短編
□魅惑の飲み物
2ページ/4ページ
事の発端はおよそ二時間ほど前。午後7時。
「ん?」
本を読んだりレシピを考えたり、静かに休日の夜を満喫していると電話がかかってきた。
画面にはアクアの文字。もちろん迷わずに出た。
「もしもし、俺だ」
『あ、もしもしイグニス。突然ごめんね』
「いいや構わない。どうした?」
聞けば、仕事終わりなのだが、アダマスがよく仕入れている酒屋から試飲のような形でワインを安く購入したらしい。
楽しそうな口調でアクアはそう話す。顔が見れないのが実に惜しい。
『イグニスと飲もうかと思って。今からお邪魔してもいいかな……?』
「わかった。では今から迎えに行く」
俺の家までの夜道を、一人で歩かせるわけにはいかないからな。
--------------------------------------------------------------------------------------
車を走らせ、アダマスに到着するとアクアが外に出て待っていた。
「イグニス!」
いつも通り助手席に乗るアクア。ただしいつもとは違って、腕には少し大きなワインボトルが抱えられていた。
アクアがシートベルトを装着したことを確認し、車を出す。
「ほんと急にごめんね……」
「気にするな。しかし、お前と晩酌をするのは初めてじゃないか?」
「あ、そうかも」
楽しみだね、と笑顔で言うアクア。……可愛すぎて困る。
と、ここでずっと思っていた疑問を投げかけてみる。
「もらってすぐとは……早く飲まなければならないのか?」
「そうなの……明日感想聞きますからーって酒屋さんが……」
「それは……大変だな」
得意先なことも相まって断れなかったのだろう。そう呑気に考えていたがアクアが再度口を開く。
「あ、あと、その……」
「ん?」
信号待ち。ちらりとアクアの方を見れば、ほんのりと顔が赤くなっている。
「イグニスに会いたかったのもあったし……」
目の前の横断歩道に付いた歩行者用信号機の赤が点滅を始める。俺はアクアを見て髪を撫でた。
「……どこでそんな殺し文句を覚えたんだ」
「え、え……?」
はっきり言って、今のアクアはかなり心臓にきた。
家に着いて黙って酒を楽しもうという純粋な気持ちは持てないかもしれないな。
それから話しているうちに俺の家に到着した。
「荷物を持とう。貸してくれ」
「あ、ありがとうー」
アクアからワインボトルを受け取り、家へとエスコートする。
「お邪魔します〜……」
「ああ。ソファにでも座っていてくれ。グラスを持ってくる」
「はあい」
キッチンからグラスや軽いつまみとしてチーズやらを出して持っていく。
ソファに座っているアクアは手持ち無沙汰だったのだろうか、ワインボトルに付いたラベルを読んでいた。
「あっ、イグニス!これすごいよ、キャッチフレーズが”飲んでも飲んでも飲みたくなる”だって」
「……アルコール飲料にそのキャッチフレーズは大丈夫なのか」
「あはは、でも興味は出てきちゃうよねえ」
楽しみだなあ、とわくわくした顔で言うアクア。
しかし……ただの販売文句、販売促進用の言葉と思いつつも、どうにもその文言に引っかかるものがあった。
「あ、チーズだ。ありがとうー」
「ん?……ああ、ちょうど買っていたからな。礼には及ばない」
……いや、考えすぎだな。
ボトルを受け取り、グラスに注ぐ。なるほど、綺麗な色だ。
「乾杯」
「乾杯〜」
一口飲んでみたが、美味い。
さすがあの店長が得意先にしている酒屋と言ったところか。
「えっ、美味しいね。キャッチフレーズもあながち間違いじゃないのかもしれないよ」
「……アクア」
「大丈夫!飲みすぎないようにするよー」
俺はこのとき、笑って「だといいがな」と言った。
しかし、およそ一時間後。
事態は急変する。
.