・No one…
□#9
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大和は余程のことがない限り毎日朔を見舞った。他のメンバーやTRIGGER、Re:valeも時間を見つけては朔を見舞った。
手を握ったり、話しかけたり、CDをかけたり歌ったりもしてみたが、朔の反応はなかった。
それでも朔を覆っていたガーゼや包帯は少しずつ量を減らし、繋がれているコードやチューブの量もだいぶ減った。
「まさか、こんな光景をまた見る日が来るとは思わなかったよ」
Re:valeが少し話がしたいということで、急遽集まると、千がぼそりと呟いた。万理が何とも言えない顔をしたのを見て、間に挟まれた百までも沈んだ顔をした。
「あの時とは違うけれど、万は朔から目を離さないほうがいい。ベッドにいた手負の患者がいつの間にか病院から逃げ出すなんてこともあるからね」
「蒸し返すなよ。昔のことだろ。悪かったって」
「ICUや病室に入れない辛さがおまえに分かるわけないだろ。家族じゃないってだけで、家族より信頼している相手に近づくこともできない。もし今モモが同じようになったらと思うと……ねえモモ、やっぱり今からでも養子縁組しない?」
「え、それ今言う?!」
「僕は本気だよ。言ったろ、名字あげるって。もしくは僕が春原になってもいい」
「ひ、ひぃぇえええっ……ユ、ユキさ……」
「ともかく、朔は面会謝絶ってわけじゃないけど、この先もし万が一容体が急変した場合、ここにいる誰も彼女に指一本触れられなくなる。彼女の運命さえも決められない。手を握ることも、声をかけることも許されない」
「なるほど……二階堂さん、この際朔さんと婚約されてはいかがでしょう。婚約者ということになれば、今より多少マシになるのでは?」
「甘いよ。法的根拠がない関係は他人だよ。結婚しちゃえばいい。君たちはそれができる」
「えっ……でも……待ってよユキ、それは流石にヤバくない?それに本人眠ったままだし」
「勝手に書いてハンコ押して、出しちゃえばいい。もしくは作っておいて、万が一の時は病院にそれを見せればいい。どうせ筆跡なんかわかりっこない」
「ユキ……マジ過激」
「モモが女の子だったらそうしてる。いや、その前に多分結成するってなった時に結婚してる」
「ユキぃ?!」
「Re:valeさんの夫婦漫才はともかくとして、二階堂さんの考えを聞かせてください」
「そんな大事なこと…俺一人で決められるわけないだろ。」
「ですが千さんの言うことにも一理あります。なにより今はそうするのがベストかと」
「俺と朔のことだ…俺と朔で決めたい……せめて……ごめん、もう少し時間が欲しい」
「大和くん、大事なものは手からすり抜けないように、しっかり掴んでおきなよ」
翌日、大和はかつて朔に贈った指輪を事故の時に引き取った荷物から抜き取ると、病室に向かい朔の薬指に嵌めた。
「こういう時ってさ、主人公ってさっぱり目を覚ますものだと思ってたんだけど、案外そうでもないもんだな。もし自分は主人公じゃないなって遠慮してるなら、早くその遠慮ひっこめてくんない?それとも……やっぱキスしないと、お姫さまって目を覚まさない?そんなことないよな。キスなんか来るたびにしてるもんな。朔。愛してる。俺は、昔、ずっと誰かに心の底から愛されたかった。俺を…そのままの俺を愛して欲しかった。仲間と出会って、自分を少しずつ認められるようになって、回り道もいっぱいしたけど、俺はIDOLiSH7と今の俺が好きなんだ。愛して欲しくて、認めて欲しくて、でも、他人からのどんな賞賛でも埋まらない孤独を、ずっとずっと抱え込んできた。その穴は知らず知らず大きくなってて、自分自身を飲み込もうとしているなんて、気づかないくらいにとんでもない大きさになってた。自分で自分を認めない限り、その闇は乗り越えられない。ずっと乗り越えられたと思ってた。でも朔に出会ってから、俺はもっと変われた。朔は、自分の気配はいらない、曲を愛してほしい。でも自分は誰かを精一杯愛したい。目の前にいる大切な人たちを自分の曲を使って愛したい。ってよく言ってたよな。それは、朔が愛されることが幸せだと知っているからなんだよな。朔ができる、1番愛してる人に愛を届ける方法が、音楽なんだよな。言葉を超えて、みんなを一度に愛す方法だから、朔は音楽に対して真剣なんだろうな。朔はさ、きっと世界中渡り歩いて、色んな人に愛されて大事にされたんだろうな。たくさん故郷があって、たくさん心の底から信頼できる仲間がいる。それでも俺を好きになってくれて、俺も朔に愛されて、朔を愛して、毎日幸せなんだ。だからこれからも…俺に朔を愛させて」
どうして朔が「Danny boy」を歌わせたがるのか。今ならわかる。今ならこの曲を、誰よりもより理解して歌える。大和は心の中で朔の歌うDanny boyを思い出す。
朔が起きたら、イギリスに帰ろうって言おう。
朔は、誰よりも家族を欲している。帰る場所を、必死で探して歩いてきた。
知っていたのに、ずっと目を逸らし続けてきた。
でも今度こそ、朔が帰りたいなら帰そう。それが例え、自分の側でなかったとしても。離れていても、愛することはできる。
大和はその足で事務所に行き、社長、万理、紡に朔と一方的だが婚約した件を伝える。
「俺の勝手ですが、朔と婚約しましたので、今日から夕凪朔の婚約者として振る舞います」
「……わかった。何かあればすぐに大和くんに伝えるよ。事務所は大和君も朔君も、きちんと守るよ」
「ありがとうございます。それと、社長と万理さんにはこちらにサインをいただけますか」
大和は埋められた婚姻届を出すと、社長と万理に深々と頭を下げた。
「わかった。書こう。でもこれは練習だから、朔君の目が覚めて、本当に提出することにしたら、その時は改めてサインさせてほしい」
「分かりました。その時は改めてお願いします」
「社長……いいんですか?」
「大和君が一番分かっているはずだよ。彼はこれを悪用したりしない。最後の切り札として、絶対に使いたくないジョーカーとして準備をしているだけだよ」
「万理さん、お願いします」
「分かった。これを使う時がないことを、心から祈るよ」
「俺もそう思っています。朔が早く目覚めて、また万理さんを困らせる日々が来ることを祈ってるんで」
「そこはちょっと祈ってほしくないかな〜アイツ中々わがままなんだよなぁ。人の服勝手に持っていくし。本当、おかしいよね」
「じゃ、朔が起きたら服買いに行きましょうよ。人の借りなくても済むように」
「そうだね」
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