短編
□Behind Moon
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“どれくらいの光なら あなたの心が見えますか
二度と会えないくらいなら 月の裏側で踊り明かしましょう”
透き通った、歌。そして少し物悲しい詞。
それらを発するのは、案の定アクアだった。
満天の星を浮かべる夜空を見つめながら、その歌声を一つ一つ丁寧に紡ぐ。
アクアの隣には日中彼女の乗っていたチョコボがいる。そのチョコボはというとアクアの歌に乗せて体を揺らしていた。
……もしや、チョコボに起こされたのだろうか。
二人の姿は絵本の表紙のように幻想的で、しかし存在感のある光景だ。
つい、呆けて見てしまう。だが、それも一瞬だ。
アクアはこちらに気づいていない。
少しの悪戯心と共に俺はゆっくりと背後に近づき、肩を軽くつかむ。
「アクア」
「わっひゃあ!!!?」
「クエッ!?」
大きな声と共に肩を震わせた。チョコボも少しばたつく。その後ハッとして口を押さえた。
面白い声だな。
俺はというとその様子が面白くて、つい笑ってしまった。
「い、イグニス……!?」
「久しぶりに歌が聴こえたからな。……眠れないのか?」
「え!?……あ、うん、ちょっとだけ…………ごめんね、起こしちゃって」
「いいや。お前の歌で目覚めるなら本望だ」
「!……もうっ」
アクアは照れ隠しのつもりか、俺から顔を背けてチョコボを撫でる。
俺の声にばたついていたチョコボは落ち着いて、目を細めながらアクアの手に体を委ねていた。
「ところで、さっきの歌は?」
「レスタルムで教えてもらったのー。異国の歌なんだって。綺麗な歌詞だよねえ」
「クエッ」
同意するようなチョコボの鳴き声にアクアは微笑む。まるで子を慈しむ母親の様に。
そしてその笑みは月明かりに照らされ、綺麗というか、消えてしまいそうに儚げだった。
――本当に、消えてしまうのではないか。
俺は、無意識にアクアの手を握ってしまう。
「?イグニス?」
「俺だったら、光などなくてもお前の心を見てみせる」
「っ……それって……」
無意識だった。脳が反応するよりも早く、俺の口はそう言う。
「……すまない。歌に乗せられたようだ」
アクアの歌と、そしてアクア自身とになんだか酔わされている気分だ。
俺はアクアの手を離そうとする。
しかし、今度はアクアが俺の手を握った。
「……はぐれないように、」
「……?」
「“はぐれないように繋いだ手の温もりがまだ消えない”」
「……続き、か?」
「うん。……温かさが消えないくらい、手を繋いでいよう?」
なんてちょっとかっこつけちゃったり、とアクアは笑う。
ぐらり、と自身の頭が揺れる感覚。
その笑顔に俺は自身の欲が沸き上がるのを感じる。
誤魔化すように、自分の本当の欲が出ないように、俺はアクアへ問を投げた。
「その歌には、さらに続きがあるのか?」
「え?うん、もちろんあるよー」
「歌ってくれないか?」
「クエッ!!」
チョコボは俺の意見に同意してくれたようだ。頭のいい。
オーディエンス二人(正確には一人と一匹だが)にせがまれ、少し驚いていたアクアはゆるりと照れながら微笑んだ。
「……それじゃあ」
アクアはゆっくりと、夜の空気を吸い込んだ。
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