狂犬の娘
□九章「娘と、正義の味方」
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静かな町だった。
つい先日まで、この空間とあのゾンビの巣窟が繋がっていたのだととても思えないような景色だ。
ああ、やっと出られたのだと、そう身に染みる。
行くで、と言って歩き出した真島の斜め後ろを奏が歩いたそのときだ。
「……ああん?」
黒塗りの高級車が一台、目の前で停車した。
「……?」
後部座席の窓が開く。中には、派手な男といかつい顔をした男。
真島は窓が開ききるより先に、片手を使って奏を自分の背後に隠す。
いかつい男の方には、見覚えがあった。
たしか、東城会の会議で渡された写真の――。
「東城会の……真島組長とお見受けします」
写真で見た男が口を開いた。真島との睨み合いが続く。
「お初にお目にかかります。自分、近江連合の二階堂いいます」
近江連合直系郷龍会三代目会長、二階堂哲雄。
神室町に突然やってきた、近江連合上位にいる人間だ。
今度は真島が口を開いた。
「知っとるで。西の極道で一番……そろばん弾くのがお上手いう評判や」
ニカリ、と挑発的に笑う真島。それでも奏を隠す手は緩めない。
二階堂は真島のその皮肉を鼻で笑った。
「そら光栄ですわ」
「でぇ?わしになんや用かいな?」
真島は挑発的な表情を浮かべ続ける。
奏は内心ヒヤヒヤとしていたが、真島の警戒心を察して何も言わなかった。
「引き止めといてなんですが……お急ぎになった方がええ思いまして」
「あん?」
「おたくらの大事なヒルズ、襲撃されてえらいことになっとるらしい。あそこ、東城会のお歴々も顔そろえてはるんちゃいまっか?」
「……!」
奏がつい息を呑んだ。
ヒルズの襲撃は知っていた情報だ。だが、問題なのは……。
「ほおーん。えらい早耳やなあ」
真島は表情を崩さずに言い捨てる。
その言葉には答えず、二階堂は車の窓を上げ始めた。
「ほな、またお目にかかりますわ。秘書の奏さんも、またちゃんと挨拶させてもらいますさかい」
「っ……?」
最後の言葉は、背後の奏をしっかり見据えたうえのものだった。
窓が完全に閉まった後、車はゆるやかに発進。真島たちの元を去って行った。
完全に車が見えなくなり、真島は奏を解放してチッと大きく舌打ちをする。
「今の、あの写真の人ですよね」
「ああ。関西の二階堂哲雄。……えらいきな臭くなって来よったなあ」
「……それに、私のことも知っていました」
「そこやねん。目立った情報もあらへんはずやのに、なんで奏ちゃんのこと知っとるんや」
まあとにかく目下の目標はヒルズだ。
2人は止められた歩みを再開した。
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