・夢の先には…

□6 道連れ
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胃が重い。沢山水分を取って、おまけにサンドイッチまで食べて…。そういえば楽団のみんなも、いつも沢山食べていたなぁなんて思い出す。男性はみんな沢山召し上がるのが常なのかも知れない。そんなことを考えながら今朝しがた案内してもらったばかりの部屋へ向かっていると、私を羽交い締めした人が立っていた。

「おお、嬢ちゃん。もう体は大丈夫なのかえ?」

「え…どうしてそれを。」

「ふっふっふ…我輩、この学園のことなら何でも知っておるからのう。して、三人でどこへ行くのじゃ。もし良ければ、我輩もお供しようかの。」

「込み入った話になりますけど…。」

「よいよい。気にするでない。そういえば衣更君も我々の仲間になったようじゃの。」

「え、何の仲間ですか?」

「ほれ、嬢ちゃんが嬢ちゃんだと、知っておるではないか。我輩が先ほど嬢ちゃんと呼びかけたときに、少しも驚いていなかったようじゃし、なによりここを通るということは、嬢ちゃんの部屋に向かっておるのじゃろ。」

「あ…確かに。」

どこに行くのか、答えていないのに知っているということは、これから何の話しをしに行くのかも感づいているんだろうな。そんなことを思いながら部屋の鍵を開け、三人を中へ通す。

とりあえず部屋の真ん中に座ってもらい、今朝話題になったトランクを引っ張りだす。結局開けることになるとは思わなかったが、半日でこれだ。たぶんこのまま生活していても崩壊する。だったらいっそ味方になってもらいたい。ただでさえ頼れる人がいないのだ。この人達は出会って間もない私の命を大事にしてくれた。その誠実さに、少し安心した所もある。

「始めに断っておきますが、俺、その、あまり上手に話せないと思うのでわかりにくかったら止めてください。」

「そうじゃの。まず、嬢ちゃんが話しやすい言葉遣いで話すのが一番じゃ。みな嬢ちゃんの正体を知ってもおるしの。」

「じゃぁ、まず、その話しから。ぎこちないのは、男性がどうやって話しをするのかいまいち掴みかねているからです。お、俺は…ここに来るまでは初等部からずっと女子校通いでした。兄がいたので、兄やその友人達の話し方を思い出しながら話してますがやはり、その、うまくいかないものですね。」

ははは、と笑ってみるものの、乾いた笑いしか出来なかった。愛想笑いだけじゃない。私は根本的に笑うという行為が苦手だった。

「なるほどな。藤崎がペットボトルの直飲みが出来なかったり、梱包されたサンドイッチの食べ方を知らなかったりするのは、そういった環境に身を置いていたからか。立ち居振る舞いがどこか中途半端なのも、根本的なものが原因だな。」

副会長は眼鏡のブリッジを指で上げると、興味深そうにこちらを見つめてきた。早く話しの続きが聞きたいといった感じだろうか。

「俺が男装する理由は、さっきも言ったとおり、男になりたいからです。本もちろん当の男性になりたいわけではなく、男性としての立ち居振る舞いを身につけたいからです。」

革張りのトランクケースをゆっくりと開ける。半分は生活用品。半分は…衣装や楽団で使う衣装や道具が入っている。

「俺、今朝の七時に退院したばかりなんです。」

「え…。」

衣更君が固まるのが分かった。おまけに副会長はぎょっとした顔をしている。朔間さんだけは少し目を細めただけだった。この人はやっぱり食えない人かもしれない。

「なぜ入院していたか、聞いてもよいかの。」

「…それは、自分をなくしたから、でしょうか。少し前に、不慮の事故で兄が亡くなりました。その少しばかり後に、俺は倒れて…一ヶ月ほど、茫然自失だったらしいんです。」

「…すまんのう、辛いことを聞いてしまったようじゃ。」

朔間さんは目を伏せると、少し頭を下げた。食えない人のようだが、存外きちんとしているのかも知れない。

「とりあえず、兄の友人達や病院の人のおかげできちんと社会復帰出来るまでになって、本当なら今日から元の生活に戻る予定でした。衣更君、この二人はご存じなんだけど、俺は、こことは違う世界から来たみたいなんだ。」

「な…。」

衣更君は、伝えた情報を受け止め切れていないようだった。どこから突っ込んでいいのか、困ったような顔をして目を白黒とさせていた。申し訳ないが、今は見なかったことにする。

「だから、荷物の半分は入院していたときの生活用品が入っています。」

いよいよ本題だ。私は深呼吸をすると、もう半面を覆っていたカバーを外した。



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