Celestial keeper

□天司
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サンレイヤ国の昔から伝わる御伽噺のなかに、"天司(てんし)"と呼ばれる人がいる。
その力は神に等しく、天司は天候の全てを操り、その年の豊凶作をも決める力を持つ。

天司は過去の隣国アニルア国との大戦の際も先陣を切って戦った。
その話はサンレイヤ国の子供なら誰でも知っている。

だがそれに関する公式文書は何もない。

そう、所詮天司は御伽噺の中の人なのだから…。









「やあ、おはようジョミー。昨日はよく眠れたかな?」

朗らかな声でブルーは目の前に立つジョミーへ話しかけた。

「…どうして僕だけ呼んだんですか。」

キッとジョミーはブルーを睨み付ける。
そう、今日ブルーの部屋に来ているのはジョミー一人である。
ジョミー達のもとへ使いの人が来たときはジョミーもトォニィも当然二人一緒に行くものだと思っていた。
しかし、いざ部屋を出ようとするとジョミーだけだと、ジョミーのみを連れ出そうとしたのである。
そこでトォニィが警護の人やら使いの人やらを殴ってでも一緒に行くと言い出し、本当にそれをやりかねないと悟ったジョミーは必死でトォニィを宥めすかし、ここまでやってきたのであった。

「困ったね。そんなに怒らないでくれたまえ。」
「……。」

ふんっとジョミーは顔を背けた。
ブルーとそばに立つ女性は苦笑しつつ顔を見合わせ、どうしたものかとジョミーに視線を投げかけた。

「ジョミー?ジョミーは天司という存在をご存知ですか?」

ブルーの隣に立つ女性、フィシスは柔らかな調子でジョミーに語りかけた。

「フィシス…。知ってるよ。この国の子供なら誰でも知ってる。」

ジョミーが不貞腐れたように言った。

「そうですね…。ねぇ、ジョミー。もし本当に天司がいるとしたらどうしますか?」
「どうしますかって…。そんなのいる訳ないじゃないか。だってあれは――。」
「御伽噺…かい?」

ブルーが口を挟んだ。

「…っ…そうですよ。」

ブルーに対して未だ怒っているのか、ブルーの言葉にぴくりと肩を揺らし顔を背けた。

「実は、ジョミー、あれは御伽噺ではないのです。天司は存在します。」
「え?」
「そして君は次期天司だ。その為に君は修行を積まなければならない。」
「ちょ…。」

真剣な表情で、ブルーとフィシスは言った。
そんな姿を見て、ジョミーは一瞬呆気にとられたようにぽかんとしていたが、突然お腹を抱えて大声で笑い出した。

「ふふっ…あはははは!何言ってるんだ?天司はいる?それに僕が次天司だって?冗談きついよ!あはは!」
「ジョミー…。」

フィシスが少し悲しそうに呟いた。

「じゃあ、一体、今の天司は、誰なのさ。」

可笑しさのせいで呼吸が乱れ、言葉が途切れ途切れにジョミーの口から出た。

「私だよ。」

なんだって?

「私が今の天司だ。」

ブルーは甚くまじめに言った。
ジョミーは今度は笑いではなく軽蔑の眼差しをブルーとフィシスに投げた。

「みんなしてほんと…頭大丈夫?おかしいよ。」

ジョミーは一歩、また一歩と後ろへ下がる。
そのとき、ブルーがすらっと優雅にイスから立ち上がった。

「証拠を見せてあげよう。」

気づくとジョミーのすぐ後ろに立っていたブルーは滑らかな動きでジョミーの肩に手を置いた。
ジョミーはびくっと体を震わせた。いつの間に…。
ブルーがすっと脇にある水へ手を伸ばした。
ジョミーはその手の先に何かあるのかと思って目で追ったが何もない。
訝しげに再びブルーへと視線を戻すと、ブルーはこちらを向いてにっこりと笑っていた。

「何もないじゃ―――。」
「よく見てごらん、ジョミー。」

ジョミーは言われたとおりにもう一度水を見てみた。
すると先ほどとはまるで一変している。

「なっ…!」

水面が波打ち、ちゃぷ…という音ともに水が球体を成しながらふよふよと宙に浮かんでいる。

「これで信じてもらえたかな?」

ブルーが天に向けていた手を下ろしジョミーに言った。
するといままでのことは嘘のように静かな水面に戻っていた。
ジョミーは言葉に詰まったかのように俯いていたが、顔を上げると恐れや軽蔑の光を宿しブルーを見た。

「…仮に貴方が天司だとしても、どうして僕が天司にならなくちゃいけないんだ?僕はただの配達員だよ。何の力もない。それに貴方がいるならそのままやればいいじゃないか!」

どんっとジョミーはブルーを突き放した。

「ジョミー…。」
「僕は嫌だ!天司なんかにはなりたくない!もういいでしょう?家に帰して!!」

ブルーの顔がどんどん悲しみに染まっていくのを見るとジョミーはちくりと胸が痛んだ。
だがいきなりこんなことを押し付けられるのも真っ平である。

「…残念だが君を帰すことはできない。ジョミー、君は狙われているんだ。そのことはもう昨日十分に思い知っただろう?」
「それとこれと一体どういう関係があるんだよ?」

ジョミーは食い下がった。

「奴等は君が天司の力を持っていることに気づいたのだよ。君の力が完全に目覚める前に殺してしまおうとしたんだ。」

「殺す」その言葉がずんとジョミーに圧し掛かった。
あのときの恐怖が甦る。

「で、でも僕は天司の力なんか使えないし、貴方に言われるまでそのことすら知らなかった。なのにどうして…。」
「天司の力はそれだけで脅威だ。ジョミー、天司にはどのような力があるか知っているかい?」
「さっき貴方がやった――。」
「そう、その力もそのなかの一つだ。他には?」
「…天候を操り、その年の作物の出来ばえを左右する。」
「その通り。ということはね、国のすべてを支配できてしまうのだよ。」

ジョミーはびくっと身体を揺らした。

「人は食べ物がなくては生きていけない。だからその為に人々はその人に服従せざるをおえない。生きたいからね。」

ジョミーをとてつもない絶望感が襲った。
もしブルーの言うことが全て本当なら僕は誰も信じないアリエナイ存在になってしまう。
もし天司になってしまったら今までの生活は全て御終いだ。想像するだけでも恐ろしい。

「…どうして僕なんだ?どうして…。」

ジョミーはその場にがくりと膝をつきたいのを必死で堪えるんで精一杯だった。

「ジョミー…。これは宿命なのです。」
「フィシス…。」

フィシスがジョミーを労わる様に頬を撫でた。

「まだ時間はある。考えてくれたまえ…。だが君がいくら足掻こうともその力からは逃れられない。できれば、ジョミー、君自身の意思でここに再び来てくれることを願っているよ。」

ブルーが悲しげな瞳と共にジョミーを見送った。
ジョミーは逃げるようにしてその場を後にした。








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