスン室を借りてしばらく稽古を付けていると、ノックの音が響く。

「お邪魔してすみません。よろしければ、一緒に昼食はいかがでしょうか。」

絶対に扉を開けないようにと張り紙をしていた事もあり、扉の外から声を掛けてきた真斗はこちらにも聞こえるようにいつもより心なしか大きな声を出しているようだった。

丁度いいところまで稽古もできたこともあり、ありがたく申し出を受けることにした蒼生と朱音は着替えてリビングへ向かう。

「お…お姉さま。私、このようなものがあると存じてはおりましたが…。」

「私も、実はまだ数回しか口にしたことがありませんの。」

神社で麺類といえば、おそばか冷や麦かおそうめんか、はたまたおうどんが相場だった。パスタを食べる習慣が家でなかったことを説明すると、メンバーはみな納得しつつも、驚きを隠せないようだった。
席について、大人数で食卓を囲む。これも神社では経験しないことだ。神職となれば会合やお酒の席もあるが、巫女はそういうわけにはいかない。表に出るときこそ華やかだが、食事や日常生活は人目に触れさせてはいけない。裏でこっそりと静かに生活する。食事も自然と妹やお付きのものと静かに取ることとなる。

朱音は食べ慣れないものを出されただけでなく、沢山の男性に囲まれたこともあってか、見るからに緊張していた。しかし一口食べた瞬間、年相応の笑みを浮かべる。

「おいしいです!真斗様、こんなにおいしいものがお作りになれるなんて素晴らしいですわ!」

「そうか、喜んでもらえてなによりだ。」

「焼けるなぁ。その笑顔。今度は是非オレに向けてほしいね。」

「レン、神聖な女性になんてことを言うのですか。」

わいわいと、楽しくおいしいものを食べることの幸せを、感じずにはいられない。なにより朱音は自分がいなくなった社で過ごすことが多い今、このような場所で少しでも年相応でいてくれたらと、蒼生は願うばかりだった。





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