・縁
□2 歓迎
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2 歓迎
わいわいとそれぞれが話をする中、突然音也が大きな声をあげる。
「そうだ!せっかくだから先生の歓迎パーティーしようよ!」
「そうだね、レディも来たばかりでまだ緊張しているから、お互いのことをもっと知るためにはちょうどいいね。」
「おっしゃー!そうと決まれば準備だ準備!」
「あ…そういえば、」
「どうしました?セシル君。」
「あの荷物は藤崎センセイと藍先輩でお部屋にあげるのですか?」
「たしかに…愛島さんの言うとおり男7人で運んでもなかなか大変だったあの量を、これから2人で部屋に運び入れて整理するのには骨が折れるでしょうね。」
「一ノ瀬の言うとおりだ。女性の部屋に入るのは正直申し訳ないのですが、事情が事情ですからもし藤崎先生がよろしければ我々が荷物の運び入れをお手伝い致します。」
「準備組と搬入組と分かれれば効率は良さそうだね。どうするアイミ−?」
先生いかがでしょうか。と真斗が直接蒼生に声を掛け提案すると、蒼生ははっとした顔をした後、藍に視線を送った。
「藍…あの…」
「藤崎さんが大丈夫なら、問題ありませんよ。」
「では…お手数おかけ致しますがお願いします。」
ふわりと上半身を折る姿は身体に染みついているのか、自然な動作だった。さらさらとこぼれ落ちた黒髪で顔は見えなかったものの、露わになった首筋がほんのり桃色に染まっていたせいで、蒼生が緊張のためなのか、顔を赤くしているであろうことはST☆RISHや藍にはすぐに察しが付いた。
「さすがに全員は多いから、三人でいいよ。ナツキ・ショウ・セシルはボク達と一緒に来て。」
「よし!さっさと片付けて!準備に合流しようぜ!」
「こちらの準備が整ったら、美風先輩に連絡いたします。」
「うん、よろしく。そうだ。マサト、ちょっと…」
藍は真斗を呼ぶと、他に聞こえないようこっそり耳打ちした。
「藤崎さんは刺激物や風味の強いものが苦手なんだ。」
「承知しました。その辺りはお任せください。」
真斗はすぐにトキヤ・レン・音也の元に戻ると、メンバーと共にメニューの考案に取りかかった。
搬入組は部屋に着くなり、藍から指示を受けて荷物を運び入れた。先ほど真斗が言い当てたように荷物の殆どは書籍だったようで、むしろ蒼生本人の私物は段ボール3箱しかなかった。とはいえ来たばかりだったこともあり、蒼生は先に寝室の整理に専念することにした。
一方藍はナツキ・ショウ・セシルを連れて寝室の隣にある書斎に取りかかった。
「三人には、本を棚に入れたり整理をしてもらうよ。手短に説明するから、よく聞いて。」
藍は本や資料の並び順、どこに何を置くか、注意点などを伝える。三人は藍が説明することを必死にメモしたが、なにせ普段の仕事では使わない知識だらけだったため、法則を理解するのに何度も藍に質問する羽目になった。
「あ、藍…ちなみにこの本、どのぐらいあんだ?」
「2538冊だよ。てきぱきやらないと夜になるからね。」
4人で手分けして作業を進めていると、寝室に籠もっていた蒼生は荷物整理が終わったのか、書斎に顔を出した。そして書斎部屋に入るなり、4人にマスクと白い手袋を渡す。
「遅くなってすみません。実は古いものは埃が酷いので、箱を開けるときは吸い込まないよう気をつけてください。それと、怪我をするといけないので手袋をどうぞ。」
「藤崎せんせい、ありがとうございます!せんせいは優しいんですね。僕は四ノ宮那月です。よろしくお願いします。」
那月はにこにこしながら手袋をはめ、マスクをする。
「俺は来栖翔です!よろしくお願いします!」
「ワタシは愛島セシルといいます。」
翔とセシルも順番に自己紹介すると、蒼生から受け取ったマスクと手袋を装着した。そして気合いを入れ直すと5人で一冊ずつ本を入れていった。
本と言っても種類は様々だった。辞書、文学書、文庫本、楽譜など、中には翔や那月、セシルにはなんだかよく分からない物も沢山あった。
「これ、フルートの楽譜ですね。藤崎センセイは、フルートがお好きなのですか?」
「はい、少しばかりですが、嗜んでおります…。」
「ファンタスティック!ワタシもフルートが吹けます。今度一緒に演奏しましょう!」
「ちょっと、おしゃべりはそこまで。続きは後だよ。」
藍に注意されてからというもの、那月と翔とセシルは先ほど取ったメモを参考にしつつ、藍の指示のもと箱を開けては中身を詰めていった。書斎だけでなく一階の書庫にも全てを詰める終わる頃には、白かった手袋はみな真っ黒になった。
「お疲れ様でした。お手伝いしてくださって本当に助かりました。」
蒼生はリビングで少し休憩にしましょうと言って、三人をリビングダイニングに案内した。そして緑茶を入れると、キッチンに併設してあるカウンターテーブルに出しみんなに座るよう促した。
「お口に合うか分かりませんが、よかったらあられもどうぞ。」
「あられかー。懐かしいな。いただきます!」
「あられ、おせんべいみたいです。おいしい!」
「ほんとです、おいしいです!あられさん、ちっちゃくて可愛いくて、食べちゃうのがもったいないです。」
3人でわいわいしている横で、藍は蒼生の方をむいた。
「荷物も収まったし、快適に過ごせそうでよかったよ。」
「藍が前もって準備してくれてたおかげよ。いろいろありがとう。」
蒼生はにっこりほほえむと、部屋を見渡した。
一階はキッチンとリビングダイニング、ピアノ、バス・トイレがあり、キッチンの向かいにある窓際には六畳の畳と床の間がおかれていた。二階は書斎と寝室で、どこもかしこも広々として清潔感があった。
「あんまりにも広いから、最初に入ったときはびっくりしちゃったわ。」
そう言うと、あられを食べていた3人も話に加わる。
「ここ、センスもいいしメゾネットタイプで良いお部屋ですよね!」
「一軒家のおうちみたいです!」
「窓からの景色も、お庭もとてもすてきです!」
蒼生はまだ慣れないのか、対応が少ししどろもどろだが、先ほどの作業を一緒にしたおかげか、最初のようなまごつきは無くなっていた。
「3人も、本当に親切にしてくださってありがとうございました。」
蒼生が御礼を言うと3人は照れくさそうにお互いの顔を見合わせて笑い、「またいつでも手伝います」と言った。
そんなとき、タイミング良く藍のスマホに連絡が入った。
「準備が出来たみたいだよ、3人は先に来てほしいって。」
「了解!うっしゃ!行こうぜ那月、セシル!藤崎先生、俺たち先に行ってます。またあとで!」
3人は御礼を言って出て行くと、準備組に合流した。長テーブルには綺麗なクロスが掛けられており、さながらパーティのようだった。
「うっわ!美味そう!」
「ファンタスティック!」
「今日は一人一つお重があるんですね〜。」
「ええ、この方が遠慮なく召し上がって頂けるかとおもってな。もちろん他にも色々用意した。」
「あ〜待ちきれないなぁ〜。マサの料理って本当にいっつもおいしそうだよね〜」
「音也、食べ過ぎはダメですよ。全く…貴方近々写真集の撮影があるでしょうに。」
「分かってるよ〜。でも今日は間食もしなかったからさすがにお腹ペコペコだよ。」
「あ…実は俺たち作業が終わった後先生にお茶をご馳走になっちまったんだよな。」
「なに、お茶をご馳走になったのか。」
真斗は料理のチェックをしながら声を上げた。
「そうなんです!すっごくおいしい緑茶とあられでした!」
「ピンクや緑のちっちゃいあられさん、とーっても可愛かったんです。」
セシルと那月は興奮冷めやらずといった感じだった。
「そういや、今日の料理も和食が多いんだな。」
「あ、あぁ…まぁな。たまには良いかと思って、用意してみた。」
わいわいと話を続けるメンバーを横目にレンは真斗にこっそり耳打ちした。
「聖川、俺の記憶違いでなければ…」
「あぁ、やはり気づいていたか。俺も何となくそう思っていた。」
「それで、和食ってことか。」
レンはフッと笑うと、納得したように頷いた。
「俺たちが搬入に呼ばれなかったのは、アイミ―の策略、だろうね。」
「神宮司、それは言い過ぎだ。ただ、俺たちとは特に近くにいて欲しくないのかも知れんな。」
「さっきから、お二人で何をこそこそと話しているんですか。」
トキヤが割って入ると、他のメンバーもそれに気づいたのか、こそこそと話す真斗とレンに注目していた。しかしそんな空気を打ち破るように、丁度藍と蒼生が会場に現れた。
7人はすぐに二人を席に座るよう促し、全員がグラスを持つと音也がグラスを掲げて音頭を取った。
「それでは、寮に新たなメンバーが増えたことを祝って〜」
「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」」
9人で食卓を囲みながら、わいわいと食事が進む。蒼生の席近くのテーブルには優しい味付けの和食が小さな小鉢に並べられていた。自分で取って食べるのはあまり得意ではなさそうだと判断した真斗が気を利かせて用意していた。
「先生、お口に合いますでしょうか。」
真斗が控えめに声を掛けると、蒼生はおっかなびっくりしながらもしっかりと受け答えをした。
やはりしどろもどろ感はぬぐえないが、とりあえずはなんとか会話を成立させていた。
藍はそんな二人を横目で見ながら、なんとか蒼生がここでうまく暮らして行けたらと何度も何度も頭の中で繰り返し同じ事を思っていた。何度シュミレーションしても問題は無かったはずなのに、蒼生はの言動や周囲の様子をしつこく確認してしまう。
真斗は真斗で、返事を返してくれる蒼生に少しほっとしたのか、どんな食べ物が好きか好みを聞いている。それに乗じて先ほどのお茶の話をしている。
「先ほど、すてきなあられを頂いたとメンバーから聞きまして。」
「あ、はい。あの、麻布にあるお店のもので…」
「あぁ、あそこのはお茶請けにはちょうど良いですよね。彩りも大変細やかで美しいのが印象的です。」
おそらくこの二人はいろいろと好みが合うだろう。藍はそれも調査済みだった。ただ、蒼生のことを一番よく知っているのは自分で、これから先もずっとそうだと思っていただけに、今回の蒼生の人生の選択はエラーが起きそうな程処理に時間がかかった。
わざわざ自分から見えない渦に飛び込もうとする蒼生のことが、藍は分からなかった。
神社で穏やかに静かに暮らしていた方がよい…というのはあくまで危険に遭遇する確率の話だ。蒼生本人の望みや自由のためにその環境はかえって毒だ。今は、そのことを理解している。一番に理解したいと考えていた。
蒼生のことは、自分が一番の理解者でありたい。外に出たいという気持ちをくみ取り、一番安全で安心して、それでも望む自由が出に入るにはどうしたらよいか、必死にシュミレーションした。結果、恋愛禁止のこの事務所の寮に住まわせるということになったのだ。
蒼生の兄たちも自分たちのように神社に縛られるべきではないと様々に手を打ってくれた。
最初は藍も蒼生と一緒に住もうかと思ったけれど、それだと蒼生は本当の意味で自由にはならないし、なれないと気づいた。恐らく一緒にいれば、蒼生はさっきのように自分に伺いをいちいち立ててしまうだろう。それでは意味がない。自由ではないのだ。
そう思っていた矢先、藍は蒼生から遠慮がちに声を掛けられた。
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