狂犬の娘

□序章「嶋野の狂犬と少女」
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随分前に、柄本先生から注意を受けたことがある。




ミレニアムタワーには所謂ヤクザの事務所がいくつかあるから、立ち寄る際は十分気を付けるようにと。



奏は今更そのことを思い出していた。




前後左右、どこを見ても屈強なヤクザの皆さん。





……うん。どうしようかなあ。






慣れてきた時が一番怖い、という先人の教えが身に染みる。





奏はとにかく質問には答えようと、真島からの問いに口を開いた。






「奏、です」


「ほおーん」





……まあ、興味はないですよねー。




真島はじろじろと奏を観察している。若干奏の額に汗が垂れてきた。




その様子に気付いているのかないのか、真島はヒヒッ、と不気味に笑う。





「おじょーちゃん、ええ女やのう」


「……は?」


「どや、ワシの女にならんか?」










真島は、試す気持ち半分で再度質問した。






さあ果たして、命乞いをするか、頷くか。







奏は――。






























「え、無理」


































一蹴だった。








場が凍り付く。






度胸がある、という概念ではない。ただ奏は、思ったことを口にした。あっさりと、顔色の一つも変えず。






そして彼女は自身の発言に慌てる様子も見せない。







ただ、真島の目をじっと見ていた。先ほどから、変わらずに。











「お、おい女ァ!親父の誘いを断るたあどういう事だ!」

「女だからっていつまでも優しいと思うなよクソアマ!!」





周りの組員が騒ぎ立てる。それでも奏は、真島から目を離さなかった。



真島はしばらくして、奏にニタリと笑みを向ける。








「ヒヒッ……じょーちゃん、どえらい女やのお……」











ほしい。真島の本能がそう言っていた。














「帰ってええで」


「え?」


「せやから、帰りや。引き留めて悪かったわ」





アッサリだ。



真島は組員に退くよう指示し、奏をエレベーターに連れて行った。








ほしい、ああ、ほしいなあ、と真島の本能は尚も騒ぎ続ける。










「あ」


「ああ?」






突然、奏が上を向いて声を上げた。




「いえ、何でも」


「なんや、気になるやないけ」


「……階数、間違えちゃってたみたいで。ここ、57階なんですね」


「押し間違えたんか」


「すいません。お騒がせして」









チン、という音を立てて、エレベーターの扉が開いた。



奏はその後何も話さず、お辞儀をして去って行った。







「お、親父、よかったんですか?」


「ええわけあるかい」


「え?」






組員の問いに、ニヤリと笑う。






そして真島は、隣のエレベーターのボタンを押した。





「ヒヒッ……こっからやでぇ〜、奏ちゃん」









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