・夢の先には…
□4 Emergency (蓮巳視点)
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たまたま自習になったのをいいことに、俺は生徒会の仕事をしようと生徒会室に向かっていたのだが、曲がり角からいきなり衣更が脱兎のごとく飛び出してきた。
「衣更…!貴様、廊下は走るなと…」
「うわっ、すみません!今は緊急事態なので見逃してください!」
「どうした、何があった。」
「体育の長距離走で今日来た転校生が倒れたんです。」
全く…やはりか。男に混じって同じ事をしようとするからこうなるんだ。
俺はこっそりため息を吐くと、衣更に指示を出した。
「保健室には俺から伝えよう。すぐに運んでくれ。」
衣更はこぎみよい返事をすると来た道を戻っていった。俺は保健室を覗くが、運の悪いことに保健医は出張で不在だった。
運ばれてきた藤崎の顔には血の気がなく、眉間に皺が寄っている。
大神に大至急スポドリを買ってくるよう頼むと、舌打ちしつつも素直に飛び出していった。
さて、どうしたものか。藤崎の呼吸は荒く、一つ一つが短い。過呼吸のような状態で今も体が激しく上下している。
「度し難いが…いいか衣更、俺たちは今から共犯であり互いを見張る存在だ。俺が余計なことを何もしていないと後できちんと証明しろよ。」
「え…共犯って、え?!」
俺は手早くベッドを囲っているカーテンをきっちりしめると、藤崎を抱きかかえるように起こし、体操服をめくった。彼女は補正が透けないよう黒いアンダーシャツを着ていた。英智が彼女に命を捨てるなと言ったからには、俺も英智の意志に従うまでだ。そう自分に言い聞かせる。体操服を脱がせると、アンダーシャツをめくる。そこには想像以上にしっかりとしたコルセットが巻かれていた。
「衣更、立ってないで手伝え。」
「は、はいっ。」
衣更と二人でコルセットを外すと、今度はタオルや手ぬぐいで丁寧に体型補正がしてあった。
「副会長、いったい何なんですか?藤崎はどうしてこんな。」
「説明は後だ。これも剥がすぞ。」
タオルと手ぬぐいの層はコルセットよりも外すのに手間取らなかった。しかし俺が想像した以上の量が巻いてあったのには正直驚いた。衣更は訳が分からないという顔をしながらも諸々を外すのに手を貸してくれた。
幸いにも、全て外し終わる頃に藤崎の呼吸はだいぶ落ち着いてきていた。しかし抱きかかえているその肩は細く、折れてしまいそうだ。おまけにかかってくる体重は軽く、体育をしていたというのにその体からは良い香りが立ち上る。
全て取り去った体はもっと頼りなかった。一般的に男性は直線で、女性は曲線で出来ているとは言うが、藤崎の体はまさに自分にはないなだらかなくびれがあった。残すは、胸をつぶしているであろうサラシだけだった。幸い下着は着ているようだ。サラシの端がどこにあるか探しひっぱれば、あとはするすると林檎の皮を剥くようにほどけた。すべてほどける頃には俺の体に藤崎のふくよかな膨らみが触れるようになる。
衣更からゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。思わず見やると、赤い顔をしながらバツの悪そうな顔をしていた。
「副会長…もしかして、藤崎って女の子ですか?」
「見れば分かるだろう。ここで見聞きしたことや俺が脱がしたことを他言するなよ。」
めくり上げていたアンダーシャツを戻し、何とか体操服を着せてやりベッドに横たえる。意識は戻らないが、呼吸は安定していて顔色も戻っていた。
「原因は締め付けすぎだな。息が深く吸えないのに男に混じって長距離なんて走るからだ。全く、度し難い。」
深くため息をつくと、衣更と共にカーテンの外へ出る。衣更はまだどこかぎこちなかった。
「いいか、あれは緊急事態だ。俺たちはやましいことはしていない。寧ろ苦しんでいるところを助けてやったんだ。いいな。変な罪悪感など持つなよ。それと、さっきも言ったがこのことは他言厳禁だ。」
「わかりました。俺、藤崎と同じクラスですから、何かあったら俺を頼るようそれとなく助言してみます。」
昼過ぎ、藤崎が目を覚ました。いきなり起き上がったかと思ったら、頭を押さえてふらふらと体を揺らす。ベッドから落ちるのではと焦り、思わず身体に手を添え支えてやる。
「気がついたのはなによりだが、いきなり起き上がるな。めまいを起こしたんだろう。全く…お前の行動はいちいち度し難い。」
藤崎は瞳を薄く開け、小さな声で「すみません」つぶやく。
「また、病院のベッドにいるのかと…でも、それならその方がましだったのかも。」
「どういうことだ。」
真意を問うが、藤崎は返事もせず両手で顔を覆ってしまう。髪は短いままだが、仕草が完全に女だ。
「とりあえず、これを飲め。」
俺は大神が買ってきたスポドリを渡すが、藤崎は顔を上げ目をうろうろと泳がせているだけだった。
「なんだ。どうかしたか。」
「いえ、あ、の、これどうしたらいいですか?」
「はぁ?」
藤崎からスポドリを奪い返すとキャップを開けてやる。それでもどうしたものかと落ち着きがない。
「はぁ、お前の世界ではこういうものはなかったのか。」
「い、いえ、見たことはありますが…その、これ、どうしたらいいでしょうか。」
「まったく…よりにもよって長距離走で倒れたんだ。水分補給は必須に決まっているだろう。さっさと飲め。そんな状態でよく男子に混じって生活しようなんて思ったな。常識知らずにも程がありすぎる。そのまま生活したらいつかぼろが出るとは思わないのか貴様は。まったく…なぜそこまで無理をしてまで男装にこだわるのか俺にはとうてい理解できん。今朝あれだけの啖呵を切ったのはただの虚勢を張っただけのようだな。」
「…すみません。もう少し話を簡潔にお願いします。それと、そのままはちょっと…」
なんとなく、どうしたらいいか察した。こいつはきっと直飲みしたことがないのだろう。
コップを持ってきてスポドリを注いでやると、藤崎はおずおずと頭を下げようやく口にした。
ただ、その口にする様子が何とも美しかった。こんなに綺麗に物を飲む人間がいたのかと思うほど、藤崎は丁寧に、静かにコップに口をつけた。白く細い喉を、スポドリの液体が通っているのかと思うと奇妙な感覚だった。はっとして目をそらすが、一瞬目が合ってしまう。
「あ、の、おいしかったです。ありがとうございました。」
「はぁ、お前はとんだ阿呆だな。さっきの話を聞いていなかったのか。これは歓迎の茶でも何でもない。運動中に倒れたんだ。これ最低でもこれ一本は飲み切れ。」
そういって再びコップに注いでやる。藤崎は嫌々ながらも再びコップに口をつけ、一生懸命に飲み干す。ゆっくり、ゆっくりと半透明の液体が体に吸い込まれていく。なぜだか俺は、藤崎が一本まるまる飲みきるまで、繰り返しこの光景を見つめることがやめられなかった。
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