・No one…
□3 Born
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3Born
寮にはIDOLiSH7の7人が住んでいるそうだ。
一人一人の自己紹介をされ、そのままメンバーがぞろぞろと歩きながら簡単に寮の案内をしてくれた。
宛がわれた部屋は、空っぽの箱だった。
家具は明日にでも発注してくれることになったのだが、家具を分厚いカタログから選ぶようにと手渡された途端、その重さだけで嫌になってしまった。
「何もいらない。このままでいい。」
「おいおい、ベッドもテレビもないんだぜ?お前さん板張りの上に寝るつもりか?」
「壁も屋根もあるし、鍵も掛かる。こんなに贅沢なんだ。家具を買うのもタダじゃない。」
「ま、そりゃそうだな。でも好意には素直に甘えなさい。選ぶのがめんどくさいなら、お兄さんも相談に乗るから。」
お兄さん…と自称した彼は二階堂大和と言った。このアイドルグループのリーダーらしかった。先程まで呑んでいたのか、ほんのりアルコールの匂いがする。
「そろそろ僕らは帰るよ。なんだか忙しそうだしね。」
「またユキと遊びに来るよ!みんなも番組に来てね!」
「待っ。ねぇ千斗、今夜泊めて。あ、でも彼と住んでるかな?」
「いや、今は一人暮らしだよ。朔はここに住むんじゃないの?」
「来てすぐだし、流石に誰だか知らない人だらけの中で今晩からいきなり共同生活はちょっとね。万理でもいいや。今晩泊めて。」
「でもいいやってあのなぁ。う〜んウチ予備の布団ないんだよ。」
「別にいいよ。玄関でも廊下でも。野宿よりはいい。千斗がダメならの話だけどね。」
「朔、僕の家もバンと同じだよ。」
「えっ、ユキん家俺が使ってる予備の布団あるじゃん。貸したら?」
「あれはモモ専用のだろう?」
「っ…!ダーリン優しい!超イケメン…!」
「…万理、泊めて。玄関でいいから。」
「おいおい…。」
結局、千斗がラグマットの上でもいいならと泊めてくれることになった。
ハラハラとした目でこちらを見つめる千斗の現在の相方…千斗がモモと呼ぶ彼も、その日は千斗の家に泊まることとなった。
彼は…百瀬は良い子だった。気が利いて、千斗のことが大好きで、なによりRe:valeを全身全霊全力で愛していた。
千斗が万理と歌うことを止めたと聞いたときは心底残念だと思っていたが、千斗と百瀬のRe:valeも最高によかった。
彼らが歌ってきた曲をひとしきり聞き終わる頃、時計の針はてっぺんを回っていた。
「女性を床に寝かせるのは忍びないね。一緒に寝る?」
百瀬がシャワーを浴びている時、千斗は至極真面目な顔で聞いてきた。
多分本気で心配してのことだとは思うが、誰かの体温を感じて寝るのは無理だと思った。
「寝ない。床ででいいよ。風呂まで借りて、これ以上は図々しい。」
「ダブルベッドだよ?」
「三人はちょっと。」
「モモは専用の布団があるよ。」
「千斗と寝てる間に嫉妬に狂った彼に殺されたら困る。」
「あはは!何その発想!面白い…!」
「千斗…アイドルなんだからそんな顔しないの。」
「あはははは!くっ…く…無理、ウケる…えっ…モモが嫉妬に狂って朔を殺すの?ぶっ…くくっ…あははははは!」
千斗は上品に、かろうじて口元を手で覆いながらも一人で白目を剥いて笑う。そんな千斗を横目で見つつ、どうすべきか分からなかったのでノーリアクションで放っておいた。
彼も、この何年かで随分変わったようだ。
ひとしきり笑って気が済んだのか、今までの変な顔はなかったかのように再び至極真面目な顔になる。
「あの寮で暮らせそう?」
「さあ。無理だったらここに転がり込もうかな。」
「そうね。何かあったらいつでも連絡しておいで。」
「…PCも携帯も持ってない。」
「公衆電話から掛けて、留守電に入れてくれればいいよ。」
そう言ってすらすらと電話番号を告げる。
一瞬嫌そうな顔をするも、千斗はしつこく何度も繰り返す。
仕方ないので、懸命に意味のない数字を暗記する。
何かに書いて寄越したりなんてしない。
それは、身にしみるほどよく分かる行為だった。
どこで誰が何を拾うかなんて分からない。
でも物は簡単に奪われるが、記憶や知識、技術は奪えない。
結局、その日は百瀬の必死のアイディアで出来た簡易布団で快適な夜を過ごした。」
何年かぶりに、随分深く眠った気がした。
次の日、百の運転する車で事務所まで送ってもらう。二人は今日これから収録があるらしい。
「朔さん、今度うちにも来てください!おいしい肉焼きますよ!」
「朔、何かあったらすぐ連絡して。絶対。」
千斗が眉根を寄せている顔は、なんだか見ていたくなかった。
ひとまず綺麗な顔が台無しだと告げると、千斗は不愉快を全面にはりつけたような顔をした。
「心配して言っているのにその言い方はないだろう。」
「まぁまぁユキ、落ち着いて。せっかく昔の友達と再会したんだから。」
「千斗、ありがとう。百瀬も…百瀬、千斗のこと、よろしく。」
「待て、朔…!何かあったら連絡して…!」
片手をあげひらひら振ると、千斗の声を背に、大きなザックとギターケースを持って歩き出す。
少しだけ、千斗のことが羨ましかった。あんなに良い相方がいたら、どんな場所でも生きていけるだろう。
ほんの一晩しか一緒にいなかったのに、百瀬の愛とやらに、すっかり魅了されてしまった自分がいた。
彼の底抜けに明るい光と深い愛が、きっと千斗を変えたのだろう。
いいなぁ。と、人を羨ましく思う感情が煩わしく感じられた。
人を羨んでも、何も生まれないことはとっくに知っていたはずだったのに。
事務所に着いてからは、音晴さんや万理と契約に関して細かい打ち合わせをする。
こちらからも契約するにあたっての条件を提示しつつ、どの頻度でどの程度の仕事をこなしていくかなどの調整をしてもらう。
普段は全部一人ですることが、マネジメントしてもらえるだけでこんなにも楽できるのかと些か感動していると玄関のチャイムが鳴った。
「お昼にしようか。今日は山村さんの天ぷらそばを頼んだんだ。」
「ありがとうございます。昨日と今日と、ごちそうさまです。」
「いいんだよ。おいしいから絶対気に入ると思うよ。」
「社長はここで待っててください。僕が受け取ってきます。」
そう言うと、万理は席を立って玄関へ受け取りに行く。
その背中を見つつ、いくら万理でも汁物を三人分運ぶのは大変だろうと思い、後を追った。
玄関には綺麗な顔をした青年が立っていた。こちらに気づくとちらりと目を向けて、朗らかに笑う。
「新しいアイドルですか?」
「いえ、作曲家です。」
「へぇ。随分見目が綺麗だからアイドルかと思いましたよ。今度店にも食べに来てください。まいど!」
長身でさわやかな青年は、万理からお金を受け取ると颯爽と帰って行った。
蕎麦なんて、それこそ何年ぶりに食べただろうか。
麺を啜る習慣がすっかりなくなっていたため食べるのに苦戦していると、万理がフォークを持って来てくれた。
「いや、箸でいいよ…。」
「朔、啜れないんだろ。伸びるからフォークで巻いて食べな。」
ほら、と持っていた箸と交換するように渡される。不格好だがいささか仕方ない。
音晴さんもにこにこ笑っているから、ここは無礼を承知で許してもらおう。
どんぶりの中で蕎麦をくるくる巻いては口に運んでを繰り返していると、仕事を終えたアイドル達が帰ってきた。
「お疲れ様です!わぁ、蕎麦だ!いいなぁ〜。」
「このさば節の香り、たまんないよな〜。今夜の夕飯は出汁のきいたモノにするか!」
「陸くん三月くんナギくん大和くん、みんなお疲れ様。君たちも食べるかい?」
「いえ、俺らは現場で弁当頂いたんで。」
「Oh,朔はお箸が使えないのですか?」
「いや、麺がうまく啜れないみたいなんだ。そういえばナギくんも啜らないけど上手に食べるよね。」
「Yes!それが紳士のたしなみですから。」
格好悪いところを見られた。しかしもう今更だ。悪戦苦闘しながらも、何とか蕎麦を食べ終える。
そして打ち合わせが一段落済んだ頃、昨日足を踏み入れた寮へと行くことになった。
昨日は家具を選ぶことを放棄したが、あのあと万理が気を利かせてベッドと机、そして電子ピアノを置いてくれたらしい。
「万理さんにお礼言えよ−。昨日お前さんがRe:valeといなくなった後色々調べて、朝一で手配してくれたんだからな〜。」
「そう、万理が…。後で伝えておくよ。」
「ワタシ、質問があります。アナタのことは、なんと呼べば良いでしょう?」
「そういや俺たちは自己紹介したけど、NOneには自己紹介してもらってねぇよな。お、丁度みんな帰ってきた!」
「あ〜疲れた〜。ただいま〜。プリン〜。」
「ただいま帰りました。四葉さん!冷蔵庫を開けるのはせめて手を洗った後にしてください。」
「ただいま。あの…!えっと…これ、千さんから預かってきました。」
色素の薄い、礼儀正しい子…確か、名前は壮五だったか…がこちらへ差し出したのは、段ボール箱だった。受け取り中を開くと、山のような五線譜と鉛筆、そしてインクボトルと万年筆が入っていた。
封筒に入った手紙を開けると、丁寧な字で「必要でしょ。帰国祝いに受け取って。」と書いてあった。
「あの…【NOne】さんは手書きで作曲されるのでしょうか?」
「そうだね。機械やソフトは基本使わない。ピアノやギターを弾きながら作って、スコアは清書して出してる。音源が必要なら録音するけど、オーケストラとかの編集は別の人に任せている。もちろん、最後のチェックはするけど。」
「はいはい、そういうのも含めて自己紹介してくれよ〜。同じ寮に住むんだし、挨拶は必須だろ。」
リーダーである大和は、飄々としつつも基本世話を焼くのが性に合ってるらしい。
しかし昨日の眼光を思い出すと、相変わらず身体の中心がひやっとした。
ひとまずここは彼の言葉に素直に従うことにした。
「改めまして…名前は夕凪 朔。頼むから外で【NOne】の名前で呼ばないで欲しい。一応素性を隠しているからね。バレた場合、早々に日本を出て行くことになりかねないから、頼んだよ。昨日日本に来て、公園でギターを弾いていたら音晴さんに夕飯をどうかって拾われたんだ。それまではご存じの通り、ふらふらと世界を勝手気ままに渡り歩いてたよ。君たちの曲を書くかは…これから君たちと暮らしてみて決めようと思っている。ひとまず率直な意見として、一応今まで歌ってきた曲は聴かせてもらったけれど…これからもその人に頼むのが一番良いと思う。」
そう告げると、全員の顔色が淀んだ。
なるほど、どうやら何か事情があるらしかった。
そうしたいが、そうできない理由があって、今に至るのだろう。
聞いては行けないことを聞いた気がして後ろめたく思っていると、ぽつりと一人、口を開いた。
「いままで曲を書いてくれた人は、ワタシの友人でしたが…少し前に、亡くなりました。」
「そう…酷な話をさせて悪かったね。」
「彼の名前は、桜春樹といいます…NOne、ハルキをご存じありませんか?」
「朔って呼んで。ナギ…だったかな。《春樹とは随分昔にノースメイアであったことがあるよ。》」
「…!《ノースメイア語が、話せるのですね。》」
「《ナギもね。》」
「《ワタシは元々ノースメイアの出身なのです。朔はノースメイアにいたことがあるのですね。》」
「《言語には強くてね。その土地の言葉を話せるようになるまではしぶとく居着いていたから、割と話せる言語は多いよ。ノースメイア後もそう。そうか…春樹は亡くなったのか…昔会ったときは元気そうだった。少年のようでありながら、彼は誰よりも大人だった。ノースメイアで生活に困らないよう手を貸してくれたのを覚えているよ。あと、そう、まだ無名だった頃、カフェでピアノを弾くバイトを仲介してくれた。おかげでノースメイアで凍え死なずに済んだ。作曲についても、随分色んなことを教わった。》」
「ね、ねぇねぇ、俺たちにも分かるように話して…?」
「…っ、あ、ああ、すまない。つい、懐かしくてね。」
赤い髪の青年…といっても、まだ少年のようなあどけなさが残る彼…陸に催促され、日本語で同じ話をする。
意外な共通点と、そして懐かしい人の死を、出会ったのとは別の異国で聞くことになるとは、全く想像もしていなかった。
そして彼らの歌う曲に、自分の歩いてきたルーツが一瞬でも関わっているとは微塵も思わなかった。
ここに来て彼らに出会うのは、運命とやらの悪戯だったのだろうか。
それとも…単なる偶然だろうか。
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