狂犬の娘
□十二章「娘と、六代目の憂鬱」
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「こんな感じでどうでしょう。六代目」
「そうだな……問題ない。……ところで、何と呼べばいい」
「どう呼んでいただいても構いませんよ。奏でも秘書でも」
「そ、そうか……では、奏と呼ばせてもらおう」
「はい。お願いします」
「……そろそろ真島さんが帰ってきそうだな」
ギクシャクした会話を連ねるが、ファーストコンタクトにしてはスムーズな方だろう。
奏の順路設定、大吾の準備が完了したところで、真島が少しだけ重い足取りで帰ってきた。
「真島さん、こっちは準備OKです。オトリの人選、どうなりました?」
「あかんわ。どいつもこいつもビビりよって話にならん」
「……吾朗さん、ちなみにどう言ってカップルを探したんです?」
「ん?『ゾンビ探しのオトリになれ』って言うて回ったで」
「……ストレートですね」
「ゾンビのオトリなんて誰もやりたがらないでしょうからね……」
「しゃあないの。カップルの男役はわしがやるわ」
「それにしたって女役……あ、奏ですか」
我が意を得たり、と大吾が閃いた。
しかし帰ってきたのは、真島の怒号である。
「アホか!奏ちゃんの恋人やなんてわしが務まるわけないやろ!」
「えー……」
「なんでいきなり自己評価低いんですか。私別にいいんですけど」
“私別にいいんですけど”=“私吾朗さんの恋人役でもいいです”。
「!!」
理解した真島の顔が一気にボッと赤くなる。顔から湯気が出そうだ。
そのタコのような顔を真島は両手で覆う。“アリかな”と思った自分を抑えるように。
「あ、あ、あかん……!それは近親相姦になってまうから……!わし、その辺はしっかり守るタイプやねんで!!」
「は?」
大吾が二度目の間抜けな声を出した。脳内には“きんしんそうかん……?”とクエスチョンマークがあふれ出す。
真島はそれを聞いて大吾に人差し指を突き付ける。
「この際やからはっきり言うけどな、六代目。わしは奏ちゃんを娘っ子として迎え入れとんねん」
「むす……え?」
「らしいです。経緯はまた追々」
「やから奏ちゃんをカップルの女役はナシや。奏ちゃんはちょっと遠いとこから索敵で頼むわ」
「了解です。……でも」
「どっちにしろ女役がいないと……困りましたね……」
「誰かおらんかのお」
うーん、と三人が頭を突き合わせて悩む。
カップル探しで撃沈しているのだ。ここで女単体を募集は、むしろカップル探しより難易度が上がる。
……いや私でもよかったのでは、と奏が悩んでいた時だ。
「ん?六代目……そういやお前けっこう髪が長いのお」
真島の一声。
あ、と奏が察したころには、大吾もまた然りという状態だった。
「な……!?ま、真島さん、まさか……」
「……そや。そのまさかでいくしかないんとちゃうか?」
「いや!しかし!」
大吾は力強く首を振っていた。
だが大吾の抵抗虚しく、真島はいたって冷静に話す。
「六代目よ……“俺にできることがあればなんでも”とか言うとったなあ、たしか」
「くっ!真島さん……!」
大吾が苦い顔をしていると、ふと奏と目が合った。
「そ、そうだ!俺が男役をやって奏が女役を――」
ズゴンッ
すればいい、という大吾の続きの言葉はこの大きな物音で掻き消された。
大吾の足元には、真島の靴。
真島が足を退けると、床がベコリとへこんでいる。
目の前の真島によるものだ、と考えるのは容易いことだった。
「……次言うたら、そん時はお前がこうなる番やで?」
「ぐっ……!」
ギロリとこれまでにないくらい鋭い目つきで大吾を見る。ドスを持っていないのに鬼炎が見えそうだ。
子煩悩、天晴。言っている場合ではないが。
「いや私別にいいですってば」
「あかん!奏ちゃんに彼氏は早い!」
「早いって私二十歳なんですけど」
奏という線はもう完全にないようである。
真島は大吾に畳み掛けた。
「男が一度言うたことやで。もう腹くくったらどや?え?」
「…………」
大吾はもう、諦めた顔をしていた。
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