狂犬の娘
□序章「嶋野の狂犬と少女」
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「……さん、吾朗さん」
「……んが?」
真島は目を開けた。目の前にはいつもの自室の光景が広がっている。
……なんや、夢かいな。
どうやら映画を見ている間に寝てしまったらしい。テレビにはいつの間にかDVDのメニュー画面が点いている。
そして、声の主の方へ向くと――。
「お、奏ちゃん。おはよーさん」
「おはよーじゃないです。もう夕方ですよ」
奏だ。
右手には買い物袋を提げている。
「いや〜、えらいけったいな夢見とったわ」
「へえ、どんなですか」
「奏ちゃんと俺が会うたときのヤツ」
「あ〜……随分壮絶な夢ですね」
ゴソゴソと買い物袋からチョコレートを取り出す奏。そのまま真島の隣に座り、一かけらを口に含む。
その様子に真島は口角を上げた。
「夢は奏ちゃんがエレベーター乗ったとこで終わったんやが、おもろいのはその後やったなあ〜」
「私は結構トラウマなんですけれど。……まあ、今こういう暮らしをさせていただいてるのでいいです。楽しいので」
「ヒヒッ、奏ちゃんは素直やなあ〜」
「はあ、どうも。確かあの後は……」
あの後、真島は別のエレベーターに時間差をつけて乗り、あろうことか奏を尾行した。
「ほな行ってくるわ」
「え、親父!?」
エレベーターを降りると、案の定奏は自動ドアの辺りを歩いている。真島もそれに続いた。
トコトコと歩く奏の後ろをつけること数分。
奏がそのまま向かったのは、柄本医院。あの無償で診察してくれると噂の診療所だった。
……どっか悪いんか?と疑問に思いながら奏を追う真島。
「ただいまですー」
柄本医院の扉を開けると、奏は開口一番そう言った。
どういうこっちゃ、と真島は眉を顰める。
真島は入らずに扉で聞き耳を立てた。
「遅かったな」
「すいません、ちょっとやらかしまして。あ、これ。受け取って来ました」
「何やったんだ……まあいい。ご苦労」
「いえいえ。じゃあ少し部屋で休ませてもらいます」
「おう」
……なるほどなあ。
真島は察して扉を勢いよく開いた。
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