月下の孤獣


□駆け足で過ぎゆく春へ 後日談
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    後日談


ヨコハマのとある閑静な住宅地の丘の上、
さほど派手派手しく有名ではないけれど、
知る人ぞ知る程度に その筋では著名なミッション系の女学園、これ有りて。
全員が全員ではないながら、それでもほぼという率にて、
政財界に名の通った親御がおわすよな、
多少は由緒ある家系の子女たちが集う高等学校で。
仏教や神道ではない、キリスト教系でありながら結構歴史も古く、
それを裏打ちするような、
アールヌーボーを取り入れたレトロな雰囲気が
懐古趣味でもてはやされそな様式の温室があったりもし。
美術館や資料館としても価値がありそうな造りの学舎や職員棟が取り揃う中、
品があってお行儀もいい令嬢たちが現在でも多数通っており。
文武両道を謳う校風をまんま物語り、運動や文科系の全国大会にも結構いい成績を残していて、
生徒間における陰湿ないじめもなく、カーストなんてものもない、
どこかほのぼのとした校風のまま、おっとりとしたお嬢様方が平和にお過ごしであるという。

「校名があまり広まっていないのは
 地味であるよう、大人たちの横車付きで繕っているからみたいだけれどね。」

あんまりニュースでは取り上げられないようにという、
ちょっと変わった圧力がそっちの方面で掛かっているらしく。
なので、ヨコハマなんていう大都市を学区とし、他にもたんと高校はあるにもかかわらず、
年度によってはインターハイやら全国大会やらに代表が出てもいるし、
結構 著名な選手を輩出していても、此処の生徒がということはさほど大っぴらに報じられてもなく。
同じ畑のお嬢さん方が “何でだろう?”とそんな不思議現象へ小首をかしげ、
その横で “目立つと本家様とかから怒られるって順番なんだろさ”と
監督などを務める教師陣がもっともらしい説明をしてやるというのもセオリーであるそうな。
そんな風な大人の事情を口にしたお相手へ、

 「で? 何か御用でしょうか、太宰せんせえ。」

ひょこりと小首をかしげたのは、その所作に艶やかな長い黒髪が肩から背へとすべり降りた
屈託のない笑顔もそれは麗しい、一年生の中島敦子さんで。
ブレザータイプの制服も、六月の衣替えで上着は無しとなっており、
羽織るものが何もなしでは心許ないからか、
短いベストという軽やかないでたちに替わっていて、
六月の間は長袖でも半袖でも可という丸襟のブラウスに、スカーフリボンが花を添えていて愛らしい。
ひょろりと背が高く、だが、所作が淑やかで洗練されているせいか、
華奢な十代のお嬢さん然としており。
瞳の色が宝石みたいに淡くて、血統のどこかに異国のお人がいるのだとか。
きっと北欧のやんごとない方がお輿入れなさったのよ、劇的な恋かも知れなくってよと、
クラスメートの皆様が憧れ半分こそこそと噂されているようだとか。
当人の性格は全然派手じゃあなくむしろ大人しい方で、
ただ、運動神経は破格で、
箸でラクロスの硬質ラバーの球をホームランした伝説はいまだに健在。(笑)
そんなお嬢様が向かい合うのは、
化学の教育実習生としてこの女学園へ短期派遣されている、お若い男性講師さんで。

「やあ、お呼びたてして済まなかったね。」

表情豊かな口許を弧にし、魅惑的で麗しいと評判の鳶色の双眸をやんわりとたわめ、
すらりとした長身を優雅な所作で捌いて椅子を勧めつつ、鷹揚にそうと言う。
こんな美形を女子高に放り込むなんて、どれほどのいたずら者の企みかと思わせるほどに、
優美な女性かと思わせるよな、淑めやかな憂いさえ感じる端正な顔容と、
バランスの取れた長身を切れよく動かす美丈夫で。
しかも声がそれはそれは伸びやかに甘く、
文系の講師だったならテキストの音読だけで
生徒たちは軒並みメロメロになっているやもしれぬと言われているほど。
中島さん同様にとあるいきさつがあっての緊急加入となっている身であり、
…なんて白々しいですね。
先だっての令嬢誘拐未遂騒動への…というか
本来は賓客令嬢への襲撃対処要員として、校内に配備されていた武装探偵社の伊達男さん。
女性に使うそれだろう言いようの
水蜜桃のような甘く柔らかで瑞々しい蠱惑を、
容姿のみならず雰囲気やお声にまであふるるほどたたえた美貌の持ち主で。
躾けの行き届いた所作や表情から受ける知的な印象と共に、
まとまりの悪い蓬髪の陰にて、ふと睫毛を伏せがちにして頬笑めば、
仄かな憂いと共に目許口許へ得も言われぬ嫋やかな色香も滲ませる罪な人。

 “元はポートマフィアの幹部だったっていうのも
  この際は頷ける範囲の二面性だろうなぁ。”

いかにも女にだらしがないとかいうのではなく、
何なら若々しい精悍さも兼ね備えての壮健な頼もしさも持つ人であり、
だからこそ女性受けしすぎて“そっちでは困らないんだろうなぁ”と思わせる色男。
美貌という点で桁外れの偏差値を保ち、
色々と小粋な知識も豊富で話し上手。
声だけで容易く稚い少女を操れちゃうんじゃあとまで言われたとかどうとか聞いたが、
それとてやっかみとも言えなかろう、末恐ろしい級のイケメンでありながら、

 ……世の中というのはうまく出来ていると言いましょうか。

実情はというと、到底報われない恋をしており、
しかもうまくいかなかろう理由は他でもない自業自得。
対象ご本人を前にすると、
どういう化学反応なものなやら、悪態しか出て来ないわ嫌がらせしかしないわというから、
それで好かれたら問題だろう、近来まれにみる厨二っぷり。
しかもそうであることを愛弟子にしっかと把握されてもいる終わりようでもあって、

 “何なら、だったら察してよという傾向になりつつありますしね。”

はぁあと胸の裡にて諦念混じりの吐息をついた敦くん。
わざわざ教科準備室にまで呼び出された目的とやらも、実のところはすでにお見通しではあったれど、
此処で気を利かせて甘やかしては のちのちよくないと、向こうから切り出すのを待つ態勢でおれば。
もっともらしく頷きながら、語り始めて曰く、

 「うん。キミと和泉さんは一学期が終われば転校してゆくのだろう?」

そこいらは公的にはまだ告げてはないことなれど、
くだんの襲撃事件も終焉を見せており、二人にはもはや用もない学園なので、
裏社会の人間がいつまでも居ては余計な難をも招きかねないし、
不自然ではないよう心掛けつつもとっとと撤退する構え。
その話は探偵社サイドにも話してあった気がするが、
仄めかしレベルだったので確認を取りたいのだろうかと思いつつ、

「はい。住居や何やも公開してはいませんでしたし、
 夏休みに入ったらそのまま退去という格好で。」

放課後に寄り道するようなお友達もいないことだし、
自然消滅というものか、いわゆる“フェードアウト”を決めるつもりですよと返せば、
なるほど成程といかにも感慨深そうに頷いて見せた元師匠、

「手続きの方はどうなっているんだい?
 そもそもの編入手続きや何やを受け持った“保護者”の方って、
 九月初頭までは事務関係もストップするとか、その辺りは了承しているんだろうかね。」

女性であれば誰しもハッとし視線を奪われたままになりそうな、
そんな極上のとろけるような微笑みを浮かべ、
これでも案じているのだよと、何とはなく仄めかすような言い回しで告げてくる。
女性であればぐらんぐらん来るところかもしれないが、

 「あ、中也さんは名義だけの保護者ですから。」

こちら、体裁は女子高生だが中身は男の子だし、
この招集がどういう魂胆のそれなのかも洞察済みであったので。
答え合わせ完了と、そこはあっさり応じて見せて、

 「転校の手続きは中也さんの部下の方が手配すると思われます。
  最後のご挨拶くらいは一緒に職員室とかまで運ぶかもですが、
  確か夏休みって登校日がありますよね? その日にでも…。」

 「……かわいくない。」

至って紋切り型なお返事が終わらぬうち、
打って変わって かくんと俯き、前髪の陰からそんなお声を返した太宰さんであり。

「森さんの下にいるから、そういう合理的な配慮優先の物言いとか処理とか覚えちゃうんだよね。
 今からでも遅くない、私のところへ来ないかい?」

おやまあと、今度はキョトンと双眸を丸めてしまう敦くんだったりし。
合理主義はご自身もでしょうにとか、
こういう時も親方を貶めるのは忘れないのですねとか、
性懲りもない彼へといろいろ思うところはあったれど、

「言っとくけど君らが下手を打ったら、こっちにだって火の粉は飛ぶんだよ? 一網打尽なんだからね。」
「それも言うなら“一蓮托生”なのでは?」

知的なはずの物知り師匠だが、この話が絡むと途端にお馬鹿になるのがちょっとかわいい。
そう、御託だと自分でも判っていつつ、それでも縁をつないでおきたいお人がいる。
出来れば意を通じさせている敦くん経由での、
色々と察してくれる柔らかくてやさしい縁をと、
意識しているかどうなのかは不明だが、
そうと望んでおいでの、彼なりのややこしい甘えようなのだと、

 “察してしまえる自分がちょっと口惜しい。”

これも懐柔されてるってことなんだろうな。
でもしょうがないじゃないか、この人が甘えてくれるって凄いことなんだし、それに…

 “満更、片思いってわけでもなさそうだしなぁ。”

今回のこの案件、
女学園への潜入なんていう大ふざけな仕立てになった辺りから 首領様の遊び心も察せられたが、
それへの意見が出来ようものか…という方向のみならず、
敦くんが配置されるのならば、そして軍警が一丁噛みしているのならあるいは…と、
武闘派ではあるが聡明な人でもあるあのお人が、そちらでもいろいろと察しないはずがない。

 “……いつ渡せばいいのかな、これ。”

そういやお誕生日でしたものね。ボク、うか―ッと忘れてたなぁなんて。
ちゃんと覚えてらしたあたりは脈なしではないと思うんだけどもなぁなんて思いつつ。
制服のスカートのポケットに忍ばせてあった
シックな包装紙でくるまれた宝飾店の小さめの化粧箱。
大人げない大人をなだめつつ、さりげなく撫でてみた虎の子くんだったりするのである。





     〜 Fine 〜    23.06.16.




 *このお話では太中なんですが、なかなかまとめるのが難しい。
  何となくまとまりなく書いてるうちに、当日間近になっちゃった誰かさんのお誕生日です。
  敦くんとは別、陰の主役でもあらせられ、本誌でやっと出番が回って来られた影のフィクサー。

   太宰さん、ハッピーバースデイvv

  個人的にもいろいろあったんですよ、病院にも行ったし。(大層な代物じゃあないですが。)
  七月にいよいよのアニメ五期放映、
  ステージの方は惜しまれつつの終劇だとかで、今年もいろいろある文ストですね。
  本編もクライマックス続きですし、まだまだ楽しみでございます。



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