狂犬の娘
□十三章「娘と、近江連合の男」
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もうすぐ日も落ちる。真島と奏は大吾の勧めで店の奥の方で休むことにした。
一般の市民も同じように休んでおり、母の膝で眠る者、悲しみや怯えですすり泣く者、楽観的に遊びに興じる者などがいた。
真島、奏、そして軽い休憩を取りに来た大吾と三人は固まっていた。
「思っていたんですけれど」
奏が口を開く。真島と大吾はゆっくりと彼女の方を見た。
「……もはやテロの範囲ですよね、これ」
「まあなあ。安住の言うよう近江やったらやりかねんけど、さすがに行き過ぎやわ」
「東城会と近江連合の溝はまあ、知ってはいますけれど、やりかねないんですね」
「過去に色々やらかしとるしなあ、お互いに」
「……それか、ここまでの騒ぎはあくまで別目的のための陽動……?いえ、でも、そうなると大がかりすぎて本末転倒なはず……なら……」
真島と大吾の前であることを忘れ、奏は顎に手を当て考え始めた。
ぶつぶつと小声で考えを巡らせる奏を見て、大吾は少し感心したように目を開く。
「ずっと思っていたんですが、随分思考能力のある秘書ですね、真島さん。いつ雇ったんです?」
「つい最近や。かわええやろ?」
「かわ……?いやまあ、魅力のある女性だとは思いますが……」
「せやろ!?せやろ!?」
「……は?」
突然真島は声のトーンを上げた。大吾は訳が分からず唖然とする。
真島はバッと奏の肩を抱いた。
「もう存在が魅力的やろお!?ほんで特にこの純朴な感じの目とか――」
「吾朗さん」
「お?」
「ちょっと痛いので離してください」
「あっ、すまんすまん!」
少し怒られた真島はまだニコニコと笑っている。
大吾は未だに状況がわかっていない。あの真島をここまで手懐けるとは。
いや、まず“吾朗さん”呼びが気になる。愛人や恋人だったとしても、あの狂犬がここまで心を許す彼女とは一体――。
大吾は奏に視線をまっすぐ向けた。
「……奏」
「……はい?」
「お前はこの事件。どう見る」
「……私ですか……あくまで一個人としての見解ですが、お耳に入れさせていただいても?」
「構わない。俺が聞きだしたことだ」
ちょっとした考えが今後の行く末を左右するかもしれない。
だが大吾はあえて奏に問いかけた。
奏も顎に当てていた手を離し、考えを口にする。
「では。……この騒動、近江連合が仕組んだことであれば、もう少し人員が割かれると思うんです」
「……ほう」
「でも、先日吾朗さ……真島組長に写真を見せてもらいましたが、目撃されているのは郷田龍司と二階堂哲雄のみ。他にも近江連合がいていいはず」
「……」
「それも、このように大掛かりになれば、幹部などの重鎮も目撃される可能性があります。でも、現実には近江連合を破門された郷田龍司と現役の二階堂哲雄のみ」
「そうだ」
「上手く潜伏しているのかもわかりませんが、とりあえず今はいないものとして仮定します。すると……えー……」
「?」
「……まさかとは思いますが、第三者、あるいはこの2人だけの実行、という可能性が出てきます」
「……随分な極論だな」
「承知してます。ですが……すいません。凡庸な私の頭では、ここが限界です」
謙遜を述べてペコリと頭を下げる奏。
だがこの短時間で記憶を整理し、ここまで考えを作るのは大吾自身正直驚きだ。
「……礼を言う。とても参考になった」
「ありがとうございます」
「おい六代目、奏ちゃん独り占めすんなや、あ?」
黙っていた真島が痺れを切らして間に割って入った。ここまで待っただけましか。
「……そういえば娘とかなんとかさっき聞いたんですが」
「おう。奏ちゃんはわしの娘っ子や」
「端折りましたね吾朗さん」
「だが真島さん、あんた女なんていないんじゃなかったんですか?」
「おん。そら血のつながりはないで。見ての通り全然似とらんやろ」
「……?」
大吾の頭にさらに疑問符が浮かんでいく。
見かねた奏が口を開いた。
「スカウトみたいなものです。紆余曲折により、職場に押しかけられてそのまま引き抜かれました」
「ほう……」
奏も奏でだいぶ端折りながら説明。
なんとなく近づいた奏と大吾の距離に、真島は複雑な感情を浮かべるのだった。
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