狂犬の娘
□設定
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☆ちょっとした小話
「……あの、真島さん」
「もー、そーんな他人行儀な呼び方やめてぇや!『お父さん』か『パパ』か『吾朗さん』しか認めへんで!」
ミレニアムタワー57階、真島組事務所のうちの一つ、真島吾朗私室。
夕陽を残さず部屋に映す全面ガラス張りの窓に、真っ黒で頑丈なテーブル、大きなテレビに、さらには大きな金色の屏風まで。
その部屋のソファで、奏は真島吾朗に少し厚みのある封筒を渡されていた。
「……あ、アカン。やっぱ『パパ』はナシやわ。ヤラシー店みたいで奏ちゃんの純潔が失われてまう」
「いや、今はそういう話じゃなく」
真島から突き出されている封筒を奏はぐいと押し返した。
真島は心底疑問そうに眉をハの字に傾ける。
「これ、お金じゃないですか」
「せやで、お小遣いや」
「お、お小遣い……」
「奏ちゃんはワシの娘っ子みたいなもんやし、こういうのはやっとかんとと思うてな!」
名案やろ!と自信ありげに胸を張る真島。
……本当に真剣だから言いづらいんだよねえ。
奏は一つため息をついてもう一度真島を見た。
「わかりました。じゃあこれがお小遣いだとしましょう」
「おう!ほな、受け取ってや」
「ただ、一つだけ言わせてください」
奏は真島の封筒に向かってビシっと指をさした。
「お小遣いは普通、時給制でいただくものじゃないです」
真島の持っている封筒には『今日の奏ちゃんの小遣い(13:00〜)』と意外と綺麗な字で書いてある。
ちなみに、このやり取りは昨日も、そして一昨日も、そのまた前もしていた。
いわば恒例行事になっている。悲しいことに。
真島の部屋の前を通る組員も、部屋から洩れてくるこの会話に「あ、またか」だの「親父、今日はいくら包んだんだろ」だの受け流している。
「別にええやないか〜」
「よくないです。はじめの方はありがたかったですけど、さすがに使い切れません」
……本当はもっと根本的な理由だけどね、と奏は心の声で付け加えた。
真島は下唇を噛んで考え込み、しばらくしてパッと顔を上げた。
表情は、きらきらと笑みを浮かべている。
「ほな、これで飯行こか!」
「え?」
「よう考えてみりゃそうや。奏ちゃんも困ってまうわな〜」
奏が本当に困ることは、なるべくしない。
それは、奏をこの“組長秘書”というポストに迎えるときに、真島が自身で決めたことだ。
奏は一瞬目を見開き、それならばと頷いた。
「よっしゃ!ほな、何が食いたい?」
封筒には一回の食事代として考えるとかなりの額がある。
焼肉か?寿司か?ちょっとオシャレにイタリアンでもええなあ、と楽しそうに考える真島に奏は一言。
「うどんが食べたいです」
「ぶふっ……」
廊下から2、3名の吹き出す声が聞こえた。
真島は奏のリクエストを聞いてニタリと笑う。
「ワシ、やっぱ奏ちゃんのそういうとこ、だーい好きやわ〜」
「え、何でですか」
「そりゃだって、金で踊らされへんからやて」
真島はそう言って立ち上がる。
扉を開けて盗み聞きをしていた組員3名を一発ずつ殴り飛ばし、奏の手を取った。
「ほな、行こか」
奏は、真島の顔を見て、ただ一つこくりと頷いた。
頬を抑えて悶絶する組員を、心配そうに見つめながら。
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