狂犬の娘

□五章「娘と、狩る者」
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事の発端は朝に巻き戻る。












昨夜、バケモノを見て心中穏やかでない奏は、真島の私室に泊まっていた。











起きて、さて今日は何をしようかと二人でぼんやり考えていたところ、真島の舎弟が慌てて私室に転がり込んできたのである。












「お、お、親父!!姐さん!!たたたた大変です!!!」





















「ええい、やかましいやっちゃな!!こっちは忙しいんじゃ!」



「いや、暇でしたよね。どうされました?」






奏との時間を邪魔された真島が怒鳴りつけるが、当の奏はいたって冷静に舎弟の話に耳を傾ける。







慌てた様子の彼は、震えた声でやっと話し出した。
















「かかか、神室町に、ゾンビが大量に出て来よりました!!!」















「ゾンビ、ですか?」


「……はあ?ゾンビやと?」


「はい!!街中になんや血だらけの人間が仰山おるんです!!」




「!……それって」






奏は昨日の出来事を思い返す。




血色のない真っ白い肌に、血まみれの顔と体、そして赤い目と鋭い牙。










――確かにあの凶暴な男の見た目は、ゾンビと言ってもおかしくないのかもしれない。










いや、もしかすると、昨晩のあれは予兆だったのではないか。“大量”ということは、彼は徐々に仲間を増やしている――。





むしろ、彼もまた増やされた仲間の一人だったのでは?










自分の精神を落ち着けながら、奏はそこまで考えを巡らせると舎弟の男に向き直った。









「……神室町全部ですか?」


「いや、それが、一部を自衛隊がバリケード張って、隔離しとるんです!!」


「バリケードの規模は」


「規模!?……えーと、天下一通りと劇場前と……あと、泰平通りも囲まれました!!」


「……ということは、まさか、ここも?」


「は、はい!!閉じ込められました!!」







……逃げるすべはない、ということか。




さあどうしよう、と恐怖を抑えながら奏が頭を抱えていると、真島が奏の頭に手を置いた。




奏が視線を真島に向けると、彼の肩はプルプルと震えている。













「ヒヒヒヒッ!!!!おっもろい状況やないけ!」








「お、親父ィ!?」









真島は、笑っていた。心から嬉しそうに、楽しそうに。




見慣れた真島だった。





ああそうだ、と奏はそんな真島を見て思う。




この人の大半は戦闘への渇望。ゾンビが出たくらいで及び腰になるような性格じゃない。






いつも通りだ。





ならば、と奏は口を開く。









「さて、どうしますか。とりあえずはバリケードの外に脱出しないと」



「せやなあ。そのためには、まず武器やら持っとかんと。おい、倉庫のハジキ持ってこいや。ごついのがあるやろ」



「へ、へい!!」





武器。



今生き抜くために、必要なもの。







――吾朗さんがそれを手にするなら、私は。









「あの、吾朗さん」


「おお?なんやなんや」











「銃って、余りとかありますか」









奏は目を見て言う。



舎弟はつい足を止めてしまった。





「あ、姐さん!?」



「……本気かいな」




「本気も本気。大マジですよ」





真島と舎弟は目を丸くして奏を見た。



決意は固く、迷いはない。




真島は、覚悟を決めた奏にニヤリと笑う。














「ヒヒッ、ヒヒヒッ、イーッヒッヒッヒ!!それでこそ奏ちゃんやわあ!!!大好きやでえ!!」














「お、親父!?姐さんはハジキ使ったことありません!!!危険です!」









「ボゲェ!!!このまんま手ぶらで外行く方がよっぽど危険や!!ええから俺のと奏ちゃんの、倉庫から持ってこい!!」








舎弟に怒鳴りつけると、彼は逃げるように急いで部屋を出ていった。









――これからゾンビの中を切り抜けて、生きて脱出するのだ。



真島は守ってくれるだろうが、それでも足手まといに変わりない。












ならば――戦うしかない。











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