狂犬の娘
□四章「娘と、壊れる街」
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奏がソファに座ると、真島は目の前にしゃがんで問いかけた。
いつもなら隣に座るものの、突然の予想外な行動に奏は少しだけ面食らってしまう。
特に何も、と言おうとしたが、不意を突かれたのと真島の真っすぐな視線につい言葉が詰まる。
どうしよう、と心の中で少しばかり困惑していると、真島は少しだけ笑って奏の頭に手をポンと置いた。
「話しにくかったら、別にええで」
「っ……」
「せやけど、俺はいつでもお前の味方や。どんなことでも真っすぐ受け止めたるし、笑ったりせえへん」
「……吾朗さん」
信用してくれや?、と真島は奏の頭を撫でながら言った。
ああ、そうだ。正直で嘘が嫌いなこの人は、いつだって自分の言葉を信じてくれていたじゃないか。
奏はこくりと頷いて、先ほど見てきた出来事を話す。
男がいきなり窓から落ちてきたこと、そして突然凶暴化したこと、その男の特徴など、とても信じがたいようなことを、真島は黙って聞いていた。
「……信じられないかもしれないですけど……」
最後に奏はそう締めくくる。
真島は奏の手をちらりと見た。
薄いオレンジの肌は少しだけ震えている。
「よっと」
「……え」
真島はそんな恐怖に揺れる奏を軽く抱きしめた。
さすがに初めてされるこの行動に、奏は一瞬だけ肩をビクつかせたが、そんなこと真島は気にしない。
いくらいつも冷静で聡明で、そして表情の変化に乏しいとはいえ、奏はまだまだ成人したばかりのか弱い女性だ。
話を聞く限り、そしてその様子から、相当な恐怖だっただろう。
騒ぎの最中にパニックに陥ったり泣き出したりしなかっただけ、いつもの性格が勝ったということか。
「そら、大変やったなあ」
「……はい」
「よっしゃ。ほんなら今日はこっちの部屋で寝え。もしなんか来ても俺が守ったる。安心やろ?」
「そう、します」
「……お、おお……な、なんや、えらい素直で調子狂うのう……」
「いや言い出したの吾朗さんでしょう」
「ヒヒッ、まあなあ。せや、夜更かしでもしよか!見たい映画も溜まってきたしなあ」
「……吾朗さん、溜まってる映画ってゾンビ映画ばっかりじゃないですか。遠慮しときます」
「あらら。そら残念やわ」
テレビ横のDVD軍団を見ながら話が弾む。
とりあえずいつもの調子は戻ったみたいやなあ、と真島は再度奏の頭を撫でた。
その手の心地よさに、奏は少し目を細める。
――たとえこの真島が、世間からヤクザと呼ばれて、何度冷たい視線を向けられても。
奏にとって、真島はただ心の安寧だった。
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