・夢の先には…

□23 受容と許し
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嘘をつき続けた罪悪感や、人に頼りっぱなしだった後ろめたさが、ここに来て急にぷつんと糸が切れたようにはじけてしまった。

後悔しても遅い。でも、私はほんの少しだけすっきりしていた。

ずっと、自分に自信もなくて。兄様を失ったショックも残っていて。兄様の身代わりになれるならいつでも代わりに天に召されたいと心のどこかではずっと願っていた。

でもそれは零さんの言うとおりだ。多分、ここで私が命を投げ出しても兄様は喜んだりしない。ましてや本当に変わることなど出来ないことなど百も承知だ。
結局私は、何も受け入れられずに一人水の中で窒息しまいともがいているだけだったのだ。逃げたくて、逃げたくて、ただひたすら非日常を求めていたのかもしれない。

凛月が手を離したのと同時に、それまで黙っていた蓮巳さんは私に顔を向けた。

「藤崎、それなら紅月に来ないか。紅月はお前が来たときからずっと傍にいた。ユニット活動の上でも、生活する上でも支えてやれる。それに俺たちもお前がいてくれれば舞の稽古もはかどるしな。」

「ちょっと〜、人の物に手ぇだすとか正気?」

「ふん、藤崎はまだKnightsに加入していない。故にまだ誰のものでもない。それに後から藤崎にちょっかい掛けたのは貴様等だろう。」

バチバチと二人の間に赤と青の火花が散る。それをまるでお構いなしとでも言うように会長が人の良い笑顔を向けてくる。

「蒼生ちゃんはどうしたい?部活は紅茶部に入るとして、僕はどちらのユニットに入ってもいいと思う。もちろん君が望むなら、僕はfineに入れたいけどね。」

「英智…!」

「ふふふ。敬人、そんなに怖い顔をしないで欲しいね。でも紅茶部の件は本気だよ。敬人たちばかり蒼生ちゃんと仲良くするのはズルイからね。僕も君と友好関係を築きたい。ただ、ユニットについて決めるのは蒼生ちゃんだ。この件に関しては僕は何も言わないし、君たちも強要してはいけない。彼女が自分自身で選び決める。もちろん他のユニットでも構わないし、どこにも入らないというのでも構わない。これから自分がどうありたいのか、よく考えて御覧。」

私が紅茶部に入ることは決まってしまったらしい。正直あまりこの人には近づきたくなかったので紅茶部は回避したかったのだが、この際もう仕方がない。ティーセットも受け取ってしまったし、あきらめるしかなさそうだった。

「ねぇ、ってかさっき兄者と毎晩寝てるっていってたけど、蒼生は兄者に食べられちゃったの?」

「たべられ…?私はこの通り五体満足ですが…」

よく分からないと首をかしげると、なぜか方々から盛大なため息が聞こえる。零さんと会長だけはにこにこと笑っているのだから不気味だ。司君も私と同じで首をかしげている。

「もう一体どういうつもりな訳?よく男装して生活しようだなんて思ったよねぇ。」

「泉ちゃん、今回はその意見に激しく同意するわ…。」

二人がこそこそと話すのを尻目に、零さんはへらりと笑う。

「心配せんでも、手は出しとらんよ。添い寝だけじゃ。嬢ちゃんはどうも兄君と寝ていたようでの、一人では寝つけないそうなんじゃ。」

言わないでと口止めした覚えはないが、こうもあけっぴろげに公開された私は恥ずかしくて顔から火が出そうだ。その話をやめて欲しいと思ってうつむくが、みんなからの追求は止まらない。

「くああぁっ!お、お姉さまのような妙齢の女性と夜を共にするとは…。なんたることですか!お姉さま、司もお姉さまのお供をしとうございます!」

「かさくん馬鹿なの?それはダメでしょ。ってか、その兄貴も兄貴だよね、この年齢で一緒に寝るとか。どんだけシスコンなの?」

憤慨する司君を嵐ちゃんがなんとかなだめるのを見ていられず視線を外したのだが、その視線の先では蓮巳さんが顔を青くしていた。後で弁解しなくてはと思いながらそっとそちらも見なかったふりをする。

「兄と寝ていたのは事実ですが、年に数回です…。兄はプロのバイオリニストと大学生と忙しくしていましたから。わ、私…ちゃ、ちゃんと一人でも寝られます…。」

「蒼生は我輩のような老人とはもう一緒に寝てはくれぬのかのう…寂しいのう。ぐすん。」

「い、いえ…その、で、出来れば、この先も零さんが一緒にいてくださると、う…嬉しいですけど…。」

ごにょごにょと弁明するが、もう半分は自棄だった。しかし零さんは私の答えに満足したのか、落としていた肩をあげてにこにこと笑みを復活させると、よしよしと頭を撫でてくれる。

先ほど、Knightsの三年生が言ってたことは私の胸に深く刺さった。私はずっと自分の足下しか見えていなかった。

今からでも、まだ間に合うなら、信じてみたい。零さんや紅月のみんな、真緒はずっと私によくしてくれた。なにより、私を受け入れて信じてくれている。クラスの人たちも、会長も、Knightsの人たちのことも、少しずつでいいから知っていこう。信じてみたい、と素直に思えた。ここは、私が元いた世界とは違うのだ。

零さんは特に、最初から無条件に愛を向けてくれるのが怖かった。私にはなにも差し出せるものもなければ一緒にいて得をする事もないのに、どうして優しくしてくれるのか理解できなかった。でもそれもそのはずだ。零さんには理由なんて、はじめからなかったのだろう。
今では零さんをこの世界の兄様のように慕っている自分がいる。まだ何を考えているのか掴みかねる部分も多いけれど、この人には甘えてみようと思う。自分をさらけ出しても、大丈夫だと心のどこかで感じていた。


ひとまずこの件については口外しないとの約束がなされ、奇妙な集まりは御開きとなった。


Knightsが生徒会室を後にするとき、私は意を決して嵐ちゃんと司君を呼び止める。

「実は、二人には謝らないといけないことがあって…」

屋上で歌っていた日、迎えが来るから先に帰って欲しいと告げた事が嘘で、訳あって学園の一室で生活している事を打ち明ける。軽蔑されても、これ以上嘘を重ねるよりはいい。

しかし二人から返ってきたのは、私が予想した反応とは随分違う答えだった。

「まぁ大変。必要なものがあったら言って頂戴。男の子じゃなかなか言いにくいこともあるでしょうから、お姉ちゃんが調達してくるわァ♪」

「鳴上先輩も男性ですよね。司にもなにか出来ることがございましたらお手伝いいたしますので、遠慮なくお声がけください。」

ありがとう、とお礼を述べると、嵐ちゃんはこそっと顔を近づけて耳打ちする。

「また木曜日の夜に、屋上で会えるかしら。」

ちらりと顔をみると、可愛らしくウインクされる。男の人とは思えない程綺麗な肌の白さが目に付いた。

こくりと小さく頷き、「またクッキーを焼いておくよ。」と告げると、嬉しそうに笑いながらウインクして去って行く。

二人の背中を見送っていると、いつの間にか零さんがすぐ後ろに立っていた。

「頑張ったのう。いいこいいこじゃ。」

零さんは掌でそっと私の頬を包むと、目尻に指を這わせる。その手の温かさに安堵する。私は、ようやく一粒の涙を流すことが出来たのだった。


その日の夜。私はいつものように零さんと過ごした。音楽室でアンサンブルをしたり、歌の練習をした。
唯一違ったのはベッドに入る時、いつもよりずっと素直になれたことだろう。今まではなんとなく話をしているうちに寝てしまったり、零さんは私が眠るまで傍にいてくれるだけだった。

夜闇は零さんの時間。邪魔したくないと思っていたせいでなかなか言い出せなかったけれど、今日は自分から一緒に眠りたいと言えた。誰かに何かをねだるのはいつぶりだっただろうか。

二人で横になると、私は真っ先に零さんのシャツにしがみついた。吹っ切れた今、もう何も躊躇することはなかった。零さんは私をすくい上げるようにそっと抱きしめると、おでこにキスを落としてくれた。

「零さん、恋人ってどういう仲なのでしょう。」

「ほお、我輩の愛し子は恋に興味があるのかえ?」

零さんはちょっと驚いたような声を出し、私の顔をのぞき込む。

「本でしか読んだことがないので、零さんなら知っているかと思ったんです。」

零さんの胸に埋めていた顔を上げると、月の光で赤い瞳がほんのりきらめくのが見えた。

「ふむ。恋人、か。心も体も求め合う仲。とでも言っておこうかのう。」

髪を梳かれるように頭を撫でられる。その手が気持ちよくてうっとりしてしまう。心も体も求め合う仲。つまりそれは相手のことを余すことなく求めたいということだろうか。欲しいという気持ちは分かるが、人を欲しいという気持ちはよく分からない。その人はその人で、私は私だからと思ってしまう。

「して、急にどうしたのじゃ。誰かに恋をしたかえ?」

「いえ、ただ、恋を知りたいと思っただけです。」

「してみたい。ではなく知りたいとは、またどうしたのじゃ。」

「Night starsの楽団で使う曲は、誰かを愛したり恋に全力なので、これからはちゃんと理解して歌いたいって思ったんです。うわべだけじゃなくて、ちゃんと相手に届くようにしたいなって。」

今までは、演出という意味では理解していたつもりだった。恋愛小説も読んだし、そこそこ勉強したつもりだ。でも今日の出来事で、認識が変わった。私は愛や恋についてあまりに知らなさすぎるのではないか。そんなことを考えていたらあくびが漏れてしまう。零さんは相変わらず、頭を撫でていてくれたので規則正しいリズムが余計に眠気を誘発していた。

「さ、今夜はここまでじゃ。おやすみ、嬢ちゃん。また明け方に会おうぞ。」

零がそう声を掛けると蒼生は素直にまぶたを閉じた。それから程なくして規則正しい寝息を立て始めた。あどけない寝顔は、日常生活からは想像しがたいくらい無防備だ。

今日はたまたま通りかかったからよかったものの、これから先もあのような事が起きてしまったらと思うと零の心中は複雑だった。できれば何の心配もなく過ごして欲しい。ここでの日々が素敵な記憶になるように。本音を言えば元の世界に帰すには惜しいが、ここでの生活はまるで鳥かごの中の小鳥だ。だからせめて、帰るその日までは…。

「あともう少しかのう。」

恋…それは相手に期待することでもある。嬢ちゃんが誰かを求め、期待してくれるまで、気長に待つとしよう。零はまだしばらくの間は蒼生の兄役に徹しようと思うのだった。



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