短編

□バレンタインSS
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そして翌日。





昨日は結局貼り紙のことを何一つ聞けなかった真島は、自分の中からあの考えを払拭するように仕事をしていた。




が、元々飽き性な真島が長続きするわけもなく。




「……あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」





数十分置きにはこうして叫んでいる始末である。



奏はいったい何をしているのか?もしや本当に年頃の娘よろしく「お父さん嫌い!」!のようなものになってしまったのだろうか。





おもろいヤツが好きとはいえど、こういうのは求めてない、と真島は両手で顔を抱える。







が、その時だった。







「失礼します……何やってるんですか」




「奏ちゃん!?」





昨日の入室よろしく、奏が部屋に入ってきた。



そして真島の脳内に、またあの貼り紙が浮かんでくる。




「立ち入り……」



「はい?」



「ああ、いや、なんでもあらへん。どないしたん?」



「いえ。大きな用事ではないのですが……」





奏がふと言葉を切る。真島が不思議に思って彼女の視線を辿ると、机の上に置いてある山積みの紙。



常人、誰だって見れば考える、「この人今忙しいな」。





「……すいません、出直します」



「待ってや!!!」




踵を返しかけた奏の細い手首を慌てて掴む。奏はポカンとした表情で真島を見た。



「いえ、ほんと、大した用事ではないので」



「いーや。言うてみ?」





真剣な目で、真島は奏を見ていた。




彼女をここで逃すという事は、まだあの自分が侵入できない空間に帰ってしまうということだ。



絶対にこの機会を逃すものか、と真島はやけくそである。




「えっと……」



「……」



「今日、何日か、ご存知です?」



「?そういや日付なんぼやったかいな」








「2月14日ですよ。ということではいこれどうぞ」










奏は自分の手首を掴んでいた真島の手の上にひょいと何かを乗せた。





「……へ?」



「あれ、ご存じないですか、バレンタインデー」



「し、知っとる!知っとるよ!?」



「ならば話は早いです。どうぞ」









真島の片手より若干大きな箱。


彼女の話から察するに、バレンタインチョコである。







「くれんの!?」




「あげてますよ」




「嫌いやない!?」



「なんですその質問。嫌いな方に渡すチョコはありませんが」



「え!?いや、でも、ほれ、部屋……」



「部屋?」



こうなりゃヤケだ、と真島は興奮しながら奏に質問をまた投げかける。





「部屋の前の貼り紙!ありゃなんなんや!」








「……ああ、あれですか。作ってる途中で人が入って来ちゃうと恥ずかしくて」



「軽!?」



「……もしかして、変な誤解生んでましたか」



「……ま、まあ、多少はな」







真島はへろりとその場に座り込んだ。




嬉しさと安心と拍子抜けが同時に来たお陰で、なんだかもう疲れたのである。



そんな彼に、奏は屈んで目線を合わせた。




「すいません、そこまでの反応とは」



「いや……ええんや……開けてもええ?」



「どうぞ」





可愛らしいリボンの包装をほどき、真島は箱を開ける。


そこにはぎっしりとチョコレートクッキーが敷き詰められていた。





「うまそうやのう。……おおきになあ」



「いえいえ。……ぶっちゃけますと、昨日薄力粉がちょうど切れちゃって、夜買いに行ったんですよ。こちらこそありがとうございました」



「あれって今日のやつやったんか」



「ええ。吾朗さん着いてくるってなったときすごく慌てましたけど」




そうかあ、と真島がへにゃへにゃした返事をした、が、次の瞬間目を見開く。









「ん?待て、ありゃ結構な量あらへんかったか?」













いくら真島の持っている箱の中身が多くても、計算が合わない。



真島の何度目かの質問に対して、奏は――。





「?そりゃあ、組員の方々にもお世話になっていますし、皆さん用のもありますけれど」





あっさり。






それを聞いた真島は、一気に目を色を変える。
























2月14日、バレンタインデー。



奏による真島への必死の説得によりなんとかチョコクッキーをもらった真島組員は、涙を飲みながらそれを完食していたという。










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