・No one…
□#4
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歌い終わると満足そうに笑うTRIGGERに、流石に何も言わないわけにはいかなかった。
「今までの君たちを見ていて、意外と悪くないなと思ったよ。楽は意思がはっきりしていて正直でまっすぐなところは好感が持てる。天はさすがだね、色んな理論をよく理解している。龍之介は優しく強く支えているのに自由だ。ただ……うん……3人とも共通してるけど……楽は売り出してるイメージよりも男気があるというか……印象が随分かわる。天、君はなぜ歌う。君は、本当は誰のために歌う?本当の心は隠してもいい。でも嘘は伝染する。嘘は匂うからね。そういう意味では龍之介が1番厄介だな。見えそうで見えない。龍之介は海みたいだな。深くて果てしなくて、愛情深いけれど、君はそういう売り方をしていないんだよね?そうなると……困ったな。偽りの曲は書かないんだ。書かないというか、書けないんだ。ツギハギだらけの何かにしかならない。君は……君たちは誰なんだい?なぜ歌う?TRIGGERは……一体何者なんだろう?」
「そんなごちゃごちゃ考えるなよ。朔、俺たちは絶対後悔させない!俺たちの手を取れよ。俺たちに曲を作ってくれ!」
「楽……曲を作れなんて簡単に言うな。それとも君たちはそんな軽い気持ちでTRIGGERをやってるの?」
「そんなわけないだろ!」
「なら、ちゃんと考えるんだ。書いてよこせと望むのは自由だがそれは自分から従僕になることを申し出てるようなものだ!自分で曲が書けなくても、せめて、どんな曲が歌いたいとかこんなかんじのがいいとか言えるだろう?絆を賭すほど、TRIGGERに恋するほどTRIGGERを大事にしてるなら、人に色を決めさせるな!作詞作曲で君らをどうにでもできるんだ。売り出し方や見せ方を人に決められるのが君らのやり方じゃないなら、それを証明してみろ!」
思うまま正直に告げたにもかかわらず、TRIGGERの3人は言い返してくることはなかった。自分の中の血がものすごい勢いでドクドクと流れて止まらない。このままじゃおかしくなると思い、立ち上がって深呼吸する。林からはヒノキとマツの香りが、川からの風に乗って流れてくる。
こんなに激昂したのは久しぶりだった。
「あはははは!そりゃ災難だったな〜!でもTRIGGER相手でも朔は朔なんだな〜」
三月は手元のトングで手際よく肉をひっくり返していく。その度に油が炭に落ちて香ばしい香りがあたりに広がっていく。
「笑うなよ、和泉兄。ぶっちゃけやっちまったと思って肝が冷えたんだぜ」
「でもよー、サクっちがそんなに怒るなんて、めずらしくね?」
「そうだね……いつも冷静に、淡々としてるイメージだよね。違うと言われることはあっても、諭されるような感じだし意外かもしれないね」
「そーちゃんも結構意外性あんよ」
「逢坂さんのギャップはともかくとして、朔さんは……相当心身に応えたでしょうね」
「えっ、だから夕飯にいないってこと?どうしよう、俺たち謝りに行ったほうがいい?」
「十氏、ノープロブレムですよ。ヤマトが話をしています。終わって心の整理がついて、クールダウンしたら、降りてくると約束しました」
「ね、それより、誰がどんぐりころころ歌ったの?」
「ボクだよ。陸は何を歌ったの?」
「俺もどんぐりころころだったよ!」
「じゃあ、君たちも歌ったんだね。”Danny boy”」
「うん。歌ったよ。天にいたちも……歌うんだ?早いね……俺たち、歌わせてもらうのに1週間かかったのに」
「そう。それで、できればIDOLiSH7のDanny boyを聞かせてほしい」
「残念ですが、それはできません。朔さんから、TRIGGERに頼まれても絶対聞かせてはいけないと釘を刺されています。多分…その…」
「何?言ってよ、和泉一織」
「朔さんは、TRIGGERはベストを尽くすために正解を探しにくるから、貴方たちに影響を与えないようにしたいんだと思います」
「なるほど。朔に読まれていたってことか。じゃあさ、俺たちが歌うから、それを聞いてもらうのはいいかな?」
「どうしよう……いいのかな」
「わかりません……ですが、ダメと言われてはいません。六弥さんはどう捉えますか?」
「問題ないと思います。ただし、私たちがTRIGGERに感想を伝えるのはNGですね」
「それでもいい。聞いて欲しい」
「朔、落ち着いたか?」
「……今日は、冷水、浴びたい。川でも、海でもいい……」
「うん、そっか。まだドクドクしてる?」
「わかんない……血が……流れる音が、耳について……Danny boyが聞こえる」
「え……アイツらまさか!」
「違う。歌ってるのは、TRIGGERだ」
急いで窓を開けると、3人のハーモニーが風に乗ってやってきた。
意外だった。
意外な、歌い方というか……この3人、とんでもない引き出しの数を持っているのかもしれない。天は留学していたから、歌詞の解釈はおそらく彼がしたのだろう。だとしても……1人でここまでは染められない。
TRIGGERは……天は、楽は、龍之介は、もしかしたら思っていた以上……いや、最初から見ているつもりで見ていなかったのか、見えていなかったのか。どちらにせよ、彼らを見落とさなくてよかったと安堵する気持ちは疑いようもない。柔らかく温かく、けれどどこか寂しくも懐かしいメロディが夏の夜風に乗って流れてくる。
「あぁ……帰りたい……」
「え?朔今なんて言った?」
「……下に降りよう」
ものすごい勢いで流れては鳴り響いていた血潮は、いつの間にか落ち着きを取り戻したらしかった。
「あ、朔!」
「ごめんね、お待たせ」
「大丈夫か〜?TRIGGERとやりあってのぼせたんだろ?」
「そう。マグマがものすごい勢いで熱せられたせいで対流が激しくなって…」
「うーわーもー難しいこといいから!サクっち!肉たべろよ!食わねーとみんなおれが食べるからな!」
「環くん、野菜も食べようね。朔さんの分もちゃんとあるので、安心してください」
「ありがとう環、壮五。お腹すいたなぁ。いい匂いだね。でもその前に一曲いい?」
「朔歌ってくれるの?わーい!」
「こんなにジュージューいってる中で歌うのか?」
「いいんじゃないの?本人がいいって言ってるんだし」
「おつかれ大和さん。なぁ、朔は本当に大丈夫なのか?」
「本人は大丈夫だってさ。ただ、今夜は湯船に浸からせるのはムリだな」
「歌っていい?」
「わー待て待てちょい待ち!せめて今焼いてるもの引き上げてからにしてくれ!炭になっちまうよ!」
「ね〜朔何歌うの?俺隣にいてもいい?」
「いいよ。陸おいで。歌うのはDanny boyね」
「えっ……」
「お待たせ!」
三月が座ったのを確認すると、背負っていたギターを回して抱え込む。イントロはいらない。柔らかな風がざあっと吹き抜けたのを合図に、歌い出す。
帰りを待つ、残された人の心。あの場所から出てきたのは自分なのに、あの丘や草原や崖が頭から離れなかった。呼んでいる……呼ばれている。歌っている間中、そう感じてやまなかった。
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