・縁 

□6 慰め
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6 慰め


結局藍はそのまま仕事に向かった。ST☆RISHのメンバーもそれぞれ仕事があったため、1人また1人と寮からいなくなっていった。

唯一、那月は半年間出ていた連続ドラマの撮影が終わったばかりだったため、蒼生と共用リビングに残っていた。

那月がこれからどうしようかと考えていた矢先、ポケットに入れていたスマホが震えた。

メールをチェックすると藍からで、くれぐれも睡蓮に触れないようにと念押しすると共に、睡蓮の様子を気にかけてほしいというものだった。

那月はそっと睡蓮に目を向ける。睡蓮は先ほどよりも顔色がよくなったものの、疲れがにじみでていた。初めて見たときから白くきれいだと思った肌は、今では青い血管が透けて見えるほど血の気が失せてしまっている。

何を考えているのだろうかと思うほど不思議な感じもするのに、話してみると戸惑いつつも穏やかに笑みを返してくれる。出会ったばかりでまだよく知らないけれど、もっと知りたいと思った。なぜかは分からなかったが、今の状況も、このままでは良くない気がした。

那月はスマホをしまうと、睡蓮を驚かせないよう、そっと声を掛ける。

「睡蓮ちゃん。まだ顔色がよくないですが、お部屋に戻りますか?」

那月の言葉に睡蓮ははっとしたように顔を上げると、口元に少し笑みを浮かべる。

「大丈夫。ごめんなさい、あの…気遣わせてしまって。本当にごめんなさい。」

睡蓮ちゃん…僕は謝らせたくなんかなかったのに…。笑った顔が見たい。ただそれだけなのに、どうしたらいいのでしょう。

那月が眉間にしわを寄せて悶々と考えていると、睡蓮が心配そうに顔をのぞき込んできた。

「那月君…ごめんなさい、私のせいで困らせてしまいましたね。」

「いいえ!違うんです!僕はただ…」

睡蓮ちゃんに、笑ってほしくて。喜んでほしくて。それだけなのに。

昨日、栞をプレゼントした時みたいな温かい笑顔が戻ってほしいだけなのに。

昨日今日と、那月は睡蓮のことを察しがいい人だと思っていた。人を思いやる気持ちにあふれていて、優しくて、ちょっと不器用で、でも、だがら苦しんでる。自分の中で消化しきれない思いに混じって、那月自身への気遣いが見え隠れしていた。

那月は思いきって決心すると、睡蓮に笑いかける。

「睡蓮ちゃん、お散歩に行きましょう。ちょっと待っていてください!」

僕に出来ることは少ないかもしれないけど、睡蓮ちゃんが少しでも元気になるなら、何かしてあげたい。

那月は大急ぎで部屋に戻ると、お湯を沸かした。大きなポットに温かい紅茶を注ぎ、レジャーシートとクッション、ブランケットをトートバッグに入れる。そしてこの間新商品のCMでもらったバタークッキーがあったことを思い出し、それもバッグに入れて急いで戻る。

本当は、ちょっとの時間でも睡蓮を一人にするのも嫌だった。急いで戻りますからね。と那月は何度も心の中で呼びかける。

走って戻ると、睡蓮はまだ沈んだ顔のままだった。たった1人でいるせいだろうか、先ほどよりなおのことひどく見える。なんだかこのまま、消えてしまいそうだった。
それでも那月が戻ってきたことに気づくと、顔を上げて少し笑った。

そのほほえみが、今はかえって痛々しい。

「お待たせしました。敷地内にピクニックにちょうど良い場所があるんです。」

悲しみや痛みを共有することは難しくても、少しでも力になれるなら。と那月は心の中で決意すると、睡蓮を連れ出した。

敷地内を少しばかり歩くと、木々が生い茂っているところについた。

那月はちょうど良い木陰にレジャーシートを敷いてブランケットやクッションを置くと、睡蓮に座るよう促した。

「座り心地はどうですか?」

「はい、とってもいいです。ありがとうございます。」

少し歩いたこともあってか、睡蓮はさきほどより幾分か顔色が良くなっていた。
それでもまだ元気がないようで、なんとなく気落ちして見える姿が、那月は心配で気になる。


蒼生は腰掛けると、先程のことをぼんやりと回想する。皇さんからもらった手紙のことが、まだ心の底に沈殿していたのだ。朱音のことも気になる。せっかく来てくれたのに、結局世話を焼いてもらうばかりだったと後悔が募る。実家を出るときも唯一朱音のことが気がかりだった。姉妹は本来なら寝食を共にする。歳が離れているせいで同じ校舎で過ごすことも叶わず、甘えたい盛りだろうにいつも無理をさせてしまっていた。

きらきらと地面にうつる木漏れ日にはっとすると、那月君が目線を合わせるように顔を傾けていた。

「睡蓮ちゃん、もしお話したいことがあったら、僕でよければ聞かせてください。」

昨日栞をもらった時の顔からは想像できない顔だった。繊細そうな瞳はなぜか泣き出しそうに潤んでいた。

そこまできて、ようやく気づいた。那月は自分を慰めようと連れ出してくれたことを。それなに自分の殻に籠もって、自分のことしか見ていなかったことを。

那月は先ほどのやりとりで消耗している自分を、なんとか元気づけようとしているのかもしれない。いろいろ用意して、連れ出してくれたのもそのためだろう。それなのに、ぼんやりと物思いにふけっていた自分が恥ずかしい。那月君は、自分の事のように心を痛めて心配してくれたのだ。もしくは、それだけ今の自分の姿は見るに堪えないほど落ち込んでいるのだろう。

「那月君…ごめんなさい。ずっと気遣ってくれたのに。私、自分のことばかりで。」

そういえば、ずっとうつむいていた気がする。
そっと顔を上げ、瞳を合わせる。なんてきれいな瞳なんだろう。兄様や藍以外の瞳をじっと見つめたことなんてあっただろうか。那月君の瞳は、木漏れ日の光を受けて星のようにまたたいていた。

「睡蓮ちゃん、やっと、こっちをみてくれましたね。よかったです。」

そういって少し笑うが、また悲しそうな顔をする。

「睡蓮ちゃん、お隣に座ってもいいですか。」

ちょっと頷くと、「失礼します」といって、座る。この人は、とても紳士的で優しい人なんだと感じる。

「僕には、睡蓮ちゃんの世界はまだよくわかりません。でも、だからこそ、気兼ねなくお話したいし、お話してほしいんです。力になりたいけれど、僕は藍ちゃんみたいには出来ません。それでも、出来ることをしてあげたいんです。」

ああ…なんて優しいんだろう。気遣いが、その気持ちが心に染み渡る。砂漠のようにかさかさとしていた心に、たっぷりとした水が注がれたようだった。

この人に、甘えてもいいのだろうか。ちらりと伺うと、那月君は穏やかな笑みを浮かべながら、カップに紅茶を注いでくれている。

「ずっと気を張っていたら、疲れちゃいます。少し休憩しましょう。」

立ち上る湯気と香りが、心地よかった。滅多に口にしない琥珀色の液体は、今日はなおさら特別なものに見えた。

「魔法みたい…。」

思わずそうつぶやくと、那月はにっこりとしてクッキーを差し出してくれた。

「今度このクッキーのCMに出るんです。撮影の時頂いたんですが、おいしいので一緒に食べようと思って持ってきちゃいました。」

それから那月君は、自分の仕事の話、メンバーのこと、藍のこと、この寮のことを沢山話してくれた。にこにこと楽しそうに話かけてくれる。

男性と関わり合う事なんて今までなかったけれど、那月君は始終穏やかだったからか、無条件に安心できた。藍の後輩だから…だろうか。
そんなことを思っていると、那月は「あ!」と声を上げ、地面から何か拾い上げた。

「見てください。四つ葉のクローバー見つけちゃいました。」

可愛いですねーなんていいながら、そのままシロツメクサをプチプチと摘んでいく。
しばらく見ていると、きれいな花輪が出来た。

「那月君すごいですね。お上手です。」

「ふふっ。ありがとうございます。これは、睡蓮ちゃんにプレゼントです。」

そういうと、そっと頭に乗せてくれる。

「あ、の。えっと。ありがとうございます。」

「とっても似合ってて可愛いです!ぎゅってしちゃいたいくらいです!」

その言葉にどきりとするも、那月君は「しないので大丈夫ですよ。」といってほほえむ。

「睡蓮ちゃんは、この先もずっと結婚する人としかふれあえないんですか?」

「そうですね…それがしきたりですので、恐らくそうなると思います。」

私の力は強い。願うとその願いが叶うという力は厄介だったが、髪を切って神殿を出た今でもまだ僅かながら身体に力が宿っていると感じる。この力をむやみやたらに振りまく訳にはいかない。

誰かを幸せにするということは、他の人と差をつけることになる。

誰かが幸せになることは素敵なことだと思う。ただ出来ればみんなが幸せであってほしい。けれど幸せだと感じると言うことは、他の誰かよりも優越感を感じることに似ている。

だからこそ、気をつけなければならない。誰かが何かを得た一方で、他の誰かは何かを失うかもしれない。

強く願えば叶う。しかし願いを間違えると誰かの人生を壊しかねない。触れただけでもその力の一部が相手に流れてしまうかもしれない。もしそうなっても恐らくほんの少しの願いしか叶わない程度のものだろうが、それでも何かあってからでは遅い。


もちろん、力のことは内緒だ。


「ぎゅーってすると、温かくて幸せで嬉しくなるから、僕は大好きなんです。でも、睡蓮ちゃんにはできないから、よかったらこのクッションにぎゅーってしてください。」

さみしかったり、悲しかったり、辛かったら、ぎゅーってしてください。といって、那月君は笑う。

優しいなぁ。今日一日で何度そう思っただろうか。昨日今日と、那月は沢山の贈り物をくれた。しかも下心のない贈り物は、初めてだった。こんなにも優しい幸せもあるんだと蒼生は心から嬉しかった。

「睡蓮ちゃん、よかった。元気出たみたいですね!」

いつの間にか、那月君も幸せそうな顔をしていた。

木漏れ日の中、二人でにこにこと笑い合う時間は、永遠に続けたいと思った。


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