狂犬の娘
□序章「嶋野の狂犬と少女」
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「ほんで、奏ちゃんのスカウトに無事成功したってわけやな」
「まあ、スカウトになるんですかね……。開口一番『この子くれや』はびっくりしましたけど」
「シンプルイズベストやろ?」
「ま、わかりやすくて好きです」
「そ、そんな、好きやなんて……照れるわ奏ちゃん!」
「聞いてました?」
淡々と、しかし誠実に会話を返す奏が、真島からの溺愛を受けるまで少し間があった。
奏を事務所に引き入れるのに成功した後、真島自身奏を暇つぶしの相手程度に扱うつもりであった。
いくら“おもろい女”とはいえど真島は真島で色々とやりたいことがある。宿敵桐生一馬へのちょっかいだとか。
真島組事務所の雑用でもやらせて、たまに話し相手になってくれればいい。そういうスタンスでいたつもりだったのだが。
「組長さん、足どけてください」
「組長さん、ちょっと雑巾取ってくれます?」
「どいてください。普通に邪魔です」
奏が真島組の掃除係になった瞬間、これだ。
掃除などは凝るタイプの奏。真島相手でも一切の容赦はない。完全な掃除の鬼。
真島はそんな奏に最初は「生意気な女やのう」と思ってはいた。
しかし、そんな折、真島がご機嫌で帰宅した時である。
「あ?」
廊下で、奏が倒れていた。
真島は驚いて近づく。
「おい、何こんなとこで寝とんねん」
「……ぅ」
「……なんか言えや」
「……しんどい」
「は?」
真島が手袋を外して奏の額に触れる。熱い。どうやら風邪を引いているようだ。
奏の顔は青く、咳も何度か繰り返している。
「……っ」
「……?……すいません。少し、やすみます……」
よろよろと立ち上がる奏を見て、真島にはある感情が芽生えつつあった。
沸き上がる気持ちそのままに、奏へ手を伸ばす。
「……柄本のおっさんとこでええな?」
「……え?」
「一回医者に診てもらえ。ワシが連れてったる」
奏は、目を見開いた。
真島自身も、自分の言動に戸惑っている。
ただ、真島が思ったのは一つ。
“助けてやりたい”
「根詰めて働いただろ、お前」
「多分そうみたいですね」
「はあ……」
「治るんか」
「心配ねえ。だが、もう少し遅けりゃ大変だったな」
「ギリギリだったんですね、私」
「他人事みてえに……」
注射を受けて幾分か顔色のマシになった奏は、真島の方を向いた。
「組長さん、ありがとうございました」
にこり、と弱弱しく微笑んで言う。
今まで全く笑わなかった、あの生意気な奏が。
「!」
どないしよう。
この子を守りたい。
この子がもう、辛い思いをしないように。
「なあ、柄本のおっさん」
真島は柄本の腕を掴んだ。そして奏に聞こえないように話す。
「なんだ」
「……こいつ、親は?」
「……いねえよ。俺が親代わりみてえなもんだ。17だったかくらいからここにいる」
「それまで何しとってん」
「孤児院にいたらしい。ただ、そこで色々トラブルがあってな。俺が引き取ったんだ」
「……苦労してきたんやろうか」
「言っておくが、同情するようなら奏は返してもらうぞ。あいつは今までの人生をすべて肯定している。お前が否定するな」
「わかっとる」
「あんたに預けたのは、他でもない奏が誘いに頷いたからだ。それを忘れるな」
真島は柄本の言葉に頷くわけでもなく、奏の元へ戻った。
無表情に首を傾げる奏に、真島は再度手を伸べる。
真島に芽生えたのは、“父性”。
真島は、奏を娘のように守って行くことを決めた。
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