狂犬の娘

□十二章「娘と、六代目の憂鬱」
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市民の尽力もあり、防御が完成した。決して絶対防壁とは言えないが、しばらくは持ちこたえられそうである。









真島と奏はそのまま夜の休憩に入る前に、少し歩こうとヒルズの中を散策していた。





すると、スーパーの入り口付近から「真島さんどちらですか!」という声が聞こえてきた。




真島と奏が顔を見合わせて首を傾げる。とりあえず行ってみると、一人の極道がこちらを向いた。






「真島さん、すんません!ちょっと、お耳に入れたい話があるんですが……」



「あん?なんや?」



「いやあ、この場所ではちょっと……」



「ここでは言えないんです?」



「ちっ、なんやっちゅうねん」



「申し訳ありやせん。ちょいとそこまで、ご足労願えますか?」


「なんや面倒やのう」






言いながら極道に着いて行くと、元居た場所に帰ってきただけであった。そこには大吾がいる。




「六代目、真島さんをお連れしました」


「ああ、ご苦労だった」


「なんや?六代目の用事やったんかい」




真島は軽く言うが、大吾の顔色からしてそう言ってられる状況ではないようである。


大吾はさらに声を低くした。




「真島さん……実は、あまりおおっぴらには話せない用件です」



「ん?……なんや、どないしたっちゅうんじゃ」



「ひょっとしてトラブルでも……?」



大吾は頷いた。







「実は……カタギの連中から、ヒルズの中にゾンビが紛れ込んだらしいという情報が」






「え」


「そしたら、この建物の中にゾンビが潜んどるっちゅうことか?」



「ええ……、入り込んだのはどうやら三体。組の者が狩りに行ったんですが、まだ誰も帰って来ません」



「見過ごせませんね」



「ああ。……それで、これ以上犠牲者が出ないうちに真島さんにご相談をと」


「フン。そういうことかいな」


「ですが、このまま放っておけば、カタギにも犠牲者が出てしまいます」


「わかっとるわ。それやったら……わしらでゾンビ狩りといこうやないかい」


「ですがヒルズの中は広い。やみくもに探してもラチがあきません。連中をおびき出すような手があればいいんですが……」






一瞬の沈黙。



それを破ったのは真島だった。




「それやったら……アレやな」


「アレ?」




真島は自信満々に頷いた。



「オトリを出すんや。ゾンビの好物いうたら、何やと思う?」




ふわっとした質問に大吾と奏が眉をハの字にする。




「好物、と言われても……何です?」


「人を襲うから、まさか人肉とかですか?」


「お、奏ちゃん、ちょっと惜しいで!」








真島は満面の笑みで奏の頭を撫でる。




奏は特に気にする様子もなく「惜しい……?」ともう一度考えていた。


大吾はなんだか見ていいのかいけないのかわからずに咳払いで誤魔化す。



真島は指を一本立てた。













「……ズバリ、バカップルや。TPOをわきまえん、サカリのついたカップルやねん」












「「……は?」」




大吾と奏の声が重なる。



真島は表情を変えずに言った。




「なんや?六代目。ホラーやらスプラッタやら映画見とらんのかい。たいがい、こういうシチュエーションでまっさきに襲われる定番といやあ、サカリのついた若いカップルなんやで」



「どうも自分はそっち方面、不勉強でして……。なるほど、さすが真島さん」



「ま、そうと決まったらオトリのカップルを緊急募集や。で、まんまと出てきよったゾンビをズドン、と。これでいこうやないかい」



「分かりました!俺にできることがあれば何でも言ってください」



「いやいやいやいや」





堪らず奏は口を挟んだ。





「大丈夫なんですかそれ」



「せやけど他にないで?」



「案外こういう作戦がうまくいくこともある」



「いえ、でも……うーん」



「まあ何にせよやってみんことには始まらんしな!奏ちゃんも協力してくれるな?」



「それは協力します。……わかりました、やってみましょう」




本当に大丈夫なのかという不安は多少――いや、かなりあるにしろ、奏はこくりと頷いた。



「おう」


「急がないと厄介です。犠牲者が出ないうちに片付けてしまいましょう。真島さんはオトリの人選、お願いできますか?」



「ヒヒ、任せとけや」



「……では私はどのルートで行くか目星を付けておきますね」





一旦別行動。奏は大吾の横で、ヒルズのパンフレット片手に順路を考え始めた。






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