・夢の先には…

□26 秘密のお茶会
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練習後である上、司君はまだ一年生だ。いくらお迎えが来るからとはいえ、あまり遅くまで残すには忍びない。嵐ちゃんは徒歩で帰るだろうし、どちらにせよ男の子とはいえ夜遅くに出歩くのは良くないだろう。そう思ってそろそろ帰ろうかと提案すると、二人とも首を横に振って笑う。

「もしお姉さまがよろしければ、もう少しご一緒したいのですがいかがでしょうか。」

「そうね。せっかくだもの。もう少し一緒におしゃべりしましょうよ♪」

いつもなら、今までの私ならその言葉の裏側を探ってしまう。でも今日は、素直に二人の言葉を信じてみることにする。

「夜風に当たりすぎると体にさわるから、部屋に行こうか。焼きたてのクッキーと紅茶をご馳走しますよ。」

いつもみたいに嵐ちゃんをエスコートしようと掌を差し出すが、嵐ちゃんは私の手をそっと包むなりくるっと上下にひっくり返す。

「さ、行きましょう。」

私が女だから、なのだろうか。つまり女にエスコートされるのは…という意味なのだろう。それもそうか。と一人腑に落ちていると、目の前に嵐ちゃんのドアップが現れる。

「エスコート、されたくないわけじゃないわよォ?でもォ、今日はアタシがしてあげる♪」

優雅に、でもとびきり楽しそうにしながら嵐ちゃんは私の手を引いてく。夜の学校は薄暗くて不気味なはずなのに、嵐ちゃんは一人花園にむかって歩く王子様のようだった。

「でも不思議よねぇ。蒼生ちゃんはどこで完璧なエスコートを覚えたの?」

「兄様や、前にも話した友人達に教えてもらいました。楽団での活動ではエスコートをすることはありませんが、知らないと怪しまれるからと、その辺りは徹底的に仕込まれました。」

たわいもない話をしているとあっという間に部屋に着く。扉を開けて入るよう促すと、二人とも声を上げた。それもそうか。元は物置のようでこの場所の存在すら知らない生徒が殆どだと蓮巳さんが言っていたのを思い出す。

「このドアはノックを七回すれば開きますから、いつでも訪ねてきてください。でも、この魔法は誰にも教えないでくださいね。」

二人には中央のテーブルに座ってもらった。お茶とクッキーを出すと、司君は嬉しそうにほおばり始める。彼のこの素直さは、私が一番見習うべきかも知れない。と同時に、彼が私に対して他人行儀な姿ではなくありのままを見せてくれているというのは嬉しかった。心をひらいてくれているということなのだろう。

お茶のおかわりを入れているとき、不意に嵐ちゃんが声を上げる。

「ねぇ、あれってもしかして…」

嵐ちゃんの視線の先には、元々私が向こうの世界から着てきたセーラー服がかかっていた。
この学院はブレザーだし、ちょっと珍しいのだろう。

「着たい?サイズが合えば…と言いたいところだけど、ちょっと難しいかな。」

「ううん、違うのよ。アタシが着たいんじゃなくって、蒼生ちゃんに着て見せて欲しいの♪」

ダメかしら?なんて可愛くお願いされてしまったものだから、つい二つ返事で了承してしまった。一度寝室に引っ込んで制服を着替える。せっかくだからとウィッグも外して元の姿で席に戻ると、二人とも目を見開いて固まっていた。

「蒼生ちゃん…カワイイじゃない!男の子にしておくのがもったいないくらい!」

「鳴上先輩…藤崎先輩は女性ですよ。しかし本当にお綺麗です。marvelous☆」

司君は立ち上がると、優雅に手を引いてテーブルまでエスコートしてくれた。私はブーツをぬいだせいで先程まで同じ目線だったのに、今は司君を少し見上げるくらいになっていた。

男の人にエスコートをしてもらうのは随分と久しぶりで、ドキドキする。司君はいつもみたいにきらきらとした瞳ではなく、余裕をたたえた笑みを浮かべていた。

そっと椅子に座り、隣の嵐ちゃんを見る。セーラー服を見るのが嬉しいのか、目がきらきらとしていた。

「な、…鳴上君。」

小さい声で遠慮がちに呼んでみると、はっとした嵐ちゃんは居住まいを正し、パフォーマンスのときに見せてくれたような男の顔になる。世の中の女子が虜になるのもわかる気がする。じっとみつめていると、嵐ちゃんは綺麗な瞳をすっと細める。

「それもいいけど、嵐って呼んで。」

ほら、ね?と綺麗な流し目で促される。

「あ…らし。」

「ん?もう一回。」

緊張して声が掠れる。じいっと見つめられているせいか、心臓がゆっくり脈を刻む音が聞こえる。勇気を出して、薄スミレ色の瞳を見つめかえすように顔をあげる。

「あらし。」

「ん、ありがとう。蒼生。」

手を取って、そっとキスを落とされる。その行為を食い入るように見つめていると、いつの間にかいつもの顔に戻った嵐ちゃんにウインクされる。

「驚いたわ。ホントに女の子だったのね…。」

「鳴上先輩、ズルイですよ!お姉さま、司にもご挨拶のkissをさせてください。」

司君も負けず劣らず恭しく片膝をついてすっと手を取る。洗練された無駄のない動きから、やはり育ちの良さを感じる。司君はそっと指にキスを落とすと、上目遣いに微笑む。

「お姉さま、どうぞ司とお呼びください。」

「で、ですが…。」

「歳など、大した問題ではございません。さ、お姉さま。遠慮なさらずに。」

いつもの可愛らしい「弟」分の司君はどこへ行ってしまったのだろう。本物の騎士のように、恭しくもリードされ、意図せず顔に熱が集まる。

「つかさ。私も、名前で呼んでくださいますか。」

「ええ、お望みのままに。蒼生さま。」

「敬称も、外してくださると嬉しいのですが…」

「えっ…えぇっ!そ、それは…」

急に恥ずかしくなったのか、いつも通りの司君に戻ってしまうと、嵐ちゃんが吹き出す。つられて笑うと、司君は一瞬むくれたような顔をしたものの、それさえもおかしくなったのか結局三人でおなかが痛くなるほど笑ったのだった。




***

正直蒼生ちゃんのことをどこかでまだ女の子だと思っていなかった。
セーラー服を着て見せて欲しいとせがんだのは自分なのに、いざ着て出てきた蒼生ちゃんに、アタシは釘付けになってしまった。

ライブやお仕事で見る女の子達も綺麗だけど、それとは比にならない。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。という言葉どおりだ。ほんとうはありのままの姿でガールズトークに花を咲かせられればと思い持ちかけた話だったが、すっかり気が変わってしまった。

名前を、呼ばせたくなってしまったのだ。そこには一人の男としての矜持のようなものがあった。名前を呼ばれた時、一瞬びりっとしたものを感じる。精一杯演じてはいたものの、もし二人きりだったら危なかったかもしれない。

「アタシったら…どうかしてるわ。」



***

夜、bedに入っても今日のことがflashbackする。お姉さまの美しさはまさに例えようもないほどで、思わず目が釘付けになる。しかしお姉さまが女性の姿にお戻りになったからには、きちんと男性としてescortしなくてはと、手を取った。屋上で鳴上先輩に先を越されたのが悔しかったというのもある。

しかしその後も鳴上先輩はあろうことか手にkissを贈り、名前まで呼ばせていた。張り合ってみたものの、結局きちんと名前を呼べなかった。

「くあぁぁっ…!お姉さまっ!」

悔しいのか、恥ずかしいのか、もう胸の内はぐちゃぐちゃで苦しいばかりだ。

今なら、言えるだろうか。

「…蒼生。くっ…。」

今夜は眠れないかもしれない。司は一人じたばたともがくのであった。



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