・No one…
□#3
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天が雑草を抜いて綺麗にしてくれた庭で火を起こし、龍之介が取ってきたアジを串に刺して塩焼きにする。
4人で鯵をおかずに、大和と三月が持たせてくれたおにぎりを食べた。
「なぁ……朔はなんでこんなとこに合宿所なんか作ったんだ?」
一通り食事が済み、残り火をいじっていると楽がじっとこちらを見つめてきた。なんて切り出そうかなと考えている間も、楽は視線を逸らすことなくじっとこちらを射抜くように…元々の目力もあるだろう。こちらを見ていた。
「ここは、教会の孤児院から引き取られてから、初等部に入るまで暮らしていた。保護者が亡くなったときに、ここは既に夕凪朔への名義が変更されてたんだ。でも面倒臭くて……色々直視できなかったというか受け止めきれなかったというか……ともかく放っておいた。そのままあちこち放浪して、日本に帰ってきた時にここの存在を思い出して、きちんと処分しようと思ったんだけど……まぁ、色々事情が変わった。手放すのをやめて、改築とリフォーム入れて綺麗にしたんだ。IDOLiSH7と、NOneのために。缶詰になれる場所があるなら、使おうかなって」
「そうなんだ…あ!そういえば俺も天に借りてアルバム聞いたよ!なんだか故郷を思い出すみたいな懐かしい気持ちになったよ。他にも落ち着いたり、あったかくなったり、ちょっと淋しくなったりして、なんだか新鮮だったなぁ」
「そう。気に入ったなら是非買って欲しい。売上の一部は日本の貧しい子たちの支援に使うから」
「分かった。帰ったら買うよ」
「俺は買ったぜ」
「そう。ありがとう。それで?」
「よかったぜ。ただ夜に聞くとソファで寝ちまうから、あんまり聞くタイミング掴めねぇんだよな」
「ベッドで聞けばいい。タイマーをかけて切れるようにしておけば問題ない」
「んなことできるかよ!ちゃんと聞きたいじゃねぇか」
「でも結局寝落ちて、ボクか龍に起こされてるでしょ」
「んだよ…仕方ねぇだろ。身体から余計な力が抜けて寝ちまうんだよ」
この3人は、意外と仲が良いというか、テンポが合うらしい。割とバラバラで独立してる感じがしたのだが、そういうわけでもないらしい。
「今日は色々手伝ってくれてありがとう。助かったよ。さて、本題に行こう。曲を書くかどうか決めるためにも、一度きちんと生で君たちの歌唱を聞いて見ておきたい」
「分かりました。楽、龍、準備しよう」
「何もしなくていい。このままここで、アカペラで聞かせて。ひとまずそうだな…天はどんぐりころころ、楽はきらきら星、龍は蛍の光でいい?」
「え?」
「は?」
「な、なんだって?」
「龍はてぃんさぐぬ花でもいいよ?」
「えっ…あ、じゃあそれで!」
「いや待てよ!なんでTRIGGERの歌じゃないんだよ!」
「IDOLiSH7と初めて会った時にも、1人ずつやってもらった。シンプルな童謡なんかは、歌の実力がわかりやすい。歌い手の音程の癖や解釈なんかの歌唱力も分かる。さて、誰から歌う?」
「2人は下がって。まずボクから歌う」
「お、おう…」
天は一呼吸置くと、どんぐりころころを歌い始めた。丁寧に、でもきちんと童謡ということを踏まえてやや明るめに、楽しそうに歌う。音程やリズムを忠実に守るところは流石だった。歌うことも、歌も好きなのだろう。もしくは…陸にもこうしてたくさん歌って聞かせたのだろうか。
「どうでしたか?」
「うん。よかった。ありがとう。もう一曲歌ってほしい。一巡したらまた歌う曲を言うよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「じゃ、次は?」
「俺が行く。きらきら星だな。朔を宇宙に連れて行ってやるぜ」
楽がきらきら星は…自分で頼んでおいてアレだが、かなり違和感があった。ただ、意外にも楽しそうに伸び伸びと歌うので、最後はあまり違和感がなくなっていた。楽の場合、人としての先入観が強すぎたらしい。楽も音程がしっかりしていた。曲の解釈は少々独自性が強いが、これはこれで個性だろう。宇宙に連れて行くという宣言を考えれば、アリかもしれない。
「どうだ?」
「宇宙の意味が分かったよ。楽も後でもう一曲歌って」
「ああ、何度でも歌うぜ。よし、龍もいけ!」
「うん。まかせて。故郷の歌だからね。なんだか不思議な気分だよ」
流石に歌い慣れているだけあって、龍之介は上手だった。独特の節回しまで上手につけて、真心をこめて歌った歌からは、太陽と潮の香りがした。
「うん。いいね。昔1ヶ月だけ沖縄にいたんだけれど、その時のことを思い出したよ」
「本当?朔は沖縄にも来てたんだ!」
「1ヶ月、住み込みでサトウキビの収穫を手伝ったよ。いい人たちだった。その人たちに沖縄民謡や三線を教わった。さて、今から1人に1曲ずつ、1回だけ歌うから、頑張ってその場で覚えて。歌詞が無理なら、音だけでもいい。覚えて歌ったのを聞かせて。じゃ、天から始めよう」
可哀想ではあるが、これもIDOLiSH7と出会ったばかりの頃にしたテストだった。1回聞いてどこまで理解できるのか。3人が聞いたことのないような癖の強い聖歌や外国の民謡を歌う。流石にそれぞれ苦戦していたようだが、3人とも、なんとかまぁそれっぽくは歌えた。その中でも天はこの手の訓練をしっかり受けた形跡が見られた。
「大体わかった。ありがとう」
「作ってもらえるか、曲」
「どうかな。そう簡単には……決められない。何より、まだ生でTRIGGERの曲を聞いてない」
「ということは、ボクたちの曲も生で聞く気があるんですね」
「まあね」
天が小さくガッツポーズする横で、楽と龍之介がハイタッチを交わす。
「なぁ、まだ生で聞いてないってことは、音源は聞いたってことだろ?どうだった?」
「一曲を除き、とてもよかったよ」
「……そっか」
「心配しなくても、経緯は聞いてる。気にしなくていい。ただ……同じ事件は、絶対に、二度と許さない」
「ボクたちも同じ気持ちだよ」
「そう。それは良かった」
「そういえば、朔は歌詞もつけるんだね!」
「そうだね。曲に歌詞が必要なら付けるようにしてる。全然違うものになったらちょっと気持ち悪いからね。多少の修正なら譲歩する。さて、そしたらTRIGGERの曲を1曲、聞かせてもらおうか。曲は何でもいい。ただしアカペラで、ワンフレーズだけ。何をどう歌うか、5分で決めて」
TRIGGERは、思っていたよりもしっかりしていた。全員が当事者意識を持ちつつも、馴れ合わないがベストを尽くす選択ができるようだった。歌う曲をパッと決め、どこのフレーズをどんなふうに歌うかをあっという間に決めると、5分経つ前に歌いたいと言ってきた。
一瞬、もし、先に彼らと出会っていたら……なんて考えが頭をよぎった。
もしもの話なんかしても、意味なんかないのに。
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