狂犬の娘
□十七章「娘と、決戦」
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「フン、お前の知ったこっちゃないわ」
「なんか、カリカリしてますね。そんなんじゃあ、最愛の奏ちゃんも怯えちゃいますよ」
「私のことはお気になさらず」
「ハハ……。ああ、よかったらイイとこ行きません?ストレス解消にもってこいのとこ」
秋山はニヤリと笑いながら真島に言う。
真島はうざったそうに、しかし振り払うわけでもなく問いかける。
「…………なんや?」
「たとえば……バッティングセンターとか」
「……え゛」
――何を言うとるんだこの男は。
奏の口から誰も聞いたことのないような驚愕の声。あまり表情は変わっていないが。
「ああ……あかんあかん。六代目に止められてんねん。そんな勝手、できるわけないやろぉ??」
真島はわざとらしく明るい声で返事をする。
「そうッスよねえ。マズイ……っすよねえ?」
秋山も、わざとらしい口調。
いや待て待て待て、と奏は少し青ざめた。
しばしの沈黙。
だが、その後、真島はニタリと笑った。
「フフッ、せやけど……お前の強引さにゃ負けたでえ。よっしゃ、おっちゃんもついてったろ」
予想通り。体の良い口実。
そしてそのあまりの予想通りさに、奏は頭をかかえた。
「へへっ、そう言ってくれると思ってましたよ」
秋山も怪しく笑う。笑みを浮かべる二人を見て、奏は少し眩暈がしそうになった。
「……」
「……あれ、おたくのお嬢さんは何も言いませんね。てっきり止めるかと思ったんだけど」
「ヒヒッ。奏ちゃんはどないする?一緒に行くか?」
「……吾朗さんを頼む、と言われてます。ちゃんと行きますよ」
もうこうなりゃヤケだ、と奏も同意。
『真島さんを止めておいてくれ』とも言われていないし、『できるだけはします』としか言ってないし、と奏は頭の中で言い訳をする。
そんな奏の苦悩を知ってか知らずか、真島はひどく満足げな笑みで奏の頭を撫でまわした。
「そーかー!俺のこと心配してくれんねんなあ〜!優しい秘書やなあ〜!」
「おっ、これで共犯者だねえ」
「……今、自分に言い訳をしているので」
……やっぱり苦手だ、この秋山駿という男は。
真島に撫でまわされながら、奏は苦い顔をする。
本当に嫌そうな奏の声に、秋山は軽く笑いながらゴメンゴメン、と手を振った。
しかし直後、やけに真剣な顔を作って声を漏らす。
「ただ……」
「ただ……なんや?」
「ここから先は、片道切符かもしれませんよ」
――引き返せない可能性が、高い。
真剣な忠告。真島も奏の頭を撫でまわす手を止め、真顔でそれを聞いた。
「……先にバッティングセンターで待ってます。準備ができたら声かけてください」
秋山はそう言って去って行った。
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