・No one…
□7 Penalty
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7Penalty
「サクっちの鬼!」
「環くん!そんな言い方しちゃダメだよ!」
あの日から、MEZZO"は毎日毎日仕事の合間を縫って曲に取りかかっていた。
アレンジを終えて歌った物を持っていくも、朔からはなかなかOKが出なかった。何が原因かがはっきりするならまだしも、それを指摘しない朔に対して環は苛立ちが募り、壮五は神経をすり減らしていった。
「やめる?」
「やめません。絶対に。どんなに時間が掛かってもやめませんし諦めません。僕はこの曲が好きです!」
「俺も。ぜってーやめねえから。俺だって、この曲好きだから。」
「そ。あのさぁ、二人とも、これどこで歌いたい?」
「やっぱ音楽番組?」
「あー、そう。ふぅん。質問を変えよう。この曲でどんな景色をイメージする?自然と口ずさみたくなるような場所ってどこ?この曲は、絞り出すように歌う曲じゃないよ。もっと愛して、ちゃんと見て。壮五、環。君たちは何を見て美しいと思うの?壮五、理屈抜きで感じるんだ。ごちゃごちゃ考えない。環、ちゃんと感じたことを言葉にするんだ。何となくじゃ何となくにしかならない。」
「はい…。」
「うす。」
「結構しごかれてんな。ソウもタマも大丈夫か?」
「あの日から結構経つもんなぁ。もしかして俺たちもああなるのかな…。」
「かもなぁ。まぁそりゃ確かに骨も折れるよなぁ。お、Re:valeは新曲か。」
陸と一織、そしてナギが見ているテレビからはRe:valeのインタビューが流れてきていた。
「今回の新曲、あのNOneが書いたんだって?」
「そうなんですよ。ある日突然事務所に郵便で送られてきて、驚きました。」
「ねー!季節外れのサンタクロースだって思いました!めっちゃ嬉しかったんですよー。この番組見てるかなぁ?どこにいるか分からないですけど、ありがとうございます!ありったけの愛と情熱込めて歌います!あ、日本語で伝わるかにぁ?サンキューグラッツェえーとえーと、まあ!というわけで、俺たちの新曲聞いてください!」
「おいまじかよ……。嘘だろ。」
大和が絶句する横で、三月は手に持っていたむきかけのジャガイモをシンクに落とした。
ごとりと鈍い音がしたが、三月はジャガイモには目もくれずテレビに釘付けになっている。
「待ってください…この間の曲とは全く違う物に聞こえますが…。」
「でも、メロディーや歌詞は同じです。…美しい。」
「すごいね。歌う人が変わると、曲ってこんなに変わるんだね。」
「それは違うよ、陸。」
「朔!えっ、なんで?どういうこと?」
「人によるけど、作曲は透明な物を見える形にするのが仕事。色を付けて染め上げるのは、歌う人の仕事。この曲は良い色に染まったね。これでもうあの曲はRe:valeの、千と百だけの物だ。」
「なるほど…MEZZO"が苦しんでる正体はこれでしたか。」
「一織はいつも勘が鋭いね。さて、白いキャンバスをもらったことが分かった壮五と環なら、二人の色に出来るはずだよ。ね?」
朔はくるりと二人の方を向くと、何かを掴んだのか、二人は黙って首を縦に振った。
その数日後、MEZZO"は無事朔からOKを勝ち取りレコーディングに入ることが出来た。
「死ぬかと思った…サクっちマジ容赦ねーんだもん。」
「でも、かなりブラッシュアップできたよね。歌うことの意味とか、曲をどう捉えるのか、感覚的にも技術的にも分かったから、殻を破るいい経験になったよ。」
リビングで伸びている環の足下には朔が買ってきたご褒美の王様プリンの空き瓶が3つ転がっていた。
「朔もお疲れ。」
「ありがとう三月。これ、おいしいね。歯触りがいいから箸が進むよ。」
「おー、それ自信作なんだ。もっとあるから沢山食べろよ。そんなほっそい身体じゃまたすぐ具合悪くなるぞ〜。」
「んん、三月のご飯はおいしいからね。もう少し成長できるよう善処しよう。」
「おー、そうしろそうしろ!ってそれ以上縦に成長されると俺立つ瀬がないんだけど。そういや朔って陸とあんまり身長変わらないよな。というわけで俺に少しくらい分けてくれよ。あ、大和さんビールまだあるけど今日はもういいのか?」
「あー、今日は俺もワインでいいや。」
あの日以来、大和は時々晩酌に誘ってきた。
ワインの方が好きだと告げると、その日から冷蔵庫にワインが常駐されることになり、一緒に飲むときは大和も同じ物を飲むようになった。
好きな物を飲んだらいいと言ったが、「酒ならなんでもイケるから」の一言であしらわれてしまった。
毎回、飲んでも二人で一瓶だった。特に何について話すでもなかったが、割と皆の寝静まった深夜に台所の電気だけ付けて細々と飲んでいた。
そして時々、今日のように三月が加わった。
壮五が加わったこともあったが……おそろしくとんでもない酒乱だと分かってからは、積極的に誘わないようにした。
大和との酒盛りは、いつも静かだった。話をすることもあったが、大概一本開けると自然とお開きになった。
これまでも色んな街で色んなお酒を色んな人と飲んできたが、こんなにも無防備に安心してお酒を飲むのは初めてのことだった。
多分…大和の存在が大きいのだと、自分でうすうす感づいてはいた。
この感情が、なんなのかも。それがあまり良いことはないということも。
その気持ちに気づいたのは、寝込んでいた頃だった。
大和は、皆が出払っている昼間におかゆを作ってくれたことがあった。
これが、意外にもおいしかったのだ。
その旨を伝えると、彼は…ものすごく嬉しそうに笑った。
屈託なく、自然と笑うその顔は、普段見る大和とは随分違って見えた。
グループのリーダーでもなく、俳優でもなく、年相応の…ありのままの大和の顔だった。
初日に見たあの瞳も、慣れたからなのか、今ではすっかり恐怖を感じる物ではなくなっていた。
時々何かを洞察する時にあの目を見かけることがあったが、あまり開けっぴろげにはしないようにしているようだった。
その後も彼は、夜中に眠れないでいると白湯を持って来てくれたり、何も言わず、ただ傍にいてくれたことが何度もあった。
そんなことが続いたものだから、傍にいないのを、いつしか寂しいとさえ感じるようにもなっていった。
ああ、どうしたらいいんだろう。
今までこんなにも、自分の鼓動が耳に響いてうるさいと感じることがあっただろうか。
「あれ?おーい朔〜…寝ちまったか?」
「疲れてんのかもな。ってか朔も人前で寝落ちたりするんだな。なんか…意外って言うか、来たばかりの時には考えられなかったよな。」
「ま、それだけ俺たちを信用してもらえるようになったってことでしょ。はー、やれやれ、仕方ないから部屋に運んでやりますか。」
大和は朔の手に自分の手を添えると、朔の手からグラスを剥がすように一本一本慎重に指を外していった。指を外し終わると、そのまま朔のグラスの中に残っていた赤ワインを飲み干し、朔の身体をそっと横抱きにした。
部屋に鍵が掛かっていないことをとっくに知っていた大和は、朔を起こさないよう扉を開けると、部屋の奥にあるベッドに横たえた。
「ん…。」
意外にも強い力だった。
いつの間に掴んだのか、離れようと思ったら服が引っ張られ身体が戻される。
真正面には朔の寝顔がある。
この体勢は、まるでベッドに組み敷いていると錯覚するようなものだった。
「おーい……お兄さん、責任とらねえよ?」
聞こえているのか、いないのか。朔の薄い唇からは、言葉にならない呻きが漏れる。その色っぽい呻きに、つい唇を重ねたい衝動に駆られる。
それを、なんとかぐっと堪える。
ここでしたら、卑怯だ。
その代わり、起きたら死ぬほど後悔すればいい。
大和は朔に掴まれている服を脱いで腕の中に抱かせると、そのまま部屋を出た。
一晩を共にするのが、自分じゃなく自分の抜け殻だということに思わず自嘲的な笑みが零れる。
明日の朝、自分が男の服と共寝したことを知ったら朔はどんな顔をするだろうか。
少しは、俺のことを意識してくれるのだろうか…。
大和がリビングに戻ると、三月が後片付けをしていた。
手伝おうと思い近寄ると、三月がおもむろに口を開いた。
「なぁ、朔のこと好きなのか?」
「ミツ、酔ってるとはいえ今のは聞き捨てならないぞ〜。」
「違うなら、さ。あんまり構うなよ。」
「なんだ嫉妬か〜?」
「違う!いいか、俺たちはアイドルなんだ。それにあの人は…本当なら俺たちが手の届かない世界的な作曲家だ。どっちも恋愛は…どっちにとっても、なんていうかさ……ダメだろ。」
三月の言うことは、正論だ。
それでも大和は自分の中で見ない振りをしてきた部分に急に触れられ、動揺していた。
「俺はまだしも、どうしてミツが朔の恋愛にまで口出すんだよ。アイツが誰を好きでも別に関係ないだろ〜。」
「よくないし関係あるから言ってるんだよ。好きになってからじゃ遅いから言ってるんだ。大和さんなら惚れさせるくらい朝飯前だろ。」
「っ…!物事が、いつもそんなに都合よく上手くいくかよ!」
持っていた台布巾をテーブルにたたきつけると、怒りにまかせて部屋に戻った。
音を立ててドアを閉めると、真っ暗闇の中に一人きりになった。
悔しくてそのままじっとつっ立っていると、水音が聞こえた。
俺が誰を好きになろうと、それは誰にも関係ない。
朔が誰を好きになろうと、それも誰にも関係のないことだ。
俺にも、関係のないことだ。
それが悔しかった。
音が止んだのをきっかけに、大和は部屋から出て台所に戻った。
「ミツ、俺が悪かった。」
「…毎回それくらい素直だといいよな。おっさん。」
「年取ると難しくてね。」
「別に二人のあれこれにまで反対はしねーよ。ただ、さ。なんていうか…朔は世間に正体知られたくなくてあんな風に生きてきたのに、大和さんと付き合ったりしたら…そうでなくともNOneの正体を知りたいって思っている人はごまんといるはずだ。俺はそれが心配だっただけだよ。ま、余計なお世話なんだろうけどさ。」
「そうだよな。俺も考えたよ。それでも好きなんだから、好きなヤツに好きになって欲しいだろ?」
「だな。俺も多分そうするわ。」
目が覚めると、嗅いだことのある匂いが鼻をかすめる。
一体何だと思って起き上がりぎょっとした。
腕にしっかりと抱きしめていたのは、昨日大和が着ていた服だった。
そういえば、昨日後片付けをした記憶がない。
時刻は午前10時。
耳を澄ましても、物音一つしない。
みんな、仕事や学校に向かったようだった。
とりあえず洗面所に向かい、洗濯機に服を入れる。ついでに着ていた物も脱いだ。
あんなに濃い香りを残したまま、着続けることなんてできない。
周りに気づかれても困る…というのは体の良い言い訳だ。正確には正気を保てなくなりそうな自分の姿を容易に想像出来たから、それを回避するためだった。
ふと鏡を見ると、首にかかるタグに目が行く。
「そろそろ、片付けるか……。」
一人きりの呟きは、回る換気扇の音にかき消された。
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