狂犬の娘
□十五章「娘と、近江連合の男3」
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「奏ちゃん!?」
真島は目を見開いた。
それもそう。親子が無事に避難できるように引率をしていたはず。
それにもう銃の弾は――。
そして手には、見知らぬ長い銃。
真島は久しぶりに大きな動揺へと陥っていた。
「な、なにやっとんのや!」
真島が大声で問う。
奏は残っているゾンビに向けて引き金を何度か引くと、すべて蹴散らした。
立っている人間が真島、大吾、そして奏だけになると、奏はへにゃりと座り込んだ。
「奏……!」
「っ……!」
大吾が駆け寄る。
真島も手を伸ばした。
「……っはあ、緊張した」
「なぜ、お前がここに……」
「それは……あ、ご心配なく。お子さん連れのお母さんは無事に送り届けました」
だから大丈夫です、と奏は言う。
だが当の真島はそれどころではなかった。
「奏ちゃん」
「っはい……」
「なんで、またこっちに来たんや……!」
真島はふるふると肩を震わせていた。
奏は今までに見たこともないような真島の姿に少したじろぎつつ、いつものように真っすぐとした視線を送る。
真島は、焦っていた。
ここから先――ヒルズ本館のすぐそこに群がっているゾンビを殲滅するのに、どうしても奏は連れていきたくない。
単純な話、危険だからである。
だから弾数の制限もいい意味で仕事をしたし、親子の引率を奏が買って出たときは正直うまくいったと思っていた。
だがこれは――別の得物を持って戻ってくるというのは――あまりに予想外すぎる。
「吾朗さん……ごめんなさい。やっぱり私は、あなたに着いて行きたい」
「……」
「……今すぐ戻れと言ってくれてもいい。……そう言うんだったら、私は大人しくスーパーの方へ戻ります。でも――」
長い銃を支えに、奏は立ち上がった。
まだ少しよろけている。
「でも、それでも私は、あなたの娘ですから」
少し奏は笑う。なんだか異様な光景だった。
自分の娘。だからこそ連れていきたくない。
だからこそ、他の舎弟のような扱いをしたくない。
しかし、だからこそ――。
真島は――。
「っあぁ〜〜〜、もう、わかったわ!」
一声大きく叫んで、グイッと奏の腕を掴む。
奏はその勢いで倒れるかと思いきや、真島の手によってまっすぐ起立した。
「わしの負けや負け。っはー!こう見えて頑固やからなあ、うちの奏ちゃんは」
“せやけど俺は、何があっても親父の子ですわ”
過去――20年近く前に自分が言った言葉を思い出してしまった。
もう記憶の奥底に沈んでいたと言っても過言ではない言葉は、今の一瞬にしてフラッシュバックされる。
極道と現実。双方の持つ子の意味は違えど、その芯の強さは遠いようで近いものだ。
「吾朗さん……?」
「ええか?もう俺は、お前が銃を持つことになーんも異論なんぞ唱えへん」
「!」
「ちゅーか、いちいち考える方こそわしらしゅうなかったわ。難しいこと考えるん、苦手やもんなあ」
「……あ、あの……?」
今度は奏が動揺する番だ。そんな奏の頭を真島がワシワシと撫でまわす。
「わしの――“狂犬の娘”なんやし、もっと自由にしてもええんやで、っちゅうこっちゃな!」
真島は、いつも通りの笑顔だった。
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