狂犬の娘
□四章「娘と、壊れる街」
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秋山と花の元へ向かうと、二人は奏に気付いて振り向く。
少しばかり、不安げな顔をしながら。
「あの……これって」
「ああ、奏ちゃん。……アレ」
秋山が建物の上の方を指差す。その先を追うと、窓からピカピカと光が点滅を繰り返していた。
「……銃撃ですか」
「さあ……?」
そのときだった。
パリン、と大きな音を立てて割れたガラスの窓と共に、一人の男が落ちてきたのである。
「っ!!」
男はそのまま落下。コンクリートに打ち付けられた。
派手な身なりから極道のようだが、スーツが血に汚れている。
「なんだ!?」
「人だ、人が落ちた!」
人々はわらわらと男に群がる。
秋山と花、そして奏はその様子を動かずに見ていた。
「は、はは……。こりゃ、集金どころじゃないね……」
秋山が呟いた。
すると、倒れていた男の指が動き出したのである。
そこからゆらりと起き上がる男を見て、周囲の人々は図ったかのように後退りを始めた。
「生きてるぞ」
「誰か救急車呼んでやれよ」
「でもヤクザみてえだぞ、やばくね?」
ひそひそと人々が押し付け合いだのともだもだしていると、警察が二名、人混みをかき分けて男に近づいてきた。
「さがって!さがってください!」
警察は完全に立ち上がった男に近寄ると、大丈夫ですかと声をかけた。
奏たちは初めてその男の顔を見る。
真っ白い肌、首元についた大量の血液。そして、赤い目に鋭い牙。
さらには、まるで猛獣のような呻き声まで上げ始めている。
「なんだ……?」
秋山が呟いた。奏は何も言わず、ただ少し目を見開いてその異様な光景を眺めていた。
そのときだ。
「〜〜〜!!!!!!!」
血だらけの男が、声なき声を上げながら、警察官の一人に噛みついたのである。
「う、ああああああ!!!!!!」
堪らず噛みつかれた警察官は叫んだ。
苦し気に、絶望的に。
それと同時に、周囲の人だかりは、まるで蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。
「きゃああああ!」
「何やってんだお前!?」
逃げる人の一人が、足元にある警察官の拳銃を蹴飛ばしてしまう。
それは、秋山の足元まで転がった。
「う、あ……ちょっと……!」
周囲の喧騒には興味なさげに、血だらけの男はもう一人の警察官にも襲い掛かった。
「誰か!誰か!!」
「おい、やめろ!」
「秋山さん!」
「っ……」
秋山は足元の拳銃を男に向けた。
男は尚も警察官へと襲い続ける。
「動くな、動けば撃つ」
その言葉に男は反応して、今度は秋山が標的だと言わんばかりにこちらを向いた。
しかし、動くなという静止も届いていないのか、ずんずんと拙い足取りで秋山の方へ歩き続ける。
この様子には、さすがの秋山も少しだけたじろいだ。
「おい、ほんとに撃つぞ。……撃たれたら、痛いんだぞ?」
すると男は、秋山の隣の花と奏に視線を移した。
「うそ、こっち見てる……!」
「花ちゃん、奏ちゃん、逃げろ!」
秋山が叫ぶと同時に、花と奏は駆け出した。
後ろからの、3発の銃声を聞きながら。
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