狂犬の娘

□一章「娘と極道」
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柄本医院院長助手、兼、東城会直系真島組組長秘書。




一見かなり多忙な生活が想像されそうなこの肩書の羅列であるが、そうでもないのが奏の日常である。






院長助手の方はたまの電話とお使いがある程度だし、秘書にいたっては組長からの指示がまったくない。






「よいしょ」





だからこうして現在の様に、夜となっても手持ち無沙汰そうに事務所の掃除を始めてしまう。





現在事務所には組員が数名。それぞれ特にやることがないのか、暇を持て余していた。





奏もその一人であるのだが。












「あ、やっべ」









窓ふきの途中、若衆の一人が突然声を上げた。






「どないしてん」




もう一人が事態を聞く。



声を上げた若衆はズボンのポケットをあさりながら少し焦り気味に言った。






「本部に財布忘れてしもた」


「はあ?」


「すまん、お前に金返せへん」


「はあ!?どんくっさいやっちゃなあ!」


「なんやと!?」


「はい、そこまで」









2人の間に雑巾をずいと出していがみ合いを制する。


止めた相手が組長秘書と知って、若衆2人は大人しく上げかけた拳を下ろした。








「もー、すぐ手が出るんですから」


「や、だって姐さん……」


「それやめてください」


「……奏さん、だってこいつ俺に3万も金借りとるんです。そろそろ返してもらわなアカンのに……」





ふーむ、と奏は自分の顎に手をかけた。



そして財布がないという若衆に目線を移す。





自分は関係ないのに放っておけないのは、奏の性格によるものだ。







「お財布さえあれば、お金は返せるんですね?」


「ええ、まあ」


「じゃあ取りに行きましょうか。タクシー代くらいなら私が」


「え!?」


「あ、私も着いて行きます。ついでに本部がどういうとこなのか見ておきたいので」







あざっス!と財布を忘れた若衆は頭を下げた。







もう一人の若衆に留守を任せ、奏は若衆一人と共に事務所を出た。









奏は軽く言うが、実際のところかなり緊張気味である。若衆は全く気付かず、タクシーの運転手に行先を告げた。











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