・縁
□5 求婚
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5 求婚
しかしそんな穏やかな空気になったのもつかの間、朱音が手に持っていた紙袋から一輪の白い薔薇を差し出した。薔薇には薄桃色の紙が結んであった。
「お姉様、皇様よりお預かりして参りました。」
その言葉に、ST☆RISH全員がはっとする。花を向けられた蒼生本人は今までのほがらかな笑みから一転し、驚嘆のせいか血の気のない顔をしていた。
朱音は辛そうな顔をしながらもその手を戻すことはせず、寧ろ先ほどよりもしっかりと突き出した。
「お姉様を苦しめたくはございません。ですが、お嫌でもどうかお受け取りください。」
そうはっきり言い切ると、蒼生の手に花を渡す。
蒼生は呆然としながらもなんとか受け取ると、震える手で結んである紙を少しずつほどいてゆく。
「白い薔薇なんて、ほんとやってくれるよね。会ったこともないくせに、睡蓮の何を知っているんだか。」
珍しく感情的というか、藍は腕を組み不機嫌丸出しで忌々しそうに花を一瞥すると、朱音に顔を向ける。
「中も、相変わらず?」
「はい、なかなか手強い相手かと。」
自分たちの知らないところでどんどん話が進むことにびれを切らした翔が、肱で真斗をつつく。
「なぁ、何がどうなってるんだよ。」
「あれは…その、だな、」
「恋文、だね。まだ家にいたときに聞いたことがある。藤崎の家の女性には、しきたりとして香を焚いた和紙に毛筆で和歌詠み、花と共にを贈る。中身はすべて家の者や教育係が検閲し、相応しくないものは本人に届けられず燃やされる。家が相手を認めるとその男は恋人候補になり、最終的には結婚する習わしがあるらしい。レディのような人だと相手に会うこともなく婚約が決まることもあるらしいね。」
「神宮司…!慎みを持て!」
「俺は事実を述べただけだ。」
「お願い…仲良くして。」
か細い声の主にみんながはっとすると、蒼生が青白い顔を苦しそうにゆがめていた。
「す、すみません。人の事情に踏み込むのはいかがなものかと思い、つい。」
「ごめん、レディを悲しませるつもりはなかったんだ。」
「真斗君もレン君も、お優しいのね。ありがとう。でも、喧嘩はよしてね。」
「睡蓮、皇ってもしかして…皇綺羅?」
音也の質問に蒼生は力なく頷く。
「レン君の言うとおり、お会いしたことはございません。」
「そんな…。」
音也が力なく言葉を発すると、蒼生は持っていた手紙をみんなにも見えるようテーブルに広げる。みんなが覗き込むように取り囲むと、ふわりといい香りがした。
「ヘビさんがたくさんいるみたいですね〜。」
「これは、相当お上手な手ですね。」
トキヤはそう言うと、筆跡をじっくりと眺め始めた。
「和紙も相当良いものを使っているな。」
「このお花、とってもステキです。」
「…花に罪はないけれど、あまり頂きたくないお花でした。」
蒼生が花にも意味を持たせているのだというと、レンは神妙な声で「私はあなたにふさわしい。という意味だね」とつぶやいた。
「なぁ、いったいどういうことなんだよ。」
翔は訳が分からないといった様子で頭をがしがしと掻くと、神妙な面持ちのメンバーを見渡した。
藍は見ていられないとでもいうように割って入り、蒼生の手から手紙をそっと抜き取った。
「『白花摘む 暁起きに おぼゆるは 見果てぬ夢の 末ぞゆかしき』朝早くに起きて白い花を摘んで思うのは、あなたと夢のような恋の続きが見たい。ってことだね。白い花はこの薔薇のこと。つまり睡蓮に対して、寝起きの朝からでさえも恋い焦がれているから恋仲になりたい。自分こそ相応しいからその思いに応じてくれってアプローチしてるんだよ。皇綺羅からの求婚ってこと。」
藍は言い終わると心底嫌そうに手紙を裂いてポケットにしまった。こんなにも感情を露見させる藍も衝撃的だったが、藍のとった行動はメンバーにとってさらに衝撃的だった。
「ですが本人に届けられたということは…家同士は認めたということでしょうか。」
「そうだね。ただ現代では多少本人の気持ちも考慮されるから、現状としては睡蓮はなんとか話を受け流してる。どちらにせよ上手に断るには皇家はかなり骨の折れる相手だね。家柄は全く問題ない。経済状況も。あとは、本人同士次第だね。」
「父は…私が折れて嫁に行くことをなんとか認めさせようとしているんです。」
返事を書きます。と、消えそうにか細い声で告げると、蒼生は朱音に庭からオダマキかキンギョソウをとってくるよう伝える。
その間に藍は蒼生の部屋から筆と硯を持ってきて墨をする。
「睡蓮、そんなにイヤなら返事をしなければよいのでは?」
セシルが心配そうに声を掛けると、真斗が首を振ってセシルの方を向く。
「そうはいかぬ。返事をせぬとなれば藤崎の家が皇家を相応しくないと拒絶したことになる。拒絶したのが藤崎さん個人だということが露見するとさらにやっかいなことになる。やりとりはああくまでも本人同士の問題ではなく、家の代表として行わなければならないからな。」
蒼生は目を閉じてずっとうつむいたままだった。眉間にしわが寄り、相変わらず顔色は青白いままだった。
しばらくすると、ふーっと長く細く息を吐き、そっと顔をあげて下ろしていた髪を緩く束ねる。ひとりそっとつぶやくように「紙を頂戴」というと、藍がほんのり薄水色に染まった紙を出す。
蒼生は藍のことを見もせずに受け取ると、流れるように筆を走らせた。それは本当に流れるような動作で一瞬の出来事だった。
面々が息をのんで見ほれていると、朱音がキンギョソウを持って帰ってきた。そして蒼生のしたためた紙を見ると、当然とでもいいたそうな顔をした。
「お姉様、お疲れ様でした。あとはお任せくださいまし。」
「朱音ちゃん、睡蓮ちゃんはなんてお返事したんですか?」
「『白露の 夕暮れ時に おぼゆるは うき世の中の 夢になしてよ』夕暮れ時の白い露のようにこのことははかなく思われるのです。このことは夢だと思ってお忘れください。ってお姉様はお返しになったのです。ちなみにこのお花はキンギョソウと言って、『上品さ・優雅さ・でしゃばり・お節介・ごまかし』といった意味があります。」
皇綺羅に品のあることは認めるものの、構わないでほしい気持ちが精一杯これでもかと表れていることに、メンバーの思考がようやく追いつく。
「朱音ちゃんも読めるんだね、これ。」
音也がつぶやくと、朱音は嬉しそうに笑う。
「そういったことは、みんなお姉様が教えてくださいました。」
「睡蓮は優秀だからね。付く姉によって妹の力量の差はかなりはっきり出る。朱音はひいき目無しで見ても、やっぱり睡蓮の血がはっきり反映されているよ。」
「なんか、いろいろと複雑なんだな…」
翔がそう話しながらも、藍や朱音はてきぱきと周りを片付けたり、花に手紙を巻いたりして重たい空気はとりはらわれるようにあっという間に終了した。
蒼生はうつむいたまま、やはり小さな声でつぶやいた。
「みなさん、お騒がせしてすみませんでした。藍、朱音、ありがとう。」
そう言い切ると、蒼生は座っていたソファーに深く腰掛けなおし、体を沈めた。
「私はこれから皇の家に届けて参ります。お姉様、藍様、皆様、本日はこれで失礼いたします。」
「朱音、せっかく来てくれたのに、お部屋にも案内しないでごめんなさい。またいつでも遊びに来てね。」
そういうと、蒼生は体を起こして朱音を近くに呼ぶと、その小さく白い手に可愛らしいリボンがついた鍵をのせた。
朱音は掌の鍵と蒼生の顔を何度も交互に見ながら、動揺を隠せず目を潤ませている。
「私の部屋の鍵よ。いつでも入ってらっしゃい。あなたは離れていても、私の立派な、たった一人の可愛い妹よ。それを忘れないでね。」
「はい、お姉様…いつまでも、どんなときも、どこへいても朱音のお姉様はお姉様ただお一人です。」
また、遊びに来ます。と言い切る前に、朱音の瞳からは堪えきれずきらきらと滴がこぼれる。蒼生はそっと指で拭ってやると、来たときと同じように朱音を抱きしめた。慈しむように、そっと頭をなでてやると朱音は蒼生にぎゅっとしがみついた。
「藍、心配だから…お願い。」
「うん、任せて。ボクもそうしようと思っていたから。」
藍は「表で待ってる」と声を掛けると、先に玄関に歩いて行った。
「ほら、朱音、みなさんが見てますよ。」
朱音はそっと蒼生から離れると、細い指で涙を拭いてST☆RISHの方を向いて丁寧にお辞儀をした。
「お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ございませんでした。今度はおいしいお茶菓子をもって遊びに来ますね。皆様、どうか姉様のことを宜しくお願いいたします。」
なんとなく、メンバーもつられて頭を下げると、その光景がおかしかったたのか、蒼生はくすくすと笑った。
「ほら、藍が待ってるわ。もうお行きなさい。」
「はい。ごきげんよう。お姉様、皆様。」
朱音は名残惜しそうにしながらも、来たときと同じように黒い髪をなびかせ、明るい笑顔で帰って行った。
去って行く後ろ姿を見た翔は、朱音の後ろ姿を指さした。
「睡蓮さんも、あんな風にロングヘアーだったんですか?」
腰までのびた朱音の髪を、蒼生は懐かしむように目を閉じた。
「ええ、私は特に、いっとう長かったわ。切ってからは頭が軽くて、未だに変な感じがするの。」
「見てみたかったです、きっとステキな姿なんでしょうね。」
セシルがうっとりしていると、周りもうんうんと首を縦に振る。
「写真で良ければ、辞める前に撮ったものがありますよ。」
「え!写真があるの!」
「それは貴重だな…拝めるなら、是非見てみたいものです。」
「そうですね、人に姿を見せないということは、その姿を知ることは出来ないと言うことですからね。」
「では、今度お見せしますね。」
わーい、やったぜーなんて声を上げながら音也や翔がはしゃぐ姿は、やはり何度見ても良いものだと、思いつつ、あの返事が今後波乱を呼ぶことになるとは、誰も予想していなかった。
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