狂犬の娘
□序章「嶋野の狂犬と少女」
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「初耳なんですけど」
「あん?何がや」
「いや、柄本先生とそんな会話したの、初めて聞いたんですけど」
「聞かれんかったしな!」
「えー……」
「まあ、ええやんか!おかげで奏ちゃんとこうして和解できたわけやし」
「和解、になるんですかね」
「ちゃうん?」
「そんなに対立していた自覚がないもので」
「せやったらええんやけどな!」
それからの真島の行動は早かった。
まず、組員全員に奏のことを説明。掃除係が一足飛びに組長秘書である。奏自身も冗談抜きで腰を抜かすくらいに驚いた。
組員一同騒然としたが、真島の怒号によりなんとか説得はできた。説得というよりもはや脅しのようなものだったが。
しかし真島に父性が芽生えたのはいいものの、何をすればいいかわかっていない。
父親とは何をすればいいのか、享楽的に生きている真島は、そこからスタートだった。
それも20歳の娘に対してとなると、考えはさらに困難を極める。
「? 組長さん、どうしましたか」
「……」
「組長さん?」
それに、『組長さん』て呼び方もイマイチやなあ。
自分が父性に目覚めたことを奏に言ってはないものの、やはりむず痒い。
それに……。
「……ワシはなんて呼べばええんや」
「は?」
初対面以外は「お前」、「こいつ」などで今まで呼んできたため、真島には問題が重なっていた。
「奏ちゃん……奏……っかー!呼び捨ては何や照れるのお!」
「うわ、びっくりした。いきなり叫ばないでください」
慣れるまでは奏ちゃんやな。真島はそう思い直して、奏に向き合った。
ひょろりと高い真島を見上げる奏は、ますます小動物のような愛らしさがある。
……ほんまに娘にでけへんかなあ、と真島は思うが、ぐっとこらえる。
そして――。
「なあ、奏ちゃん」
「え、はい」
「お父さん、とか、呼んでくれへん?」
真島吾朗。完全な父性への目覚めを果たした。
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